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短編小説「写真」

モトコはコーヒーをすすりながら、YouTubeで朝のニュースを見ていた。
ライブ配信されており、一通りの項目を流し終えたら、繰り返し同じものが映されるタイプのものだ。
さっき手を濡らしてしまったため、スマホに触れず途中からしかニュースを追えておらず、いつ一周するのかわからない。昨夜の東京の人身事故、外交、この4月からの値上げによる影響、ここまでは見た。

地方都市、いや、田舎といった方が受け手が抱くイメージに近いこの町で写真屋を営んでいるこの店は彼女の母から継いだものだ。今年で6年目になる。
最近はスマホで写真が撮れるため、このような店は危機に瀕しているかと思いきや、そうではないらしい。この辺りには無人証明写真機が少ないのに加えて、家族写真の需要があり、そういったニーズに対応できるのがこの写真屋しかないようだ。

ーーー

朝ごはんを片付けて、開店の準備をした。開店は8時。早い開店だが、証明写真の焼き増しなどは意外と早い時間の方がありがたがってもらえる。
6年目ともなると、この地域における店の役割や、立ち回りがわかってくる。
大学は地元の商学部に進むと決めていた頃から、自分の店を継ぐと決めていた私にとって、この店がうまく行っているのは非常に嬉しい。といっても、いつまで繁盛が続くかわからないが。

開店しても特にやることはない。
さっきテーブルを水拭きするのに手をまた濡らしてしまったため、またしてもスマホが触れない。さっきから流しっぱなしのニュースを続けて見ることにする。こういう時間があると、経営に不安を覚えるが、気にしないことにしている。

「モトコ、もうやってる?」

男の声が店内に響いた。
身長はやや高めの痩せているとも肥えているとも言えない普通の体型の男だ。

「え?カズ?すごく久しぶりじゃない。何年ぶり?」
「あ、ああ。久しぶり。大学を卒業する時の同窓会以来だから、5年ぶりくらいか。」
「てかあんた、東京にいるんじゃないの。」
「たまたま休みができてね。元気かなと思って。」

高校の同級生であるカズトシは、大学から上京し、そのまま東京で中学校の数学教諭をしている。教員採用試験に2年目に合格したと聞いた。件の同窓会では現役で落ちた試験に対する愚痴を色々と聞かされたものだった。

「それより写真を撮ってほしいんだ。」
「せっかちね。何に必要な写真?証明写真でいい?」
「いや、違う。えっと、お見合い用のを撮ってほしいんだ。」
「お見合い?東京でお見合いする文化なんてとっくに絶滅してるんじゃないの。」
「わかってないな。教師には出会いがないんだよ。」

確かに、教員という立場では生徒はおろか、保護者と関係を持つのもリスクのあることだ。可能性があるとしたら同僚か、もしくは大学からの恋人か。もっとも、そんな人がいたらわざわざお見合い用の、なんて頼まないが。

「じゃあ、とりあえずそこに座って。てか、カズそのスーツ、所々擦り切れてるじゃない。」
「大丈夫、顔だけ撮ってくれたらいいから。」
「ほんとに?顔の付近だけなら問題なさそうだからこのまま撮るけど…」

カズトシに椅子に座るように言い、スーツを整えたのちに数回シャッターを押す。カズトシは遺影になるかのような表情をしている。口角を上げるように促され、ようやくそれらしい表情をした。

「先生の仕事はどう?」
「仕事のことは今は考えたくないね。忙しいったらそれはもう。特に4月。それに加えて薄給なんだからだめ、やってられない。」
「そんなに。たしかに最近、教師は大変ってニュースで見たよ。」
「そういえばモトコ、ヨシとはどうなったんだよ。」
ヨシこと、ヨシヒロはモトコの婚約者だ。モトコとカズトシの高校の同級生で、モトコとは大学まで同じだった。
「婚約したって話はしたっけ。」
「え?結婚するのか。」
「まあ、お互い適齢期だしね。」
カズトシの声のトーンが下がっていくのがわかった。高校の時に仲の良かった2人の結婚が決まり、彼も焦っているのだろう。世の中、結婚が全てじゃないと言うのに。

必要な写真を撮り終え、あとは簡単な編集とプリントアウトだけだ。プリントアウトには少し時間がかかる。
「そういえばカズ、入ってきた時にドアの鈴ならなかったけど、どうやって入ってきたのよ。」
「普通だよ。音楽でも聴いていたんじゃないか。」
たしかにニュースキャスターの声は耳から入っていたが、不思議に感じた。しかし、カズトシは高校生の頃から誰かを驚かすのが好きだった。特に私はよく驚かされた。忍者の素質があるのではないか、とよくからかっていた。
それもあり、「ああ、またか」という感じだった。

その時、

ドンッ、ガガガ…

プリントアウトするための印刷機から異音がした。
「え!ちょっと待ってよ!今はちゃんと動いてくれぇ!」
母の代から使っている印刷機だ。ガタが来ているに違いない。

ガガ…、ウィーン、ウィーン

正常運転が再開したようだ。かなり焦ったが、よかった。
すぐに出来た写真を裁断し、完成させた。

「カズー、写真でき、、」

消えた。
さっきまでレジ前にいたはずなのに。
逃げたとか隠れたとか決してそんなものではない。
忍者のように煙とともにその場から消えた。

レジのカウンターには写真の代金が置かれていた。
YouTubeのニュースが用意されていた内容を全て流し終え、再び最初のニュースが読み上げられていた。

ーーー

<次のニュースです。>
<昨夜、山手線〇×駅のホームから男性が転落し、車両と接触するという事故がありました。>
<事故があったのは山手線〇×駅のホームで、車両と接触した20代の男性1人が救急搬送されましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました。>
<この事故により、山手線は大幅に遅延した模様です。>

End

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