ストーリーテリングにおける『設定』のデザイン

剣と魔法の世界、貧民街でぎりぎりの暮らしを続けていた少年はある日、ローブの男に魔法の才能を見出されて……

例えばこんな導入なら、「剣と魔法の世界である」「主人公は貧民街の出身である」「主人公には魔法の才能がある」あたりが『設定』となるだろう。
『設定』は作品によって程度の差こそあれ、ストーリーテリングにおいて大切な要素のひとつだ。それこそ、小説の評価をするにあたって『設定』という項目が含まれていることは多い。特に、ファンタジー、SFといったジャンルにおいては、現実とは違うフィクションの世界を魅力的に作りこむことが重視されるぶん、ときに『世界観』と呼ばれるような設定の比重が大きい。

良い『設定』の条件

以前、良い設定とはなんだろうという話をしたことがある。ここでは、主にファンタジーとして優れた設定を持つ作品を取り上げ、その設定のどこが優れているのか、設定を中心とした作品を扱うにあたってどのような設定づくりを目指すべきだろうか、を考えている。
簡潔にまとめると、良い設定とは、その設定からストーリー、キャラクター、世界、テーマといった、ストーリーテリングにおける他の要素が自然に出てくるもの、と言っている。さらに、それがひとことで説明でき、受け手に想像を促せるとより良い。
例としてFateシリーズ、ソード・アート・オンラインシリーズなどを挙げている。
Fateシリーズは「魔術師が自らの願望を叶えるため、歴史上の偉人たちを現代へ召喚し戦う」という『設定』を持ち、受け手にとって既知であるキャラクターが設定に内包されていて、無限にキャラクターやその関係性を展開できる強みがある。
ソード・アート・オンラインシリーズでは「VRオンラインゲームに閉じこめられ、ゲーム中での死亡が現実の死となる」という『設定』が、「これはゲームであって、遊びではない」というキャッチコピーと合流しながら、「自分の今生きている場所が現実だ」という強いテーマ性を与えている。また、新しいVRオンラインゲームを登場させることによって、実質的に新しい舞台、世界を展開できる強みがある。
このように、良い『設定』、面白い『設定』とは、それを説明した瞬間にさまざまな想像が生まれるような、広がりだとか懐の深さを持っている。

『設定』のデザイン

上で述べたのは、どちらかというと設定から話を作る場合に、どのような設定を用意して出発するべきか、という議論だ。一方で、本記事の焦点はやりたいテーマやストーリー、キャラクターができあがっている場合に、どうやって『設定』をデザインするか、というところにある。

敢えて強い主張をすると、「設定には必ず正解がある」というのがわたしの持論だ。正解という言葉は言い過ぎかもしれないが、やりたいテーマやストーリー、キャラクターが明確なら、そこから出発して合目的的に決めていくと、すべての要素を矛盾なく取りこんだ『設定』に収束していくはずだ。それが、わたしの思う『設定のデザイン』である。

では、何をもって『設定』が正解だと判断するのか。それを知るには、そもそも『設定』という要素の役割を理解する必要がある。
『設定』は、説明であり、正当化であり、理由づけである。ややネガティブなニュアンスを含むが、言い訳と呼んでもよい。
例を挙げよう。以前、百合ジャンルの作品を構想するにあたって、以下のように考えていたことがある。

1. 主従ものを書きたい
2. お互いが好意ではなく、悪感情によって結びついている関係性を描きたい
3. 現実の人間が持つ生々しい感情や悩みをえぐり出したい

1. で挙げた主従という関係性は、二者に明確な上下関係が存在し、それを乗り越えて深く結びつく、あるいは敢えて身分の境界線を越えずに留まるというところに魅力のある設定だ。立場の違いがそのまま境遇の違い、キャラクター性の違いを示唆し、出会わなかったはずのふたりを引き合わせることができるとも言える。
一方で、2. で挙げた悪感情によって結びつく関係性というのは、主従ものという設定と矛盾しているように感じられる。すなわち、従者は主人を助け守るために雇われており、その中に存在する悪感情はその関係性を引き剥がす方向にはたらくことこそあれ、強化する方向にはたらくことはなさそうに思える。いわゆる「殺し愛」と呼ばれるような、戦いの中に生まれる絆を描く作品もあるが、主従の間で戦うというのはどういう状況だろうか。従者が主人を恨み、その意に反するのは単なる裏切りであり、関係性の破壊ではないか。
このように、やりたいことを詰め込んだ結果、うまくまとめるのが難しいような場合に、それら異なる要素を結びつけるような『設定のデザイン』が必要となってくる。むしろ、このように一見相容れない要素をすっきりと説明できる『設定』こそ、独特で豊かな示唆を伴う良い設定になることが多い。今回の例では3. で挙げた生々しい感情・悩みとして「自殺願望」を導入することで、1. と2. を結びつける『設定のデザイン』をした。
すなわち、主人である皇女は死にたがっており、多くの政敵を作って暗殺されることを画策している。従者である騎士は皇女を嫌っており、皇女に対する当てつけとして暗殺を防ぐということをしている。これにより、守られる守るという主従の関係と、互いを憎みだまし合うという戦いの中に生まれる結びつきを両立することに成功している。実際はもう少し込み入った関係性を持たせているが、核となっている部分は上記の通りだ。詳しくは、実際に書きあげた作品を読めばわかるだろう。

このように、『設定』は作中の一見噛み合わない要素を結びつけ、ひとつの作品としてまとめあげる役割を持っている。その意味で、『設定』は決して好き放題に付け替えて良いオプションパーツではなく、明確な意図や方針をもって設計されるべきものだ。もちろん、自分の好きな『設定』をパッションに従って詰め込んでいくことを否定するものではない。しかしもしそれが散らかっていてまとまらないと思うのであれば、『デザイン』の意識を持つことで解決することもあるだろう。

上で挙げたのは作品の根幹に関わる設定だが、『設定のデザイン』はより細かい『設定』においても意識することができる。(もちろん、意識せずに感覚で処理できるならそれでもいい)キャラクターの外面と内面とのギャップを説明するためにバックストーリーを構成するのは典型的な『設定のデザイン』だろう。話の展開上、主人公が挫折を経験しなければいけないとしたら、どんな挫折を用意すると話のテーマにそぐうか考えるのも『設定のデザイン』だ。
大切なのは、設定から話を作るにせよ、設定を後付けしてデザインするにせよ、ひとつひとつの設定がどういった意味、示唆、ニュアンスを持つのかを常に意識することだ。素材の味を正しく理解し、作るべき料理を正しくイメージすることができれば、時間はかかっても適切な調理方法を創造し判断することができるだろう。

余談だが、この記事で取りあげている『設定』は『フレーバー』という言い換えをすることもできる。マジック: ザ・ギャザリングというカードゲームのカードデザインにおいて、この『フレーバー』は重要な要素のひとつであり、どのような役割を持ちどのように作用するかが、開発記事にてたびたび言及されている。そのものずばりな記事は思い出せなかったが、例えばメルヴィンとヴォーソスについて説明した記事に、《大オーロラ》や《死の国からの救出》、《チャンドラの灯の目覚め》というカードのデザインにおいて、フレーバーがどのような役割を果たしているかが説明されている。マジックというカードゲームを知らない人からすると取っ付きにくくはあるだろうが、カードゲームに限らず他の創作にも通ずる示唆に富んでいるので、よければ読んでみてほしい。

まとめ

良い設定とは、ストーリー、キャラクター、世界、テーマといった作品の要素が自然に出てくるもの。
特に設定を後付けで作る場合、目指すべき設定には正解があり、前提した要素を結びつけまとめあげるような設定のデザインが必要となる

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