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ハリセンボンとテンセグリティ

私は昔から生物を観察するのが好きだ。幼稚園の頃大きな公園に連れて行ってもらったときは入り口わきでアリの行列を観察して一日が終わったし、海に遊びに行ったときはひっくり返ったヒトデがゆっくりと戻っていく様子をずっと眺めていた。観察を通して対象への「解像度」が高まっていくのが楽しかった。

三つ子の魂百までと言うが、24歳になった最近もやっていることはさほど変わらない。しかしテクノロジーを携えたことでそれがクリエイティビティに変わる瞬間がある。今回はテクノロジーを使うことで生まれた制作の例を挙げながら、これからのものづくりの可能性について考えたい。


「CT生物図鑑」というWebサイトがある。CTスキャンされた生物のデータが公開されており普通は見えない内部の構造まで鮮明に観察できる、私のような人間にはたまらないサイトである。これを実現しているのは高い技術を持った産業用CTで、①X線による撮影、②2Dの画像を3Dに再構成、③ノイズなどの除去という3つのテクノロジーによってはじめて得られるデータである。

このページを発見したときはうれしくていろいろな生物の骨格を片っ端から観察していた。獲物を丸呑みするアマガエルは肋骨のような機構がなく(この考察もいろいろしたい)、飛翔のために軽量化が必要なカワラヒワの骨は建築のリブのような形がついていたり、まるでトポロジー最適化の結果のような骨盤を持っていたりする。

そのなかでも特に私が興味をひかれたのがハリセンボンである。膨らむと広がる硬い棘で身を守り、天敵がほとんどいないと言われるハリセンボンだが、この無数の棘同士をつなぐのは骨格ではなく、柔らかい皮膚である。事実、CT画像を見ると棘の一つ一つはまるで空中に浮いているかのように見える。そんな皮膚に貼りついているだけの棘が、膨らんだときは面の法線方向を向き、しぼんだときはぶつかり合うことなく面に沿ってきれいに重なり合ってたたまれるのである。これはすごいメカニズムではないか。

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ハリセンボンのCTスキャン画像*1

スキャンデータを拡大したり回転したりして観察を進めると棘の一つ一つには3本の足がついていて、隣の棘の足同士が噛みあうように規則正しく敷き詰められていることが分かった。それを見て私は、「折紙のRon Resch Patternの折りたたまれ方に似ているな」と思った。また、「皮膚(引張材)に棘(圧縮材)が張り付いて成立しているのでこれは膜テンセグリティだな」とも思った。

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Ron Resch Pattern

ここで、折紙とテンセグリティの関係についての思考が始まることになる。

折紙とテンセグリティの関連性は実はすでに示唆されている。東大の舘知宏准教授によって、折紙の微小剛体折り条件式とテンセグリティの力のつり合いの式が対応していることが示されており*2、つまり柔らかく動く折紙はテンセグリティに変換しても成立する可能性を持っている(「成立する」と言い切れないのは力の釣り合いが成り立つだけで安定な構造になるとは限らないから)。

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テンセグリティとそれに対応する折紙(Tachi, 2012)

また、膜テンセグリティの実施施工例として有名な「MOOM」*3はその解析モデル*4が折紙の吉村パターンによく似ている。

以上の考察により、私は「一枚の紙から立ち上げる折紙」と「一枚の布から立ち上げる膜テンセグリティ」の関連性に発想がいたり、任意の形状の膜テンセグリティを設計する手法を思いついた。

また、その設計プロセスにおいてはFreeform Origami*5で任意のメッシュを平面展開できるようにしているほか、Kangaroo2*6を用いてテンセグリティの非線形解析を用いることで構造の成立を即座に確かめることができた。このように、ソフトウェアを用いることで複雑な設計や解析を簡単に行うことができる。

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GrasshopperのPlug-in、Kangaroo2を用いた解析の様子

さて、今回私はCTスキャンの発達によりハリセンボンの骨格の詳細まで観察することができた。また、インターネット上に論文や写真が公開されていることにより得た知識が発想の助けとなり、コンピュータとソフトウェアがあることによって設計を行うことが可能になった。

このように、テクノロジーの発達によってこれまで以上に多くの情報やツールにアクセスが可能になっている。その結果、これまではぼんやりとしか分からなかった世界の解像度を段違いに高めていくことができるようになっていると感じる。解像度が高まることによって、ハリセンボンが膜テンセグリティや折紙にも見えてくるのだ。

残念ながら、今回の膜テンセグリティ構造は実際に建築として利用するには未熟な点が多い。しかし、バックミンスターフラーが細かい海の泡の一つ一つに思いを馳せたことからシナジェティクス理論を思いついたように、解像度が高まった先に見えてくる本質こそが新しいものを生む可能性をはらんでいる気がしてならない。

テクノロジーの発達を踏み台にして生まれてくる発想が、世界を変えるような建築構造、ひいてはものづくりを生み出すのではないかと予感する。


参考文献

株式会社JMC, "CT生物図鑑", https://ctseibutsu.jp/

Tachi, Tomohiro. "Design of infinitesimally and finitely flexible origami based on reciprocal figures." J. Geom. Graph 16.2 (2012): 223-234.

Ratschke, Nils, Annette Bögle, and Jon Lindenberg. "Parametric analysis of tensegrity-membrane-structures." Proceedings of IASS Annual Symposia. Vol. 2017. No. 4. International Association for Shell and Spatial Structures (IASS), 2017.

Tomohiro Tachi, "Freeform Origami", www.tsg.ne.jp/TT/software/



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