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奇譚集ープロローグー
久しぶりに、学生時代に下宿していた京都のここに戻ってきた。
縁側に立ちながら、俺は携帯灰皿を持ちながら、フーッぅと煙を吐き出す。
あぁ、仕事の後の一服は上手いなと、紫煙を肺に満たしていく。
この縁側でタバコを吸ったり(もちろん、成人してからの話だ)、望遠鏡で星を見たり(見えるものも限られていたが)、ぼーっとしたりした。今思い返すと、
色々あったなーと思うほど、俺の学生時代は濃かった。
自分の勉強や研究もあったのに、家主の仕事を手伝わされたり(おかげで何度危うい締め切りを渡ったことか)、今の自分の道を決める時も、家主のアドバイスや伝手で進路が決まったりと、何かとあった。何かとあったのはあったので、
ここの家主には頭が上がらない。
その話は、また時間があればしようと思う。
今日は仕事の出張でこの土地に来たのががバレてしまい、こうして呼ばれてしまった。
「相変わらず、坊はそこでタバコを吸うのが好きだな」
湯気が見えるほど熱いほうじ茶を盆に乗せてきた家主ー少しウェーブのかかった髪に紺色の着物を着ている、見た目年齢は20後半から30代ぐらいに見える青年ーは客間にある脚の短いテーブルに置いてくれた。
昔、俺がここで使っていた湯呑をまだ残してくれているらしい。
色褪せた陶器を見ると、懐かしい青春を思い出す。
ほんとっに色々合ったと、ため息が出るほど。
「じーさんは気にしないだろ?」
ついつい昔の癖でじーさんと呼ぶと、彼は苦笑いをしている。
「俺は坊の健康が気になるよ」
「いやいや、俺の仕事の一服はここでするっていうのが、俺がここで過ごす上でのルーティーンだよ」
じーさんと話をしながら、俺は短くなったタバコを揉み消した。
口の中に残った紫煙も共に吐き出す。
苦味が残った口に、熱いほうじ茶を入れるのは、いささか抵抗があった。
が、猫舌でもないので、そこは気にせずに口に入れた。
ほうじ茶独特の香りや苦味、そして甘みが口の中に広がり、吸っていたタバコを消してくれるようだ。ふーっと一息つく。
「仕事‥‥、あぁそういえば、今日はこっちで学会か何かって言っていたな。
坊はいつもどこか色々なところをうろうろしているからな」
自分の孫に対して話をするような話し方をする見た目とのギャップを青年から感じながら、俺は話を続けた。いや、実際にはそうなのだが、話が脱線するのでやめておく。
「おかげさまで忙しくさせてもらってるよ。自分のことをまともにできないぐらいにな」
「それはいいことだ。そんな忙しい坊には悪いのだが、いいものを渡したくて呼んだんだ」
ニヤニヤという言葉が似合うぐらい笑顔をするじーさん。いいもの、なんてよく言うぜ。と思いながらほうじ茶を流し込んだ。
じーさんのいいもの、は俺にとってきっと利益にならないものだ。むしろその逆だ。俺はカバンからノートとペンを取り出してメモが取れるように準備をした。
「しかし」
俺はほうじ茶を啜りながらじーさんに尋ねる。記録が取れるように準備をした後だったが、疑問が口をついて出た。
「じーさんだって、“耳袋“を持っているだろう。そっちには入らないのか?」
俺の言葉に、じーさんは「うーん」と着物の袖に腕を入れて唸った。
「これはどちらかといえば、“奇譚集”に入るだろうな。おまえの親父殿の分野とも取れない、かといって俺の“耳袋“とも言えない、中途半端な“もの”語りの話だ。ならば、おまえの“奇譚集”にふさわしいだろう」
“奇譚集”なんてかっこいいものではない。ただじーさんが関わったもの、俺が関わったものの記録をとってまとめているだけだ。
何の意味があるのかわからないが、学生時代からじーさんの仕事を手伝ううちに自然とまとめるようになっていた。いわばただの記録集だ。
じーさんの“耳袋”はじーさん自身が関わったもの、をまとめているのかと思いきや、語り部は別にいるらしい。
『まるで“青蛙堂”の主みたいなことをしてるんだな』と知り合いが言っていたことを思い出した。と同時に、意味もなく寒気もしてしまった。
慌ててほうじ茶の温かさを求めて一気飲みをする。
じーさんはそんな俺を不思議そうに見ていたが、俺が落ちつくのをただ黙って見ていた。
俺が残っていたほうじ茶を飲み切ったのを確認してから、じーさんはゆっくりと口を開いて話を始めた。
「それでは始めようか。これは、3ヶ月前のあるものとの出会いから始まる」
②へ続く
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