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雑なネタバレを用いて、「SHOCKER」の素養に気づいた夜の冗長

シン・仮面ライダーを観た。地元の小さい映画館の、その中でも一番小さい50数席のスクリーンで観た。
この日は、名探偵コナンの上映が終わった直後の回で、「見た目は子供、頭脳も子供」が狭い通路に溢れていて、「真実はいつもひとつ!」とか「じっちゃんの名にかけて!」とか「え〜、犯人が分かりました〜。今泉くん〜。」みたいな、すごい熱気と声量と靴音に圧倒された。

最近、チケット販売システムが一部変わった。それまではカウンターで「シン・仮面ライダー、1枚。」と言うだけだったのが、事前にネット購入も出来るようになった。いつの間にかこんな田舎の映画館にもインフォメーションテクノロジーの波は到達していて、近い未来「シン・仮面ライダー、1枚。」と念じると、その文字がおでこに浮かび上がり、それを見たカウンターのお姉さんが発券してくれるようになるだろうか。
僕はといえば、クレジットカード情報を入力するのがはばかれるので、相変わらず「シン・仮面ライダー、1枚」と言って現金で買っている。この時いつも迷うのが、映画のタイトルをどう略して伝えるか、ということ。なんとなくタイトルをフルで言わない方がスマートだという、どうしようもない思い込みがある。
「すずめの戸締まり」を観た時、「すずめを、1枚」と言ったら、「すずめの戸締まりですね?」と言い直されて、恥ずかしくて、耳の斜め後ろ上の側頭部辺りの毛細血管がグワッと開いた。そりゃまあ店員さんからすれば間違わないように確認してるだけなんだけど。
でも「THE  FIRST  SLAM  DUNK」は「スラムダンク」で通じたんだけどな。まかり間違っても「名探偵コナン」を「金田一少年の事件簿」とか「古畑任三郎」なんて言わないんだから。
座席確保のシステムも変わった。これまでは、チケットさえあれば全席自由だったのが、カウンター脇に新しく置かれたモニターの、すでに確保されて黒く塗られている座席以外を選ぶ手順を踏む。見計らって、今日のこの回に来たその狙い通り、周囲も真っ白の最後列の真ん中を確保した。
キャラメルポップコーンSサイズ250円と、映画館と同じフロアの自販機で買った500mlのレモンティー170円と劇場に入った。席は10席ぐらい埋まっていた。

暗転し、予告映像が流れている時、僕の右側に黒い影が現れた思ったら、2つ席を空けてドスンと座った。というか落ちた。それぐらい揺れた。
え?
座るやいなや、ガサゴソと音をさせ(ザクザク)何か食べ始めた。
うわ。
(ザクザク ザクザク)
うわうわ。なに?ポップコーンの音じゃない。でも一口サイズの何かだ。ていうか、持ち込み禁止だけど。歌舞伎揚か?いや、もう少し軽い食感。でもおかきほど軽くはないか。おかきにも色んな種類あるけど。そういえば、歌舞伎揚って商品名は大人になってから知ったもので、子供の頃「亀の甲羅」って呼んでたアレ、好きだったなぁ、アレと歌舞伎揚って形似てるけど親戚かなにかかな?(ザクザク)
いや、どうしよう?
映画館の迷惑客あるあるの1ページ目に登場するヤツが、いま隣にいる。チラッと横目で確認してみると、高齢の男性だ。

すでに本編は始まっていて、いきなりピンチの主人公・本郷猛。だけど、気になるのはこの(ザクザク ザクザク ザクザク ・・・)
砂利道歩いてんのかってぐらいのボリューム。しかも、咀嚼に躊躇いを感じない。迷いがない。霊験あらたかな境内で急に催して、早足で一直線にトイレに向かってるがごとき(ザクザク)が響いてる。
これ、指摘しないといけないやつかな、劇場内の平和の為にも。もちろんその役目は、一番席が近いオレということになる。
ああ憂鬱。なんでこんなことになるの。
(ザクザク)この白髪坊主頭じいさんは、こうやってこの年齢まで生きて来たんだな。きっとこんな事するのも今日が初めてじゃなくて(ザクザク)これまでも誰かの思い出の中の砂利道を土足で一直線に(ザクザク)トイレに向かい、不快なノイズで邪魔してきたんだろう。きっとこれからも、迷惑を撒き散らしながら生きて(ザクザク)行くに違いない。これ以上未来で被害者を(ザクザク)出さないためにも、今ここでビシッと指(ザクザク)摘した方がいい(ザクザク)んじゃな(ザクザク・・・
うるせー。
集中出来ない。シン・仮面ライダーの内容自体も、専門用語と複雑なシステムの説明が多いから、ちゃんと観ていたいのに。
それにしても、ルリ子役の浜辺美波、絵葉書のようなその名前は知っていたけど、スクリーンに映る凛としたご尊顔が、この荒んだ心の一服の清涼剤となっている。

仮面ライダーの敵「SHOCKER」は、「イーッ!」と叫ぶ手下の黒い戦闘員のことを指すと思い込んでいたが、組織の名前だった。そう言われれば確かにそうだな。と、その程度の知識で臨んでいる。
怪人の名前は「◯◯オーグ」で統一されていて、「オーグメント(拡張・増強)」が由来のようだ。
さしずめ、オレの隣にいる怪人は「咀嚼オーグ」と言ったところか。

スクリーンでは、「サソリオーグ」の長澤まさみが登場している。ネイティブっぽい英単語をちょいちょい挟む喋り方が、「ルー語」に聞こえてしまった。
すると、厄介な隣の「咀嚼オーグ」が、いよいよ残り少ないお菓子の袋を傾けて、サササーッと口に流し込み始めた。(ザッザッ)残り少なかったから音は小さいものの(ザッザッ)それがかえって、用を足し終えた後の余裕の歩みみたいで、なんか癪だ。代わりに長澤まさみの高笑いが、劇場内に響いていた。
かと思えば、ついには空っぽになったそのお菓子の袋を「深いため息オーグ」が、バシャガシャっと丸め、腰を曲げた「咳払いオーグ」は、グザザガサッと音を立てながら、「鼻すすりオーグ」が背負って来たリュックのファスナーを、ビャフューーンと開けて詰め込んだ。
こうして「ため息咳払い鼻すすり咀嚼オーグ」に新しい擬音を聞かされ続けて疲弊していたら、ルー語を操る長澤まさみのパートはあっという間に終わっていた。
ヘイ!「咀嚼オーグ」!表にトゥギャザーしろ!さすがのミーも、堪忍バッグの緒がカット!着席の瞬間からずっと逆鱗にタッチしてるぞ!ホワイ周りに気が使えない!メイビー教育がよくなかったんだな!親のフェイスが見てみたいわ!三つ子のソウル、ワンハンドレッド!!

言えない。

お前が席を移ればいいじゃないかとの声はごもっともですが、実はこの50数席の劇場、最後列の真ん中の後ろあたりが唯一の出入り口になっており、建物の形状も相まって、導線確保のため最後列だけ座席数が少なくなっているのです。私は真ん中の席におりますが、最後列の一番左端でもあるんです。
と、おでこに浮かび上がるなら、かなり小さい文字になりそう。未来はまだ来なくていいかも。

座席が揺れる。
お察しの通り、「咀嚼オーグ」が座り直しました。
振動が少ない座席を通して伝わって、ヤツと同じ動きで弾む。なんか屈辱。
また座り直す。同じ動きで弾む。やはり屈辱。
このシンクロする感じ、なにかに似てる。なんだ?そうだアレだ、棒に繋がれた左右の人形が、真ん中の人間と同じ動きをする、アレだ。
そうか、オレは怪人「ビジーフォーオーグ」にされてしまったんだな。
それから、映画が終わるまで「ビジーフォーオーグ」として3曲ほど、踊らされた。

ここまでされて、まだ黙っている自分は、つくづく優しいと思う。
本当は勇気がないだけなんだけど。

劇中では、なんか政府の組織かなんかの斎藤工と竹野内豊が、低音のいい声で、なんかずっと悩んでいる主人公・本郷猛についてなんか話していた。
「戦わずに撤退とは、本郷は優しすぎます。」
「それが本郷のいい所だ。・・・弱点でもあるが。」
のちに、「仮面ライダー第2号」を名乗る、一文字隼人役の柄本佑も言う。
「優しいやつは嫌いじゃない。でも、優しさと弱さは、紙一重だ。」と。
自分に言われてるみたいだ。
自分に言われてるみたいだけど、、、

「お前にオレのなにが分かる!」

物語のラスボス、「チョウオーグ」森山未來が吐露する。
悲しい過去を持つ怪人は、自らのやり方で人類を救おうとしていた。
「肉体があるから、暴力が生まれる。だから、魂だけ異世界に送り、ユートピアを作る」そんな感じの理想を掲げて。
賛成だ、森山未来。そうだ、肉体さえなければ、咀嚼音など存在せず、この世は平和なんだ。

時々、考えることがある。世の中みんな自分と同じ性格だったらいいのにって。僕は極力迷惑をかけないように生きてるし、時間もルールも守るし、従順で争いを好まないし、自分より他人を優先するし、空いてる映画館でも、パーソナルスペースを考慮して最低でも3席以上空けるし。
世の中が平和であるには、信じて疑わない自分の理想を、相手に、世界に押し付けるしかない。同じだ、SHOCKERと。
僕には、SHOCKERの素養があったんだ。

苦悩してた本郷猛は、ルリ子や一文字との関係の中で正しく覚醒していった気がする。
対して、悲しい過去と向き合わず、絶望との目測を誤ったせいで、己の現在地も狂ってしまい、希望の正確な位置も距離も歪んでだまま身勝手な理想に固執してしまったSHOCKERを、他人事とは思えない気もした。

劇中で、「『辛』という字に棒を一本足すと、『幸』になる。」みたいなセリフがあった。そのセリフだけ、シン・仮面ライダーの世界観から浮いてる感じがして印象に残ってる(2回出てきたし)。
その「棒」に当たるものが、物語のテーマのひとつとしてあったんだろうけど、ぼんやりとしかわかってない。
それもこれもあの、エンドロール中に出て行った「デリカシーを産湯で洗い流したオーグ」のせいだ。

もう一つ、この2時間で分かったことがある。
「辛」に「棒を一本」足すと、「幸」になるが、
「人」に「棒を二本」足すと、「ビジーフォーオーグ」になるってこと。


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