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意思決定プロセス

 昔から今のように意思決定は難しいものだったのだろうか?

 例えば、コロナの対応へも、右に行っても左に行っても何を意思決定しても批判にまみれる。もちろん企業での意思決定も難しいのだが、おカネというわかりやすい軸以外に他の軸が複雑に絡む社会全般に絡む意思決定の難しさは、どこにも答えがないような難しさを感じたりもする。どちらにしろ誰かがダメ出しをするのであればサイコロを振って決めるので十分だと投げやりな気持ちになったりもしてくる。意思決定する人の立場となってみると、最も個人としてのダメ出しされない選択が、組織に埋れてできるだけ意思決定をしないという、意思決定になってしまっているようにも感じる。

 主宰するALIVEでは、社会の課題に対する団体の長やその団体の重要なステークホルダー、それに事業の経営者やマーケティングのヘッドやコンサルタントなどの外部のアドバイザーが、複数のチームからのセッション2・3と毎回ブラッシュアップされる提案に対し、個人の意見から判断した評価を快晴から雷雨までのお天気の5段階でフィードバックし、最終のセッション4ではアドバイザーやステークホルダーの意見も聞きながら団体の長が、採用・不採用を意思決定する。

 今まで35団体で実施する中で34団体で団体として提案の採用が決まり、その後続々と実現に向かって動いている。参加者の本気の提案を採否決める以上、答申先にも本気の意思決定が求められる。当事者として提案をしてくる参加者の本気を受け止めた以上、容易に採用とすることはできない。数ヶ月先も参加者は研修の枠組みを超えて、その後の動きを気にし続け、常にその後に社会にどのような影響が出たかを確認する。つまり、答申先も研修の枠組みを超えて本気で実現に向けて動くし、万一動かなければ貴重な仲間を失うことになってしまうのだ。(もちろん、自治体などの場合、議会で否決される場合もあるが、首長が本気で通そうとしてダメだった場合は参加者も納得できる)

 ALIVEの意思決定の場面を見ていくと、セッション2での評価はその人ごとに全く違う。快晴から雷雨も違うし、同じようなお天気でも、コメントを聞くとそれぞれの人によって判断の軸が違うことがよくわかる。それぐらい複雑な意思決定であるということだ。セッションを通じて参加者に対しフィードバックするプロセスは、同時に、評価者同士も軸をすり合わせをしていくプロセスなのだ。

 冒頭の問い「昔から今のように意思決定は難しいものだったのだろうか?」は、高度成長時代は社会の意思決定の軸がもっと大きく、もっと多くという単純な軸で、もう少し簡単だったような気もするし、でもそうは言っても昔から難しい意思決定はずっと難しいものであったような気もする。

 いずれにしろ現在も難しい意思決定についてALIVEを通じて感じる重視していきたいポイントは、意思決定に関係者が全員入ること、複数の軸を場に出していくこと、その軸を見据えながらすべての軸を満たせなくとも納得できる答えを見出していくこと。ひょっとすると同じ答えになっても、このプロセスを辿るかどうかで意思決定の良否が決定するのかもしれないと思うと、意思決定は決定内容でなくプロセスが重要なのだと感じたりもする。

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 ALIVE2期の答申先のひとつは市民セクターよこはま。活発な市民活動を誇る横浜で自治体とNPOをつなぐ中間支援団体だ。

 社会の課題が分散化していく中で必要な支援をしていくために、行政の手の届かないところでNPOを支援していく。公平性などに縛られ意思決定が難しい行政の補完としての役割の重要性がますます増す中で、助成金や補助金以外の資金面も含めたリソースを確保するために自主事業をどのように作り出していくかを考えていく。


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