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笹本稜平「アイスクライシス」

笹本稜平「アイスクライシス」(徳間文庫)。電子書籍版はこちら↓
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 眠れる海洋資源の宝庫・北極海には各国の熱い視線が注がれていた。その野望を実現するために、ロシア🇷🇺は純粋水爆の核実験を行った。通常水爆は、フォールアウト(死の灰)を引き起こす原爆によるスイッチから起爆する。そして中性子爆弾は、中性子の透過によって、格段の殺傷力を示す。それに対して純粋水爆は、フォールアウトを起こさない「きれいな水爆」と呼ばれている。北極海の海底油田を欲する米国の依頼を受けて、資源探査会社・ジオデータの郷田裕斗は、北極の基地で海底油田を探査していた。基地はジオデータの同僚、アメリカ人の準石油メジャー、海洋学者、カナダ系イヌイットたち7名。彼らは、知らされていなかった北極海の水中の核実験によって、突然の危機にさらされる。暴風嵐の中を、安全な地帯目指して脱出する一行。ジオデータの水沼社長はアラスカに飛んで、ペンタゴンによる救出を要請する。しかし核実験を秘匿するロシアと、国際的駆け引きに執心するホワイトハウスの間の牽制。一向に進まない救出劇。その間に刻々と郷田の生命の危機が迫る。
 この小説の恐怖の一つは、北極海という地理の特異性にある。極寒の地という意味で、北極海は南極と対比される。しかし決定的に違うのは、南極は大陸であって、地面の上を氷が覆っている。しかし北極海は、3000〜5000mの深海の上に、1.5mほどの厚さの氷が浮かんでいるだけなのである。主人公の郷田たちは、各実験による海水温の劇的上昇による、氷原の地割れである「リード」の頻出に怯えることになる。そこに飲み込まれたら、一巻の終わりである。
 もう一つの恐怖は、米露の国家間駆け引きによって、郷田たち民間人の安全が歯牙にもかけられていないことである。軍事秘密の秘匿のみが重視されて、一向に動こうとしないペンタゴン。それはホワイトハウスの意志でもあった。一方でロシアは、予期に反して起こったフォールアウトを隠蔽するために、郷田たち一行を原潜からミサイル攻撃する指示すら発している。自分たちさえよければ、無辜の民の犠牲を厭わない政治家たちの無慈悲さが描かれている。
 本書の救いは、絶体絶命のピンチに陥った郷田たち一行を、ロシアの原潜「チェリャビンスク」の艦長キリエフが、司令部の命令に対して、いかに人道的信念に基づいた行動を取ったかである。国家の規律と人間としての良心の葛藤。現代はロシアのウクライナ侵攻やミャンマーの独裁をはじめとする、地域紛争が後を絶たない。人類滅亡を阻止するためには、世界中の人々がキリエフのように、好戦的な国家権力と対峙してゆかねばならないのだろう。


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