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岸田るり子「白椿はなぜ散った」

岸田るり子「白椿はなぜ散った」(徳間文庫)。この物語は、二つのミステリーで構成されている。そして双方には、表裏一体の因果関係が存在する。先ずは殺人ミステリーである。映画化も間近なミステリー作品「ホワイトローズの奇跡」の著者である人気作家・青井のぼるは、その作品の一部が盗作であると脅迫されていた。その対価に500万円を支払った青井だったが、その直後に脅迫者は殺害され、青井自身も失踪した。「自分は犯人ではない」と主張する青井を信じた恋人の中水香里は、盗作部分の作者である木村晴彦と、その文章を青井に託した女性の行方を追うことによって、真犯人も真の真犯人も突き止める。
 もう一つは、京都で繰り広げられた恋愛ミステリーである。フランスからの帰国子女であったプティ・万理枝。幼稚園の頃から髪や瞳の色、高い鼻、不自由な日本語で、周囲と馴染めなかった。そんな中で、一人だけ望川貴だけは、彼女に惹かれて一緒に過ごした。その一体となる関係は小学生卒業まで続いた。貴は万理枝に対する愛情が偏執的にまで昂まり、万理枝の抜けた髪や切った爪までコレクションするようになる。自分の異常なまでの愛情を隠すために、万理枝から距離を置く貴。貴の思いの強さで、二人は同じ大学に進み、同じ文芸サークルに属した。しかしサークルには財閥グループの御曹司もいて、彼と万理枝の接近に貴は焦燥を覚える。そこで一計を案じた貴は、下宿に転がり込んできた美男子である異父兄の木村晴彦を万理枝に接近させて、御曹司と万理枝の仲を裂こうとする。このあざとい謀略が、予測不能だった事件と絡んで、大いなる誤解と誰もが思わぬ事態を引き起こす。
 この作品を自分なりに言い換えてみれば「愛の執念、それは或る青年の犯した取り返しのつかない過ち」である。なぜ人は願いを思いを、相手に率直に伝えられないものなのだろうか。どんなに愛していても、愛されていても、人の心はわからない。だからこそ誤解も生じて、あり得ない失敗も犯す。そんな蹉跌を、岸田るり子は、両輪のように存在する二つのミステリーを、ウロボロスのように見事に交錯させていく。事件の関係者たちが秘匿していた真実が全て明らかになる時、読んでいた自分も主人公の懺悔と後悔の慟哭に引き込まれてゆくことになる。

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