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マタイ伝系図が語るメッセージ

 6月12日の尾久キリスト教会の高橋武夫先生の説教。題材は「マタイ伝第1章1〜17節、テーマは「系図が語るメッセージ」。マタイ伝第1章には。アブラハムから42代のキリストに至る系図を延々と名前だけが記載されている。「平民の福音」を著した日本救世軍の山田軍平は路傍伝道で、聖書の1ページずつを破って通行人に配っていた。しかしマタイ伝第1章を配られて読んだ人は名前だけが記された紙を読んで当惑したことだろう。今日話している私自身もここに書かれている人々の2割くらいしか知らない。

 こも系図はキリストがダビデ王の末裔であることを強調している。また42代を14代ずつ3つに分けていることは、ダビデ王誕生、バビロン捕囚、イエス誕生とイスラエル🇮🇱の大きな転機を意味する。バビロン捕囚は、イスラエルの民による不信心の報いという認識があり、それを戒める意味で学者たちはヘブライ語で律法を記した。また民族主義という他国民蔑視の純血主義を生んだ。ヘブライ語はアラビア数字を使わず、アルファベットが数字を代用した。a(アレフ)=1、b(ベト)=2、c(キメル)=3、d(ダレト)=4、e(へー)=5、f(バウ)=6といった具合である。14という数字は4+6+4の和なので、dwdとなるがこれはダービッド=ダビデを指す。

 この系図が示すもう一つの意義は、家父長制で男性しか系図に書かれないのが常であるイスラエルで、女性が5回も登場していることである。いずれも物議を醸したり、話題となった女性である。タマルは夫の父ユダの子を産んだ。ラハブは遊女であった。ルツは姑ナオミに仕えた高徳の女性だったが異邦人であった。マトシェバは夫の兵役中に沐浴姿をダビデに見初められて情を通じてしまう。最後にマリアは結婚前に子供を孕ってしまった。マリアの処女懐胎はパウロの書簡集やマルコ伝には登場しない後発の歴史である。これらスキャンダラスな事件の数々の先に生まれたイエス・キリストこそは苦難の僕であった。ことにイエスが磔刑となったことは、イスラエルの民にとって躓きであり、異邦人にとっては蔑視の対象となった。しかし復活を遂げて、この世の王となったイエス・キリストこそは真の神であり、救いを授ける力である。教会はイエスの教えを伝える証人であり、伝道の責務を持つ。

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