自民党憲法改正草案再読(26)

(現行憲法)
第54条
1 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。
2 衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。
3 前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ。
(改正草案)
第54条(衆議院の解散と衆議院議員の総選挙、特別国会及び参議院の緊急集会)
1 衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。
2 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行い、その選挙の日から三十日以内に、特別国会が召集されなければならない。
3 衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。ただし、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。
4 前項ただし書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであって、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失う。

 第54条に改正案は「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する」を追加している。これは緊急事態条項の親切に匹敵する重大な問題である。
 憲法第52条には、「国会の常会は、毎年一回これを召集する」と規定している。「首相が召集する」とは書いていない。内閣に権限があるのは「臨時国会を召集する」ときだけである。第7条第2項には天皇は「国会を召集する」と書いてある。これも「名目」であって、実際に天皇が独断で国会を「召集」できるわけではない。この「召集」は別のことばで言えば、国会議員を集めることである。「国会」をあつめるわけではない。同様に「解散」というのも国会議員を国会から追い出す(議員資格を剥奪する)ということであって、「国会の会場(建物)」を解体してなくしてしまうわけではない。「機関」をなくしてしまうわけではない。「召集」は誰かが決めることではなく、憲法で決まっているのだ。憲法は国民のものである。言いなおせば、国民が「国会は開かなければならない」と決めているのだ。だから、開かれるのだ。首相(権力者)は、それを拒絶できない。
 こういうことを考えるとき、参考になるのは、「書き方」である。どういう順序で第4章(国会)は定義されている。書き進められているか。第51条で「国権の最高機関」と定義した上で、衆議院、参議院の構成(二院制)について触れ、そのあと国会議員の資格、権利について書いている。これは第三章の「国民の権利及び義務」の書き方(定義)と同じである。「国民」を定義した後、国民の「権利」を保障している。第4章も「国会(国会議員)」を定義した後、国会議員の「権利」を保障している。この「保障」の意味は、「権力の実行者(内閣)」は国会議員の権利を侵してはならないという意味である。言いなおすと、内閣は自分の都合で国会議員の議席を剥奪できないということである。国会議員の議席を剥奪することができるは、国会議員を選ぶ国民だけなのである。
 内閣が国会を「解散できる」のは、第69条にあるように「衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したとき」だけなのである。議員の言っていることが正しいか、内閣の言っていることが正しいか、国民に判断を求めるときだけ、内閣は国会を解散できる。
 それ以外は、国会議員は、内閣の権限を上回る。だからこそ信任案、不信任案を審議し可決することもできるのである。権限は、国会議員にある。内閣にはない。
 「天皇」の項目でも触れたが、改正草案では「テーマ」のなかに、突然、「主役」ではない「内閣」が割り込んできて、「自己主張」する。「内閣」というこ項目は、天皇、国民、国会のあとに書かれている。その順序を飛び越えて、割り込んでくる。そして内閣にとって都合のいいことを言う。「独裁」の姿勢が、そういうところに明確に出ている。「内閣」のことは「国会(国会議員)」の後で定義する。それまでは「内閣」は主語になってはいけない。「主語」として割り込んでくるのは「独裁」がおこなわれているからである。
 繰り返しになるが、第54条で定義しているのは、国会議員(特に衆院議員)の「権利の保障」である。国会解散は、議席を失うことである。国会議員の「権利」がなくなる。その「権利なし」の期間は短くなければならない。第54条は、選挙は「四十日以内」、国会開会は選挙から「三十日以内」と決めているのは、当選しても国会が開かれなければ国会議員の権利を行使できないからである。そういうことを保障した上で、二院制の問題(参議院)の役割と、衆議院の議決が優先することを定義している。参議院がどんな議決をしようが「衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ」。
 「衆議院議員」を国会の中で最上位に位置づけている。この衆議院議員の「権利」を「内閣総理大臣」が一方的に奪うということは許されてはならない。「首相に解散権がある。根拠は第7条だ」というのは憲法解釈として完全に間違っている。違憲である。自民党は改憲草案を先取り実施しているというのが私の見方だが、国会解散に関しては安倍以前から「首相に解散権がある」を先取りしている。
 内閣(首相)が国会議員の「権利」を剥奪するはできない(「解散権」をふりまわして、議席を剥奪することはできない)ということは、次の第55条を読めば明確である。

(現行憲法)
第55条
 両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
(改正草案)
第55条(議員の資格審査)
 両議院は、各々その議員の資格に関し争いがあるときは、これについて審査し、議決する。ただし、議員の議席を失わせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

 現行憲法も改正草案も「議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする」「議員の議席を失わせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする」と決めている。内閣だけの意志で「議席を失わせる」ことはできない。「解散」は、その瞬間に衆院議員の議席を剥奪す/権利を奪うものである。
 内閣にその権限はない。内閣が信任されなかったときだけ、その対抗手段として国会を解散し、国会議員の議決の「不当性」を問うことができるのである。
 改正草案の第54条は「後出しジャンケン」ならぬ「ジャンケンルール」の一方的な押し付けである。それは簡単に言いなおせば、「あなたに後出しジャンケンの戦利を譲ります。今回のルールはグーなしです。私が先にパーかチョキを出します」というようなものである。

 それにしても、今回の自民党総裁選の報道はむごたらしい。ひたすら自民党の宣伝をしているに等しい。自民党の総裁選は国会を開会しながらでもできる。国会を開かずにいる自民党の責任を追及せず、ひたすら自民党のことだけを報道するというのは、ジャーナリズムとして情けない。
 コロナ対策の「緊急事態宣言」は9月30日に一律に解除されるようだが、解除前に、きちんと国会で審議すべきだろう。決定権が内閣にあるにしろ、状況を国会に報告し、判断の正当性をあおぐ必要があるだろう。
 国会軽視は国民軽視である。「改憲草案」の先取りが着々と進んでいるのに、だれもそれを批判しない。


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