見出し画像

若いころとは違う旅がしたい

ちょこちょこと旅をする。
仕事がひとつ終わったので……とか、少し気分を変えたいので……とか、またひとつ年をとったから……とか、
何かしら理由をつけて日常を離れようとする。
いろんな旅がしたい。
頭ではそう思っているけれど、好みの旅のスタイルはある程度、固まってしまった。
人の多いメジャーな観光地よりも、素朴な山や高原が好きだ。
絵になる風景をながめながら、散策したりお茶を飲んだりして過ごしたい。
 
それでも毎回、どこへ行くか、どんなふうに時間を過ごすかには頭を悩ませる。
もっと悩ましいのは、ひとりで行くか、誰かと行くか、である。
「誰か」はもちろん、誰でもいいわけではない。
気を許せる人で、素の自分を見せられる人に限られる。
相手の同意がいる。
友人が少なく、人づきあいがあまり得意でない私には、ここはけっこう難しい。
誰かと行くには、日程を合わせたり、意思の疎通を図ったり、互いの希望をすりあわせたりしなくてはならない。
そこも面倒だ。
 
そんなこんなで、若いうちはひとり旅が多かった。
悩まずに旅立てる。気楽である。気ままに行動できる。
体力も気力もあったから、思い立ったが吉日で、ヨーロッパの古都やアルプスにもためらわずに出かけていた。
そもそも若いころは、旅の動機や目的が単純明快だった。
○○が見たい、○○を経験したい、○○を食べたい(買いたい)。
あるいは、静かなところでひとりになりたい。
非日常が味わえたら、あるいは日常のわずらわしさから逃れられたら、それで満足だった。
 
月日が流れ、状況は少し変化した。
いまは好きなときに好きなだけひとりになれる。そもそも日常から逃避する必要を感じない。
それでも旅はしたい。単なる旅ではなく、いい旅がしたい。
若いころとは少し違う旅がしたい。若いうちはできなかった旅がしたい。
人生の残り時間はもうそれほど長くない。体力のあるうちに、体の自由が利くうちに、とも思う。
 

では、どんな旅がしたいのか。

幾度となく自分に問いかけているが、明快な言葉にまだできていない。
強いていえば、何かしら新たな発見を求めている。
何らかの刺激や感動を求めている。
美しい景色をながめ、ふだんとは違う空気を吸って、触発されたいと願っている。
背筋がすっと伸びるような気づき、心が震えるようなひらめきがほしいと望んでいる。
 
できるなら、そうやって得られた発見や感動について、旅の同行者と語り合いたい。
その瞬間に、その場で感じたことを素直に語り合えば、自分の中に何かしらの変化が起きるだろう。
心の中のわだかまりが消えたり、視界が開けたり、新たなエネルギーがわいてきたり、といったことだ。
これが、いまの私が求める旅のカタチである。
 
時間もお金も若いころより自由に使える。
旅には出やすくなったはずなのに、旅の難易度は上がってしまった気がする。
なんだかなぁ……。複雑な気分……。
年を重ねるごとに欲ばりになっていく自分がおそろしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?