六根清浄しなさい

六根清浄の要みたいなのは、意と呼ばれる部分、こころである。こころが清浄でなければ、ほかの5つはついてこないのである。とにかく、こころを清浄にしようと努めていれば良い。

顕正会に属しているが、この会はべつに六根清浄の部分については薄くて、あんまりどうというか、寿量品と方便品を唱えていればあとは勝手についてくるからっていう教えで、じゃあそのなかに六根清浄は含まれているか、いるかもしれないけど、積極的に六根清浄を教えては居ないのである。そこがちょっと残念だなというか。

まあ六根清浄しなさいじゃなくて、したほうが良いよ的な、だって全部あなたのためなんですからね。ぼくはそれをしてもらってもぼくが得するわけじゃないので。あなたが、将来あなたが前にしたことで、積み重ねたことで、得をするわけだから。

では、どうやって六根清浄に至るかというと、こころがベースになるわけだから、六根清浄したいですっみたいなのをたまにでもいいので独り言で言っていけば良いのである。これすなわち契約なので、だから独り言イコール契約なんだよな。どんなに軽くてもそれはなんらかの執行力があるわけ。罪咎祟禍穢を祓い給え清め給えっていってると、それが年月を重ねると叶ってくるんですよと。

三毒のことばっか言ってても具体的にどうするかっていうのは伝えられてないから。それがねえ、神道が存在する意義、他の宗教も存在・存続する意義なんだよな。

ほんとは、いろんな宗教のミックスがいいんだけど、シンプルに、ウチの宗教にだけくっついて、お金を払ってくれれば良いみたいなとこあるからな。すべての宗教がそんな感じだから。だって宣教するということはそういうことでしょ?

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