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梓林太郎「人情刑事・道原伝吉百名山殺人事件」

梓林太郎「人情刑事・道原伝吉 百名山殺人事件」〈新装〉」(徳間文庫)。電子書籍版はこちら↓

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 婚約者の女性である赤尾朱子が、立山で雪崩に巻き込まれて、見ず知らずの男性と抱き合って死んでいた。心中事件と目される衝撃的な訃報を受けて、婚約者であった長野県警豊科署刑事課の芝本は独自に捜査を進める。しかもこの後も次々と登山者が北アルプスで遭難死しており、道標が不自然に方向を変えられていたり、鎖が切れていたり、登山安全上で不審な点がいくつも認められた。芝本の熱意に打たれて、上司の人情刑事・道原伝吉は自らも捜査に乗り出して全面的に協力する。被害者たちを調べてゆくと、四人の被害者たちは多額の臨時収入があったことが判明。道原伝吉たちは遭難死の背後に犯罪の匂いを感じる。

 本作品は後に四番目の被害者となる54歳の男性・堺川理三が、大怪我から回復して百名山登山を目指す試みを、信濃日日新聞社がレポートを連載して支援するという美談で始まる。そして赤尾杏子と芝本刑事の悲恋が物語を前に進める原動力となっている。百名山をタイトルにしているだけあって、峻厳な光景や山塊の威容が読み手を魅了する。しかし山の尊厳を汚す犯罪者たちが闖入し、大自然の前で人間の愚かさや浅ましさが浮き彫りにされる。数々の不幸が頻発した背景には「理由のない高収入はない」という人生への警句も含まれている。人情刑事・道原伝吉たちが足を棒にして積み上げた証拠固めと、恋人の無念を晴らさんとする芝本刑事の執念の賜物。一気に読み上げることのできる、梓林太郎の傑作山岳ミステリーである。

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