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国後島の飛行場分析

北方領土の国後島にある唯一の飛行場は、メンデレーエフ空港。その空港に関するロシアの資料と各種地図などを見比べながら、少し探ってみました。

航空の世界は専門用語や略語が多いので読みにくいかもしれません。一応、略語のフルスペルと、あれば日本語もその都度書いておきます。

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▲ 国後島とメンデレーエフ空港の位置(地理院地図Vectorに加筆)

北方4島で最大の街は、国後島の中央付近に位置する古釜布(ふるかまっぷ)。ロシアではユジノ・クリリスクというらしい。そこから南西に見える羅臼山(らうすやま)の向こう側にメンデレーエフ空港があります。第2次世界大戦の前には日本が建設した飛行場があったそうです。15年ほど前から改修と拡張の工事が行われ、新ターミナルビルが完成したのが2011年とのこと。その前後の2010年と2012年に、当時のメドベージェフ大統領が国後島を訪問しています。

では、空港の南側から滑走路01にILS進入するつもりで、無線施設などを詳しく見ていきましょう。「国後島へ飛ぶ」と併せてお読みいただくと少しは分かりやすくなるかもしれません。

ILS : Instrument Landing System、計器着陸装置
MM : Middle Marker、中央マーカー
OM : Outer Marker、外側マーカー

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▲ コンパスロケーターと アウターマーカー(Bing Maps に加筆)

到着する航空機が最初に向かう場所がIAF、このコンパスロケーター上空です(周波数 525kHz、識別符号 BF)。日本では大幅に縮減され見かけなくなった NDBという無線施設のことです。Bingの衛星写真にアンテナ鉄塔らしきものが2本見えるので、たぶんT型アンテナのNDBでしょう。

到着機がコンパスロケーター上空を通過したら、いったん南西に向かいますが、左に旋回して滑走路に向かうコース014°に乗り、再びこの上空に戻ってきます。(別の記事「国後島へ飛ぶ」にILS進入チャートがあります)

この場所には、マーカービーコンも併設されています。真上に扇形の電波を発射する無線施設で、ファンマーカーとか単にマーカー(MKR)ともいいます。航空機がマーカー上空を通過する短時間だけその電波を受信でき、滑走路までの距離を確認します。コンパスロケーターと併設(NDB/MKR)されているのは、アウターマーカー(OM)といいます。

実は、メンデレーエフ空港にはILS用のDMEが設置されているので、マーカーがなくても滑走路までの距離を連続的に把握できるのですが…。日本の空港ではすでにマーカーが取り除かれ、ILS-DMEで運用されています。このアウターマーカーは、DMEから4.3kmの距離にあります。

DME : Distance Measuring Equipment、距離測定装置
IAF : Initial Approach Fix、初期進入フィックス
MKR : Marker radio beacon、マーカービーコン
NDB : Non-Directional radio Beacon、無指向性無線標識
RWY : Runway、滑走路

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▲ ミドルマーカー付近(Googleマップに加筆)

アウターマーカーを通過して滑走路01への進入を続けると、DMEから0.8kmの位置にミドルマーカー(MM)があります。

チャートでは、ここにもNDBが設置されています(周波数 255kHz、識別符号 B)。こんな近くに2つもNDBが必要なのかなぁ? 無駄な気もするけど何か意味があるのでしょう。

また、その近くにあるのは GBAS地上施設のようです。ロシアのAIPによれば、メンデレーエフ空港の滑走路01/19ともに、GLS CAT I 進入方式が設定されていました。驚きです! ごく簡単に言うと、GPSやGLONASSなどGNSS航法衛星からの信号を補強(補正)することによって空港周辺における精度や信頼性を高める施設が「GBAS」で、それを利用して進入・着陸するしくみが「GLS」です。就航しているオーロラ航空のダッシュ8(Q400)は機上システムがGLSに対応していないと思いますが、このような先進的なシステムが国後島(択捉島にも)の飛行場に設置されたことに驚いたのです。

もう少し滑走路に近づいた進入コース直下に、VORのような施設が写っていました。その敷地や道路などは、まだ新しく見えます。ロシアのAIP(2020年9月10日、メンデレーエフ空港)には無線施設としてVORの記載がありませんが、今後の運用開始が予定されているのかも。

CAT : Category、カテゴリー
GBAS : Ground-Based Augmentation System、地上型補強システム
GLONASS : Global Orbiting Navigation Satellite System
GLS : GBAS Landing System、GBAS着陸システム
GNSS : Global Navigation Satellite System
GPS : Global Positioning System
VOR : VHF Omni-directional radio Range、VHF全方向式無線標識施設

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▲ グライドパス/DME、およびPAPI(Googleマップに加筆)

滑走路01進入端付近です。滑走路の長さは2,000メートル以上ありますが幅は36メートル。日本のほとんどの空港は幅45メートル以上ありますから、やや狭い感じです。01側にだけPAPIが設置されており、その進入角はグライドパスと同じ2°40′(約2.7°)です。GPサイトにILS-DMEが併設されているようです。

GP : Glide Path、グライドパス装置
PAPI : Precision Approach Path Indicator、精密進入角指示灯

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▲ ローカライザー(Googleマップに加筆)

滑走路01に接地して着陸滑走した先に、ILSのローカライザーアンテナが並んでいます。平行誘導路は設けられておらず、滑走路両端に少しだけ広くなっているターニングパッドがあります。2020年7月には、この滑走路にQ400が着陸後、Uターンしようとして左主脚がはみ出した事案があったようです。滑走路の幅は狭くてもいいけど、ターニングパッドは余裕のある広さにしておけばいいのに…。

滑走路19側からの進入には、PAPIや ILSはありません。

LOC : Localizer、ローカライザー装置

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▲ エプロン、ターミナルビル(Googleマップに加筆)

エプロンにはQ400クラスが同時に2機入ることができそうです。もちろん、ボーディングブリッジなどは見当たらず、プッシュバックせずに自走で出ていきます。雨や吹雪の時は大変ですが、シンプルでローコストです。

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▲ これは何?(Googleマップに加筆)

AIPの AD Chartを見ると、滑走路01サイドの西側に3か所、何かの施設があることが示されていて、Googleマップでも確認できます。ロシア語の「ГСМ」をGoogle翻訳すると「Fuels and lubricants」と出るので燃料施設なのでしょうが、GBAS関連施設などもあるのかな…と想像しています。

AD : Aerodrome、飛行場
AIP : Aeronautical Information Publication、航空路誌

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▲ メンデレーエフ空港(Wikipedia)

写真を撮りに行けないので、ウィキペディアの写真を引用させていただきました。滑走路側だけに面した管制塔らしきものが見えます。AIPのATS Communication Facilitiesによれば、コールサインは「Borovik-Tower」、周波数は4波あります。

・128.000
・5552    Day
・2902    Night
・6529    Reserve

VHFは128.0(MHz)だけ、他の3波はHFの周波数(kHz)ですね。

いい天気の写真で、背後に見えるのが羅臼山と小羅臼山でしょう。地図で見てみます。

ATS : Air Traffic Service、航空交通業務
HF : High Frequency、短波
VHF : Very High Frequency、超短波

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▲ メンデレーエフ空港と 羅臼山・小羅臼山(地理院地図Vectorに加筆)

メンデレーエフ空港の東3~4kmには、標高880m以上の羅臼山と それよりやや低い小羅臼山があります。空港が標高216mですから、山頂との高度差は2200フィートほど。たぶんそのためでしょう、空港東側には進入や出発の経路がまったく設定されていません。使用滑走路が01/19どちらの場合でも、空港の西側を飛行するようになっています。

この地図では、小羅臼山の山頂まで道路があります。山頂付近まで登れば、空港を見下ろす角度で良い写真が撮れそうです。ここへ行ってみたいなぁ! 国後島の山と標高のハナシは、こちら「国後島の火山」をご覧ください。

この地図でもう一つ気付いたことがあります。滑走路の南側の標高がかなり低くなっているゾ! 滑走路は南側に延長されたのでしょうか。


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▲ メンデレーエフ空港の滑走路勾配(地理院地図から算出)

AIPに見当たらないので、国土地理院の地図で距離と標高から滑走路の勾配を計算してみました。北側の約1000メートルはほぼ平らに近いのですが、滑走路の南側半分は2%以上の大きな傾斜があります。滑走路01接地点付近の勾配2.6%は、角度にすると約1.5°にもなります。AIPによれば、ILSやPAPIの進入パス角は共に2°40′(約2.7°)なので、滑走路面に対する進入角は4°を超える計算になります。通常の3°程度に比べて深い角度になるため、接地直前の引き起こしなどに注意が必要かもしれません。

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▲ メンデレーエフ空港の滑走路01ファイナル(AOPA Russia)

滑走路01への最終進入中に撮影されたと思われる AOPAロシアの写真からも、滑走路の手前側と奥の方の勾配が大きく異なっていることが分かります。滑走路01から離陸するときは強い登り勾配になり、加速に時間がかかって離陸に必要な滑走路長が長くなります。また、反対側の19から着陸する場合は途中から大きな下り勾配になるので、特に冬季の滑りやすいコンディションでは慎重な減速操作が重要でしょう。

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▲ 就航している航空機(オーロラ航空のwebサイトから)

メンデレーエフ空港のアプローチ・チャートには、次の方式が示されています。

滑走路01進入

ILS, LOC Y および Z
・GLS
・RNAV (GNSS)
・NDB
・Visual

滑走路19進入

・GLS
・RNAV (GNSS)
・Back Course Navaid
・Visual

現在この空港に就航しているDHC-8-400 (Dash-8, Q400) は GLS進入や RNAV (GNSS)進入に対応していないので、精密進入ができるのは滑走路01のILS/LOC進入だけ。おそらく霧の発生する日数が長い国後島でしょうから、ILSはメンデレーエフ空港の就航率に直結する、とても重要なNAV施設のはずです。

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冒頭のDHC-8-400の写真のみ、やぶ悟空撮影(新千歳空港で)。北方領土へは容易に撮影に行けないので、そのほかの写真などは Bing Maps、Googleマップ、ウィキペディア、AOPAロシア およびオーロラ航空のwebサイトから、使用させていただきました。

(2021年9月30日、誤記修正)

記事の内容は作成当時のものです。その後、VOR/DMEが運用を開始して進入方式などが大幅に変更されていますのでご注意ください。


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