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人生における道草の意味

このページの概要は以下のとおりです:

  • 人生における道草の意味:心理学者の河合隼雄さんが、人生において無駄と思われる経験や遊びが、実は将来に役立つことを「道草」と呼んで説明している。

  • エジソンの話:発明家のエジソンは、電球の仕組みを発見するために何千回も失敗したが、それを「うまくいかない方法を発見しただけ」と捉えて、遊び心を持って挑戦し続けた。1

  • 自分の経験:著者は、高校や就職で失敗したり、ブラック企業に入ったり、無職になったりと、惨めな人生を送ってきたが、今ではそれらが自分を成長させたと思える。

  • 過去の意味付け:過去の経験が良いか悪いかは、今の心理状態によって変わる。過去は変えることができないが、過去に対する考え方は変えることができる。


私の好きな日本の心理学者で河合隼雄さんという方がいる。

河合隼雄(かわい・はやお)は、日本の心理学者であり、教育学博士です。彼は、分析心理学、臨床心理学、日本文化を専門としており、箱庭療法を日本に初めて導入しました。彼は、日本人として初めてユング研究所にてユング派分析家の資格を取得し、日本における分析心理学の普及・実践に貢献しました。また、彼は文化庁長官を務めたこともあります

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たくさん本を出しているので私も定期的に読み返すし、本人が語るオーディオブックもあって、そちらも定期的に聞き返すようにしている。
その中で「人生の道草」ということについて話をしている

これは、人生において一見したときに無駄としか思えないような経験、人生の一時期が将来において非常に役立つ経験になるということを「道草」という表現で説明をしている内容になっている。
その中では、若いうちに結核になって何年も人から遅れてしまった人が、それがゆえに人に共感できたり、豊かな考え方を持つことができたことで年を重ねることができた人が紹介されている。

また、遊びの重要性についても話をしている。真面目な人からすると「遊び」という言葉は良くないと思う人もいるかもしれないが、一方で「遊び」がなければ、余裕がないということで、遊びのないスケジュールや遊びのない仕組みはうまくいかないことが説明されていたりする。また創造性も遊びから生まれるということでエジソンの話が紹介されている。

エジソンといえば、有名な話かもしれないが、電球の仕組みを発見する際に、1万回失敗したといわれている人だ。一方で彼は一度も失敗していないと言ったそうだ。つまりうまくいかない方法を一つ発見しただけ、と言ったらしい。もし、彼が「無駄」を嫌って、「遊び」のない方法をとっていたらおそらく電球はうまれていなかったのではないか。

以前伝えたかどうか覚えてないのだが、私も「道草」を食ったことがある。大学卒業後今でいうブラック企業に入り(実際にブラック企業殿堂入り企業として2chで未だに讃えられている)そこで耐えられなくて2年でやめてしまった。私の時期は転職なんて考えられない時代で、実際に私の友人でその時に会社を辞めた人は一人もいなかった。そして、そのあと半年間も無職の時期を過ごしていたのだ。友達はみな働いているのに、自分だけ実家に住んでふらふらしている時期を過ごした。とてもみじめだったし、将来どうなってしまうのだろう?と不安を感じたことを覚えている。

正直に言って、その経験が何かを生んだかというと。。よくわからない。今思い出せるのは、別に自分の状況なんて大したことはないと思えたことくらいだろうか。言葉は悪いが世の中もっと大変な人がいるというのは学べた。
自分なんてまだ恵まれているし、もっと頑張らないとダメだなと思えたことが、その後につながっているかもしれない。

今思うのは、過去にした経験がいい経験だったかどうかは、結局は今どういう状態かに左右される、ということだろうか。

私の経験を上げれば、高校で第一志望に受からなかったし、就職はブラック企業しか合格できなかったし、最初の仕事ではみじめな状態で2年で逃げるようにやめたし、半年かもプータローをして別に楽しいこともなかったし・・。これだけ見れば惨めな人生だろう。

しかし今から振り返ると、そういうことがあったから今があったかな、と思える。それは今がある程度の幸せを感じているからだろう。結局過去の経験は振り返るときの心理状態に左右される。つまり過去の経験の意味付けは将来自分で変えることができるのだ。そういう意味では過去は変えることができるのだ。

エジソンの話に戻ると、彼が電球を発見できなかったら、彼の努力は無駄だったろうか?そして、道草は無駄だろうか?多分そうしたらエジソンは世の中に知られず、この逸話も残ってなかったに違いない。そうすると最終的には本人がどう総括したか、によるだろう。エジソンが2万回うまくいかない発見をして、でも最終的に電球を発見できないうちに死んだとしたら彼は死ぬ間際にどう考えただろうか?

多分それをどう考えるかに人生を幸せに生きる考え方が凝縮されているのではないかと思う。


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