わたしを形作るもの

私たちは変わるように生まれてくる

次の文はいったい、何のことを指しているのでしょうか?

「基本構造だけの状態で生み出され、配線は後で作られる。」

わかりますか?

実はこれ、私たちの脳のことです。

私たちの脳はあらかじめすべてがプログラムされているのではなく、世界と相互作用することで自らを変える仕組みになっているのです。

信じられませんか?
私たちの脳は(つまり性格や能力は)遺伝子によってすべてが決められており、一生涯変わることはない。

そんな風に思いますか。

そんな人のために、脳が持つ可能性を示すあるエピソードをご紹介します。

脳が半分しかない子供

アメリカに住んでいたマシューという男の子は3歳の時にてんかん発作を起こします。その後も症状がどんどん悪くなり、その後3年間で10回の入院生活を送ることになります。

その後の検査でマシューはラスムッセン脳炎という慢性的な炎症を引き起こす珍しい病気であることが判明します。この炎症では大脳半球の全体が影響を受けるので、治療法は「大脳半球切除」という大掛かりな手術しか知られていません。名前のとおり、右と左でわかれている人間の脳を半分切除する手術です。

他に選択肢が無いため、マシューは脳を半分切除する手術を受けることになります。しかし脳を半分にして生きていけるのでしょうか?実際マシューは術後排便や排尿をコントロールすることができず、歩くことも話すこともできなくなりました。

しかし、その後理学療法と言語療法を続けた結果、少しずつ言葉を学び直し、三ヶ月後には年齢相応の発展段階に達しました。それから何年も経ち、マシューは右手を使うのに苦労し、やや足を引きずるものの、それ以外は普通の生活を送り、大学にも通えるレベルになりました。

なぜこんなことができたのでしょうか?

答えはこれです。

「残された脳が自らの配置を変え、失われた機能を別の領域が肩代わりしたからである。マシューの神経系の青写真が本来より狭い土地を占めることに適応し、半分の位置で生活のすべてをまかなえるように変わった。これがスマートフォンなら、電子回路を半分切り取っても電話がかけられるなどとは期待できるはずがない。それはハードウェアが壊れやすいからだ。ライブウェアはもちこたえる。」
(【脳の地図を書き換える 神経科学の冒険】より抜粋)


私を形作るライブワイヤリングというシステム

私たち人間にはライブワイヤリングというシステムがあります。
これは、周りの環境に適応するために自らを再構成し続けるシステムのことです。

このライブワイヤリングには7つの特徴があります。

  • 世界を反映する 脳は自らを入力情報に適応させる

  • 入力情報を受け入れる 流れ込んでくる情報を脳は何であれ活用する

  • どんな装置でも動かす たまたまどんなボディプランの内部にいようと、脳はその体を操る方法を学習する

  • 大事なことを保持する 自分にとって何が大事かに基づいて能は資源を配分する

  • 安定した情報を閉じ込める 脳領域間には柔軟性に差があり、それは入力情報の種類応じて決まる

  • 競うか死ぬか 脳領域の生存闘争から可塑性が生まれる

  • 情報を求める 脳は世界に関する内部モデルを構築し、予測が間違っていたらそのつどそれに合わせて自らを修正する

このような仕組みがあるとどんなことができるようになるのかというと、例えば先ほどのエピソードで紹介したように、脳に大きな損傷を受けてもある程度機能を回復させられる可能性が出てくるということです。ほかにも

  • ロボットアームを自分の腕と同じように動かせるようになる

  • 目が見えない人が別の感覚器を使い見えるようになる。

  • まったく新しい情報を感じられるようになる。(例えば株式市場の動向や、2時間後の天気、これからどんなものが流行りそうかを感じられるようになるかもしれない。)

私はどこまで「わたし」なのか

私たちはなんとなく、この世には「自分」と「世界」があると考えながら生きています。

しかし数々の研究が教えてくれるのは、あなたという人間は置かれてきた環境、経験してきたこと、友人、文化、信念体系、時代、そのすべてによって決まっているということです。

私たちはよく「誰の支配も受けない」や「自分を持っている」といった言葉に惹かれたりしますが、実際には外の世界なしの「自分」というのは存在しないのです。

自らの信念も主義主張も、切なる願いも、何から何まで外の世界によって形作られているのです。

ライブワイヤリングのおかげで、私たちひとりひとりが世界なのです。

参考図書
【脳の地図を書き換える 神経科学の冒険
 デイヴィッド イーグルマン (著), 梶山 あゆみ (翻訳)】



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