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事業承継できるかな 〜初案件! 完結(サイトT編)

■今までのあらすじ

 ・ネットの事業継承サイト Tで、ニッチな分野に特化したソフトの販売事業の案件にエントリー。売り手の樋口社長と面談した結果、製品やライセンスの契約形態などに問題があると感じ、事業承継後の資金回収は難しいと感じた。

 ・樋口社長より「他の買い手候補のインフラ商店と組んでビジネスしたらどうか」と提案され、先方の担当、山田さんとお会いすることとなった。

 ・インフラ商店さんの事務所で面談。売れるかどうかの問い合わせに対し、現状のままでは売れない、と率直に話す。

 ・個人ではリスクが高い案件と感じ、最後の打ち合わせのつもりでインフラ商店と一緒にパピルス社に行くことに。

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■いざ、最後の打合せに

インフラ商店の山田さんと打ち合わせした数日後、樋口社長から打ち合わせの通知メールが届きました。パピルス社にて、樋口社長とインフラ商店の澤部社長、山田さん、そして私の四人で打ち合わせとなりました。

その日は忙しい時期ではあったものの、私の仕事が終わった後ということで、比較的遅い時間に設定していただきましたので、とやかく言えません。また、遅い時間の集合ではあるものの、会社から打ち合わせ場所までは電車をあちこち乗り継いで行くため、それなりに時間がかかります。あんまり余裕こいて仕事してられません。業務的な事で捕まらないようにシレッと会社を出ます。

私の腹は決まっていたものの、関係者のリアクション次第で商談から退くタイミングを逃してズルズルいってしまう可能性があります。早めに抜けるようにしないと樋口社長のペースに巻き込まれる予感がするので、この打合せはどうしても出ないとダメだと思っていました。

インフラ商店の澤部社長と山田さんとパピルス社付近で待ち合わせし、いざ、打ち合わせへ。行き慣れているのでしょう、スタスタと進む山田さんの後ろに澤部社長と並んで歩きます。チラリと私を見た澤部社長、

「塚田さん、率直にどう思ってます?」

「申し訳ありませんが、サラリーマンやりながら運営出来る案件ではなさそうなので・・・私一人でどうにかして欲しい、という話であればお断りします」

「・・・まあ、我が社もM&Aをかなりやって来ましたが、共同事業みたいな提案を持ってこられるのは初めてだなぁ」

そうです、澤部社長はこのような「会社の売り買い」は初めてではないのです。ただし、同じ「売り買い」としても、樋口社長のバトンを引き継ぎ、新生パピルス社として再スタートを考える私の方向性とは違い、インフラ商店の1つの事業として吸収するというものです。

資金的に私一人でパピルス社を買い取るのは難しい。もし、方向性が違うことを飲み込んで、コンパスちゃん販売事業を手がけるために、勤め先の会社をやめてインフラ商店の人間になったとしても、結局パピルス社は無くなってしまいます。さらに、私個人の見立てでは、この事業で結果を出すまでには時間がかかりすぎるのではないか。そうすると、インフラ商店で仕事を長く続けられる可能性は決して高くはなさそうだし・・・。

さらに、この製品を熱意を持って売れるかどうか、と問われた時に「はい」と即答出来ない自分がいました。やはり、こうであれば手を引くのが良い。

そんなことを考えながらエレベーターへ。事務所のチャイムを鳴らすと、満面の笑顔の樋口社長がドアを開けます。笑顔に引き気味になりながら事務所の奥へ。

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■さて、始まりました・・・

テーブルにつくなり、私をチラ見して澤部社長が切り出します。

「樋口社長、塚田さんと話をしました。結論から言うと、このまま希望金額でパピルス社を引き継ぐのは難しいと思います。」

「そうですか・・・澤部社長、塚田さんと組んでもダメですか?」

「それ以前に、塚田さんの見解を考慮すると、二者でやるとしてもハードルがたくさんありすぎます。」

タイミングを見て私も切り出しました。

「樋口社長、気になっているのはコンパスちゃんのユーザさんです。販売しているのは相応の数はあります。しかし、保守サービスが事実上ストップしている現在、商談ができそうなユーザさんって絞られてきませんか

「はあ、いま確実にできそうなのは5社ほどです」

「・・・!(予想以上に少ない)」

思わず澤部社長と山田さんで顔を見合わせました。この状況ではコンパスちゃんを今でも使ってくれているか怪しい。他の製品に乗り換えているかもしれない・・・。みなさんもご経験あると思いますが、使い慣れたソフトやアプリを同じ機能の他社製品に替えるって時、それなりの理由があったと思います。例えば、業務拡大した結果の機能不足だったり、サポートがなかったりとか。

乗り換えたものを元に戻すのは、製品によほどの魅力がないと戻って来ません。正直、今のコンパスちゃんにそこまでのものはない。となると、付け加えるしかない。付け加えるのはそれなりに費用がかかる・・・。沈黙した私に替わり、澤部社長が再び切り出します。

「じゃあ、コンパスちゃんのユーザさんと、製品のベース部分を開発した会社さんとの関係も洗い出したいので、半年間くらい試しにウチの製品として扱わせてもらえませんかね。費用は考えます。」

半年が無理なら三ヶ月、それくらいであれば製品の見切りがつくでしょうから、私個人としては「妥当な線かなぁ」と聞いていると、樋口社長はちょっと驚いた様子。

「あれ、5社じゃ難しいですか」

澤部社長と樋口社長で以前どのようなやり取りがされたか、それはわかりませんが、すぐにでも買い取ってもらえるつもりの樋口社長と買った後の費用を回収してどれくらいで黒字に出来るかの見極めをつけたい澤部社長、考えていることに差が出ています。

「財務諸表みせてくれませんか、樋口さん」

表情1つ変えず澤部社長が言います。すぐに出す樋口社長。おもむろに受取り、ペラペラとめくる澤部社長。私は初回面談でもらっていた書類ですが、こうなると思ってないので、もらったことは伏せてました。澤部社長の横から書類を覗く山田さん。腕組みして澤部社長が言います。

「樋口さん、これ随分と赤字ですが。ちなみに、個人でも会社に貸付してますね

「それも今、銀行から借りてて・・・」

澤部社長も納得いったようです。私も納得出来ました。ちょうど、会社の赤字が売却希望金額なのです。資金繰りのために、樋口さん個人が会社に貸したお金と銀行から会社が借りているお金の合計値が売却希望価格。売却して借金ゼロで再スタートしたいようです。

あれ、ゼロはいいけど・・・

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■その後の樋口さんは・・・

「売却後、どうするんですか、樋口さん」

借金ゼロなのはいいけど、その後はどうするんだろう。私が聞くと

「大丈夫です。僕、一応、建築士なんで

よくよく財務諸表を見てみると、ソフト販売ではない売上があり、どうやら建築士の仕事で会社の赤字を埋めていたようです。でも、どうしてそこまで・・・

「いやあ、親父が起こした会社で一時期は上場、なんて話もありましたけど。難しいもんですねぇ。」

建築士として建築事務所に勤めていた樋口さん。急にご病気になったお父さんの後を継いだは良いけど、事務所をすぐにやめるわけにいかず、やりかけていた建築士の仕事が片付いたら本格的に会社を・・・と思っていた矢先、お父さんの片腕の方が、その他の社員とごっそりやめてしまったとのこと。やめてもどうにか一人でやっていける売上があったようです。

しかし、サポート対応が多く奔走しているうちに不景気も重なり、除々に売上も下降線。ご自身の生真面目な性格と丁寧な対応が裏目に出て、ユーザからバンバン電話がかかり、ついに電話取るのが怖くなってしまったとのこと。だけど、お母さんも健在だし、自宅兼事務所のローンも残っているので簡単にやめるわけにはいかなくなったのだそうです。

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■初案件の終了

私も澤部社長も返答は後日としてパピルス社を出ました。駅に向かう道すがら、考えを聞かれたので、率直に「採算の見通しが立たないので、お話進めるのは難しい」と伝えました。一方、澤部社長は押し黙ったまま。駅に到着。電車の乗る方向はお互い違うので、ホームは別。私が挨拶すると、笑顔で片手を上げて、お互いのホームの方向に。

歩きだして、ふと振り返ると山田さんを連れ立って駅のコーヒー屋さんに入っていく澤部社長の背中が・・・インフラ商店さんの考えをまとめるようです。

翌朝、私は辞退する主旨のメールを樋口社長と澤部社長に出しました。ふたりとも至極あっさりとした返事。やはりビジネス。こんなもんです。その後、樋口さんと澤部さんの間で交渉事があったかもしれませんが、私にはお話はありません。こうして、初めての案件は不発という結果となったのでした。

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