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バイオミメティクスとは?- 生物に学ぶ『ものづくり』

東京都立大学名誉教授・特任教授である諸貫信行氏の講演「バイオミメティクスとは?- 生物に学ぶ『ものづくり』」を聴く機会に恵まれた。
 生物に関連する形や構造は様々な「機能」を持つ。これらを模倣したり、学んだりする技術はBiomimetics(バイオミメティクス)やBiomimicry(バイオミミックリー)と呼ばれ、体系化が進みつつある。たとえば蜂の巣の構造は軽く高強度であるため航空機の構造材等に応用され、フクロウの静かな飛翔は新幹線・パンタグラフの騒音低減に応用されている。しかし、ナノメートル(10 - 9m)レベルの微小構造は製作が容易ではなく、材料にも工夫が求められる。たとえばヤモリが壁や天井を歩く際、指先にあるナノ構造の接触によるファンデルワールス力で体重を支えることがわかっている。しかし、これを実現する加工技術や材料技術は十分とは言えず、実用には至っていない。また、蛾の目はナノメートルレベルの微小凹凸により光を反射しない機能を持つが、これを模したモスアイ(moth-eye)構造を低コストで作ることは容易ではない。事例紹介を通して技術的な課題を明らかにするとともに、自然の素晴らしさを改めて感じることができる。
◆楽器メーカー時代:修士課程修了後楽器メーカーに就職した。大学で金属加工の勉強もしていたので生産設備の仕事としてピアノのフレーム加工や管楽器の磨き加工の専用器具制作を担当していた。ソフトウェアも関連するメカトロニクス的な業務にも従事した。
バイオミメティクス:バイオミミックリーともいう。ウィキペディアでは「生物の構造や機能、生産プロセスを観察、分析し、そこから着想を得て新しい技術の開発や物造りに活かす科学技術」と解説されている。
1)目に見える大きさの「自然」のお手本
貝殻や昆虫の外骨格やハチの巣のハニカムがある。オウムガイの断面を見ると対数螺旋が黄金比で合理的な自然の設計が為されており自然が美しいと思える所以でもある。ハチの巣のハニカム(六角柱)構造は、例えば、航空機の軽量かつ高強度の翼内構造として航空機に応用されている。昆虫の外骨格等が薄肉凹凸構造をしており、軽量で高強度を持つことから飲料の缶の壁面に特定のパターンの凹凸を付けることや車のボンネットの裏に類似構造を設けることで軽量化と強度を持たせることに成功している。ヒトの大腿骨頸部の骨盤との接合部は曲がっている部分が、軸がずれているにも関わらず、体重の大きな部分を支えている。この先端部の応力を分散させる仕組みは荷を吊り上げるクレーンにも応用できる。
甲虫類(カブトムシやコガネムシなど)は、外羽(鞘翅)と、飛ぶために使う軽い羽(後翅)とを持っているが、飛ぶための後翅はきれいかつ合理的に折りたたまれている。甲虫の後翅に折りたたみ方にヒントを得て三浦公亮先生(現東京大学名誉教授)が考案したミウラ折(次ページ写真)は地図や人工衛星のソーラーパネルの折りたたみ方に採用されている。ミウラ折は、必要な時に一方向の動作で容易に展開が可能であり構造的に軽量化できる。
近年、航空機の翼端にウィングレットという翼端板が設けられている。従来の形状の翼端では翼端流という渦状の気流が生じ揚力を減ずることにより燃費の悪化を招いていた。ウィングレットは、例えば、猛禽類の翼端が翼端流を回避し揚力のロスを低減する構造になっていることから着想を得たともいわれている。
エネルギーの使い方を考える。例えばトンボは羽4枚の複雑な動きでホバリングをしているが、それほど複雑な筋肉構成ではない。しかし、荷重に対してたわみを生ずるバックリングを活用するという合理的なエネルギーの利用方法でホバリングを達成していると考えられる。
日本国内で有名な事象はフクロウの応用かも知れない。フクロウは樹上から音もなく獲物に襲い掛かる。この音無しのメカニズムが新幹線車両のパンタグラフの騒音低減に利用されている。同じく新幹線の先頭車両の形状は、700系ではカモノハシ、300系ではカワセミを模している。新幹線は在来線車両と異なり空気抵抗を大きく減らすことが求められるが、航空機と異なりトンネル通過時の衝撃波回避は必須であり、得られた形状がバイオミメティクスの結果と言える。因みに、カモノハシ車両の設計に関わったデザイナーが一時期本学の教授として在学し
ていた。
コウモリは目が見えない状況であっても細い針金を避けて飛ぶことが出来る。自分が発する超音波に変調をかけて固有の音波としているので他の個体との識別もできている。ヒトが作る超音波はコウモリにはかなわないが、最近の車で使用されている超音波センサーは壁や物体への接近を感知する上で成功している。
魚等の不思議を考える。魚や蛇の鱗(鮫肌・他)は、方向性のある抵抗力(駆動力)を生じたり減少させたりするなどの機能を有する。ところで、ウナギ、ナマズ、ドジョウなどの「ぬるぬる」が持つ機能として、流体に高分子材料を混ぜるとその流動抵抗が減ること(トムズ効果)が知られている。ぬるぬるはその高分子材料に該当するので、流動抵抗を減少させていると考えられる。パイプラインによる石油輸送ではパイプ内の乱流を抑え管の中心部で塊状流ができるようトムズ効果が得られるような抵抗軽減剤が使用されている。
面ファスナー(マジックテープ)はベルクロの発明によるベルクロテープで知られているが、ヒントはヌスビトハギやオナモミの実のカギ針にある。
シロアリの塚は熱が逃げるような合理的な構造をしている。シロアリ塚の空調システムを参考にした住宅設計がなされている。珪藻土は断面積が大きく吸湿や脱臭に有効である。
サメの皮膚構造に代表されるサメ肌から微細な縦溝構造リブレット(Riblet)が考案された。流体表面の渦が剥離され摩擦抵抗を低減できる。流体機器の多くでこの原理が利用されている。カワセミは水中に飛び込んだ時空気をまとっているように見える。これにヒントを得て競泳水着も検討された。レーザーレーサという水着では生地を皮膚に密着させることで渦の発生と皮膚の振動発生を抑制し、抵抗を低減させた。
イルカの皮膚は皮膚の内側に柔らかい構造がある。皮膚表面にできた渦がうまく逃げるような仕組みになっているという。特殊船舶に応用されているという。
アワビの殻は割れにくい。炭酸カルシウム層の間にたんぱく質層が重なる層構造を成し高い強度を持つ。日本刀の製造工程でも鋼を何回も鍛造を重ねて層構造を成し高強度の刀が得られる。
2)目に見えない大きさ(ナノメートル、1mmの1/100万レベル)の自然のお手本
濡れ特性では、ハスの葉はよく水をはじく。葉表面には微細な突起があり、その上にさらに小さい突起があってはじいている。はじかれた水滴は葉表面のごみなど異物を取り込んで流れ落ち、結果として葉を洗浄する自浄効果が得られる。この現象を模した塗料が開発されている。塗料を塗布した後、ハスの葉と同様な突起を生じさせることで塗装面の自浄作用を目的とするという。ただし、演者の実験ではあまりその効果が得られなかったという。
カタツムリの殻も同様な構造で水も油もきれいにはじく。蛾の眼を拡大観察すると2μmほどの小さな単眼が密に並んでいる。その表面には可視光波長より短い周期・高さの凹凸構造があり(モスアイ構造)、光の反射を抑制している。この構造を模して可視光波長域の反射を抑える構造がTV画面や光学レンズなどに応用されている。演者が単結晶シリコン上に250nmの突起を付したところ反射率が大きく低下した表面が得られた。しかし、モスアイの表面を手で触れると皮脂がその凹凸構造に入り込みモスアイ効果を失くしてしまうので、手が触れないような場所での応用に限られる。
モルフォ蝶の青色は顔料や染料ではなく構造が作り出す色、すなわち、構造色(Structural color)である。構造色とは、光の波長 あるいはそれ以下の微細構造による干渉に由来する発色現象を指す。モルフォ蝶の鱗粉は0.2μm間隔の周期構造を持ち、光が往復する0.4μmの波長に相当する青い光が強調される。帝人ではこの構造をまねてモルフォテックス®の開発に至った。
構造色を呈する生物は、タマムシや孔雀など多くの生物でみられる。オパールの色は遊色現象(効果)も構造によるという。オパールの主成分はSiO2(二酸化ケイ素)であるが、単結晶の構造欠陥により遊色現象がみられる。
クモの糸はタンパク質でできているが結晶性の糸と非結晶の糸が縒り合されており単位面積当たりの強度は非常に高い。このクモの糸の遺伝子を微生物に移入して発酵によりクモの糸を発酵で大量生産するベンチャー企業が設立されている。
ヤモリは、足裏に多数の剛毛が生えており、剛毛と壁面の分子との間に働くファンデルワールス力を利用して張り付いている。ファンデルワース力は物体間に作用する微小な引力であり、ヤモリの足は数多くの接点を設けることで自重を支えている。これにヒントを得て密着性の高いヤモリテープの開発が進められている。1980年代、ドレクスラーは分子が自己組織的に集合するナノスケールベアリングを提案したが実現してはいない。微生物の鞭毛が廻るメカニズムは未だわかっていない。生物から多々学ぶものはあっても未だ生物にはかなわない。

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