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殉葬を命じられた皇后の気持ち😭

女優チャン・ツィー・イーが主演する「上陽賦 運命の王妃」。中国の架空の国「大成」を舞台に、帝位を巡る陰謀と策略のなかで、気高く生きる王妃の波乱に満ちた人生を描く歴史ドラマ(全43回)。王妃と言っても、この国には「王」と称される人が数人いて、皇帝の方が上。だから王妃より皇太后や皇后の方が身分は上になる。
https://www.nhk.jp/p/joyofu/ts/XQR6LWYJ34/


 このドラマ全体の講評は最終回が終わってからにするとして、第32回に衝撃のシーンが登場した。それは皇帝が死んでしまう際に、写真の皇后が「殉葬」を命じられるシーン。いわゆる「殉死」であり、夫の死を悲しむ暇もなく、賜薬(毒薬)と鋭利な刀剣が用意される。まだ子供を産んだばかりで、愛するわが子との別れに身を引き裂かれる思いの皇后。しかし死の間際の皇帝の遺言は覆ることはない。ついさっきまで人々の尊崇を集めて、権力の絶頂にいた皇后。それが、侍女をはじめとする全ての臣下から「さぁ急いで」という感じで自決を待たれている。「殉葬」と告げられた時に、どんな気持ちがしただろう。見ていて皇后が不憫で、かつ状況が恐ろしかった。


 殉葬は中国古代の殷商時代から侍女や従者、それに家畜が埋葬されている。エジプトやメソポタミアでも同様の風習が見られる。殺されてから埋められる場合もあれば、生き埋めにされることもあったようだ。そのような犠牲を防ぐために秦の時代から兵馬俑が作られた。中国では明時代の15世紀まで殉葬の歴史が残っている。日本でも卑弥呼の塚には100人が殉葬された。日本書紀で相撲の元祖とされる野見宿禰は、埴輪を作ることで殉葬という悪しき風習を防いだと言われる。それでも江戸時代の徳川家綱(第4代)時代まで、武士に殉死の風習は続いた。

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