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暮らすとしたらどちらの社会がいいですか?

一切のセクハラを許さない社会がいいか、
それともささいなことは許容して男女のかけひきなども楽しんでしまう社会がいいのか。
なかなかむずかしい問題である。
 
『フランス人の性 なぜ「#Me Too」への反対が起きたのか』(プラド夏樹著)を読んだ。
ずいぶん前から、フランス人の意識や価値観が日本人のそれとはかけ離れていることには気づいていた。
そう感じるようになったのは、たぶん初めてパリにいった十数年前からだと思う。
 
名所旧跡を見ようと出かけていったのだが、それ以上に印象に強く残ったのは、街中で繰り広げられる男女の姿であった。気分が開放的になる夏休み期間だったということも多少は関係しているかもしれない。

目にしたのは、たとえばセーヌ川の欄干にいちゃつくカップルが雀のごとくいたことや、交差点のど真ん中で人々の通行を遮るようにキスをする恋人同士がいたこと、広場ではロマンス映画の撮影でもしているのかしらと思うような熱愛シーンが繰り広げられていたことである。
とにかく男女の絡まり合う姿がやたらと多かった。
 
パリって無法地帯なんだなと思った。
そのことだけでも驚きだったが、驚きをさらに大きくしたのは、教会の中にそれとはまったく別の、秩序で統制された世界があったことである。
敬虔なカトリック教徒の国だということを実感させられた。
この落差を、意識の二面性を、どう理解していいのか、当時の私には皆目わからなかった。
 
帰りの空港でも信じられない光景を見た。
手荷物検査の長い列に並んでいた。ようやく検査員の姿が見えるところまできた。
検査員はすごぶるイケメンのパリジャンだった。ふいに背後からヒールの音が聞こえた。
空港職員らしき制服を着た美しいパリジェンヌが、パリジャンのもとへゆっくり近づいていく。
ふたりは言葉を発することもなく、強力な磁石がぴたりとくっつくように唇を合わせた。
キスはゆうに1分は続いたと思う。
私はぽかんとしていたのですごく長く感じた。
これはよくあることなのか、検査の列に並んでいた他の乗客が、誰もふたりに文句をつけようとしなかったことも驚きだった。
 
それから数年後、雑誌か何かで、フランスには「パクス」という特殊な結婚形態があることを読んだ。
ふつうの結婚よりゆるやかな婚姻契約で、どちらか一方が嫌になればさっさと別れられるしくみになっている。
なんとまぁ合理的というか。自由を大切にする国らしい、恋愛というものに大きな価値を置いている、そんな感想をもった記憶がある。
 
そんなこんなで、恋愛や結婚や性についての意識がフランス人と日本人とでは大きく異なることは知っていた。
ただ、両者の意識がなぜそれほど違うのかは知らなかった。
本書を読んで、そのあたりがだいぶクリアになった気がする。
ことに興味深かったのは歴史的な背景である。
フランス人が恋愛やセックスを自由奔放に楽しむようになったのはわりと最近のことらしい。そして、こうした自由をことさら大事にしようとするのは、どうやら長いこと押しつけられてきた禁欲生活の反動でもあるようだ。
 
歴史が違えば、国民性も価値観も違ってくる。
大統領が不倫をしても受け流すフランス。
不倫には容赦をしない日本。
この点についてのみいえば、フランス人に人間的成熟を感じる。
 
実際にパリで暮らせば、性的な視線やしぐさは、わずらわしいだけかもしれない。
恋愛を美化することに懐疑的な私は、ロマンチックな社会よりもドライな社会の方で暮らす方が居心地がいいかもしれない。
それでも個人の権利を尊重しようとする姿勢や、他人のプライバシーには極力口を差し挟まないようにすることなどは、フランス人からもっと見習ってもいいように思う。
 

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