名古屋 よしえ
MtFが男に捨てられた話
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MtFが男に捨てられた話

名古屋 よしえ

2022年2月、MtFであるわたしに初めての男ができ、そして捨てられた。その話を書く。
女が男に捨てられるなんてどこにでもある話だけど、そしてそのどこにでもある話の「女」を「MtF」に換えたところで結局やっぱりどこにでもある話だけど、わたしにとっては天にも昇る心地から真っ逆さまに落とされる絶望のストーリーだったのだ。長いけれど読んでもらえたら嬉しい。

まずは前提から

本題に入る前に、わたしの事情について説明しておく。
最初に書いたとおり、わたしはMtF、つまりいわゆるトランスジェンダーだ。性別違和があり性同一性障害の診断が下され、治療を受けている。そして2021年12月に性別適合手術(SRS)を受けた。
MtFのSRSにおいては、大きく分けて2つの選択肢がある。すなわち、膣を作るか作らないか。
元々男性のパートナーがいたり、あるいはパートナーがいなくても将来男とセックスをすることを希望しているならば、一般的には膣を作る。それは本人の性指向など様々な事情を考慮した上で本人が最終決定する。わたしの場合、いずれ男性のパートナーを持ちたいと願っていたから、造膣を選択した。
50代という高年齢であることから造膣は勧められないという主治医の意見があったが、わたしがSRSを受けるモチベーションの主要部分でもあるから、これは譲れなかった。長くなるので割愛するが、端的に言えばわたしは男とセックスがしたかったのだ。
SRSについては別途ブログを立ち上げているから、そちらを参照してほしい。

男との出会い

SRSを受けて2ヶ月が過ぎた頃、Twitterのアカウントで、ある人物からダイレクトメッセージを受け取った。
このTwitterアカウントは、わたしがMtFであることを公表し、主に性的マイノリティに該当する人たちと意見を交わしたり他愛もない雑談をするために開設している。男性と思われるアカウントからのフォローも少なくはないが、こちらからは特にフォローバックしていない。
DMは割と頻繁に受け取っている。ほとんどは「こんにちは」「はじめまして」などの挨拶や「お話しませんか」といった軽いお誘いだ。そういったDMに基本的に返事を返すことはない。今回の相手も一度DMをもらったものの放置していた。
けれど今回はそれまで受け取ったことのないような中身だった。曰く「好きなタイプなので友達になってほしい」と。
こういう誘われ方は新鮮だった。容姿を褒められるのは悪い気はしない。わたしは自己肯定感が低く、特に見た目にはコンプレックスがあるので、容姿を持ち上げられることに慣れていなかった。
悩んだ。最初はいつもどおり聞き流すつもりだった。けれどいつもとは違うアプローチに興味があった。危険な香りも感じ取ったものの、なんの根拠もないただの勘で、これは無視しないほうが良いのではと思った。
SRSを受けたことで、ある程度異性と関係を持つ下地は出来ている(この場合の異性はもちろん男性のことだ)。とはいえ、まだ声が男のままなので、パートナーを探すのは声帯手術を受けてからのつもりだったし、何よりわたしは女として自分をMtFと知らない相手と付き合いたいと思っていたので、MtFであることをオープンにしているTwitterアカウントでの誘いは望ましくない。
一方で、未知の異性と(その後どうなるかは別として)交流すること自体に興味はある。当たり前だけど友達になってほしいという言葉を額面通り受け取るほどうぶではない。何かそれ以上のことを求められるだろうが、少しやり取りをしてみなければ、その求められる程度も判断がつかない。
2月初週の金曜日にDMを受け取り、週末ずっと悩んだ末に、一度返事をしてみようと思った。相手の出方を見てどうするか考えよう。
週明け月曜日の夜、相手の真意を問う返事を書いた。
翌朝返事が来た。容姿が好みなので声をかけた。会って一緒に出掛けたりしたい、そしてわたしに相手がいないのであればパートナーになってほしい。
初手からストレートだなと思った。
もう一つ気になっていたことがあった。相手はMtFばかりをフォローし、いいねやレスをつけている。あまり自分発信のツイートはない。これはいわゆるトラニーチェイサーの典型パターンだ。

これも聞いてみたところ、「SRSをした人と女性として付き合いたい」とのこと。少し引っかかる。けれど一応女性扱いしてくれるならまあいいか、と思った。後から考えると、この時点で勝手にわたしの方でハードルを下げていた。
あれこれ考えても仕方がない。もう会ってしまおう。
一度会いましょう、とこちらから提案した。相手が映画鑑賞が趣味だというので、映画デートを提案する。その週末は3連休だからどこかで都合が合うだろう。
日曜日に会うことになった。約束が決まった途端、質問攻めが始まる。最近どんな映画見ましたか? ドライブは好きですか? どこに住んでますか? 流石にちょっと辟易する。
好きなタイプは? と聞かれたので、趣味が合ってわたしを大事に思ってくれる人、と答えた。これに「大事にしますから」と即応されて苦笑する。会ってもいないのに。

こうして約束はしたものの、初めて女として男と1対1で会うのは少し怖い気もした。友人に相談すると口を揃えて「気をつけてね」と言われる。渡された飲み物は飲んではいけないとか、人気のないところに行ってはいけないとか、車に乗るよう誘われても乗ってはいけない、などなど。
そうやって約束の前日までどうしようどうしようと今更のように思い悩んでいた。
一方その間も相手からは朝に夕にDMをもらっていた。曰く早く会いたい、楽しみだと。それはそれでなんとなくどこかをくすぐられるような感じで、そこはかとない喜びを覚える。相手は明らかに誘い慣れているが、さほど気にはならなかった。

初めてのデート、そして

ついにデート当日がきた。
間の悪いことに、寝る前に充電を開始したはずの携帯電話が充電されておらず、故障の気配があった。といって、ぐずぐずはしていられない。相手は夕方から予定があるとのことで、午前中に映画を観た後、ランチをする約束だった。
充電器を繋ぎっぱなしにして、すぐにシャットダウンしてしまう携帯をだましだまし約束の場所へ。余裕を見すぎて早く着いた。
相手が来ない、という懸念もあったが、約束の時間より少し早く、私に近づいてきた人がいた。
話には聞いていたが、見てすぐ分かる程にわたしより歳上の男性だった。落ち着いた様子ながら、趣味の良さそうなストリート系のアイテムで身を包み、それなりに良い遊び方をしてきた経歴を感じさせる。私の周りにはいないタイプの男性だった。
初対面の挨拶を交わして早速スクリーンに向かう。着席したあともしばらく会話を重ねたが、初デートで緊張しているわたしに気遣ってくれているようだった。
上映中手を握られたりするのかなあ、などと馬鹿な想像をしていたがそんな様子もなく、続いてランチに向かう。映画館を出るとあいにくの雨模様で、天気予報ではもう少し降り出しが遅いはずだったので、相手は傘を持っていなかった。わたしが折りたたみ傘を広げて相手に差しかける形になった。人通りの多い街中でもあり、こういう時は男の側に傘を持ってほしいし、歩く速度を女の側に合わせてほしいのだが、そういうところには気が回らないようだった。
ランチはパスタがメインのイタリアンに連れて行かれた。ここでお互いの仕事や趣味について話を交わす。映画鑑賞が趣味というのは伊達ではないようで、長く様々な映画を観てきたようだ。私も映画好きではあるが、趣味としたのは最近のことで経歴は浅く、メジャーどころを観ていない。それでもこちらの経験に合わせ分かる範囲で話を振ってくれる。
周囲の客が減ったところを見計らい、聞きにくいことを改めて聞いた。なぜMtFであるわたしを選んだのか。答えはこうだった。女の人を相手にするのは懲りたので、トランスの人相手だったらうまくやっていけるのではないかと思った、と。離婚歴もあるという話だったから、いろいろと口にはできないような何かがあったのだろう。そういう話なら、分からないでもなかった。ただ、一口にトランスと括られたものの、わたしが相手の期待するところに嵌まるかはどうだろう。トランスと言っても本当に色々な人がいる。わたしのようにSRSが済んでいて、性指向が男性であるという条件で絞り込んでも、その心情や生き方には様々なバリエーションがあることを、Twitterでの交流を通じて感じていた。だからわたしを大雑把な属性で見られることに少し抵抗があった。
わたしは自分の容姿に自身が持てない。相手は褒めてくれるが、実際会ってがっかりされたらどうしようかと思っていた。そう告げると、あなたは実際に見ても綺麗だし、気持ちに変わりはないから大丈夫だという。その点は安心した。話してみて、お互いの趣味の話も弾むし、また会って親交を深めたいというので、ではということで、行き先は後で決めるとして、2/23の祝日にまた会う約束をして、その日は別れた。
わたしも心が弾むのを感じていた。初めての男性とのデートだったが、想像していた以上に楽しい。こういうことか。こういうのが幸せということなのか。

彼からはその日の夜も翌日以降も、今度はLINEで連絡を貰うようになった。デートから2日後の火曜日に、翌々日の木曜日が早く仕事が終わりそうだから、もし都合が良ければ会いたいと言われた。積極的にアプローチされるとつい情にほだされてしまう。では食事をしようということになった。
当日、お互いの家から大体中間くらいになる駅で待ち合わせ、そこから彼の車で食事をしに行く。もう警戒心はなくなっていた。
食事をしてそのまま別れるのもということで、車を停めて車内で会話をした。話の流れで、手術のことやわたしの身体のことを聞かれた。MtFを相手にするのであれば、当然ながら気になるところだろう。わたしとしても話しておきたいところではあるし、このまま交際を開始するならある程度理解しておいてほしいところなので、話しにくいことも含めてかなり詳細に説明した。
膣を作っているからセックスはできる。ただし女性と全く同じようにはいかないし、おそらく満足できないこともあるはずだ。足りない部分については他で補えるようにはしたいが、それでもあなたが期待しているようにはできないかもしれない。また、セックスをするのであれば一度主治医に確認はしたいから、少なくともそれまでは待ってほしい。
それでも良いですか? と聞くと、事情は理解できるから、その上で付き合ってほしいとの返事だった。ちゃんとそこが分かってくれるのであれば、もう私には断る理由はない。唇を求められて、キスをした。服の上からではあるが胸を触られた。どちらも嫌な感じなどはなく、むしろどきどきするような高揚感に包まれた。男から求められるというのはこういう歓びを覚えることなのか。何度も深くため息をつきながら、帰途についた。
「わたし、彼氏ができたかもしれない」とFacebookに投稿した。とにかく誰かにこの気持ちを伝えたかった。彼も見ているだろうTwitterにはまだ書く勇気が持てなかったが、一方でこの喜びを聞いてほしいという気持ちを抑えるのが困難になった。彼との生活を勝手に想像し始めて妄想が止まらなくなっていた。朝早い彼を自宅で見送り、在宅で仕事をしながら夕食の準備。帰ってくるまでに化粧をして着替えもして、綺麗な姿で彼を迎えよう。休日にはあそこにも連れて行ってほしい。それから――
その翌日、彼から体調を崩したとのメッセージを受け取った。

心奪われて

悪寒がして頭も痛いという。心配をしていると返事をしたが、既読がつかない。翌日も翌々日も、週末だが仕事が入っていると聞いたので、明けて土曜日の朝、LINEでどうなったのか聞いてみたが、返事どころか既読にもならない。
不安が募った。なぜか、このままもう二度と会えなくなってしまうのではないかという悪い想像が首をもたげ、焦慮を覚えた。もちろん全く根拠はない。だけど心の中で心配と不安とが渦巻くのを抑えられなくなっていた。
情緒不安定に陥ったまま土曜日が過ぎ、日曜日になった。繰り返しこちらから連絡をするものの、相変わらず既読はつかない。不安が勝り、ベッドで声を上げて泣いた。できることなら彼の許へ行き、看病をしたい。もうわたしの気持ちは完全に彼へと傾いていたが、そうであればなおのこと、彼のそばに行きお世話をしたいと思うのに、連絡がつかないのではどうにもできない。
彼から仕事で使う名刺をもらっていた。それには携帯電話の番号が記載されている。そんなに心配なら電話してみなさいよと友達に言われるが、なにか恐ろしいことが待ち受けている気がして電話はできなかった。
代わりにLINEで通話してみようと思いついた。こちらなら心理的負荷が低い。だがコールし続けても反応はなかった。
少しして通知があった。慌ててLINEを開くと、彼からの返信があった。高熱で寝込んでいるという。安堵した。少なくとももう二度と連絡がつかないなどという事態ではない。彼の具合が悪いのはもちろん心配だけれど、あとは回復を待つしかない。
水曜日はデートの約束だったが、この様子では延期したほうが良いと思った。幸か不幸か、業務上の都合で水曜日は休日出勤になりそうだったので、その事情も含めて予定の延期を提案する。彼は会いたそうだったし、もちろんわたしも何をおいても会いに行きたい気持ちではあった。けれどまずは元気になってもらわなくては。彼の都合で次の日曜日の夜に会うことを決めた。
会いたい気持ちは日に日に増していった。明らかにわたしのほうからこの関係にのめり込みつつあるのは自覚していたが、先週のキスで芽生えた愛しく思う気持ちがその後の不安感で増幅されてしまい、止めようがなくなっていた。

日曜日の夜、待ち合わせの場所に着いた。迎えに来てくれた車に乗り込むと、彼は改まった様子で話を始めた。
体調を崩して寝込んでしまって以来、次はないのではという不安を感じている。今日は抱かせてほしい。
そうなるような予感はしていた。ただ前回話したように、主治医に確認するまではセックスをしていいのか判断ができない。だから今日はやはり無理だと思う。そもそもそういう話の流れになっても断るつもりだったから、潤滑剤など女の身体とは異なるゆえに必要なものを用意してこなかった。
彼は黙っていた。わたしが肯定するまでは動かないつもりのようだ。仕方がない。覚悟を決めた。わたし自身全く望んでいないわけでもなかった。
郊外のホテルは日曜日の夜でも利用客が多いようで、空室は2つしかなかった。そのうちの1つを選び鍵を受け取って部屋に向かう。部屋に入り交代でシャワーを浴びたあと、ベッドに潜り込んだ。
彼の手に触れられて、なけなしの理性は吹き飛んだ。

終わったあと、なおもベッドで甘えるように寄り添いつつ、前の週末にどれほどの不安感を抱えていたかを話した。そこはかとなく素っ気ない返事。まだ体調が良くないようだった。そそくさと切り上げて帰路につく。
車中、わたしたちって恋人同士なの? と尋ねると、それ以外のなんだというのかと呆れたような答えが返ってきた。わたしはそれを言葉にして確かめたかっただけなのだ。安堵とともになんとも言えない幸福感に包まれる。そうか、わたしにも恋人と呼んでいい相手ができたのだ。ほんの少し前に女の身体になったばかりだというのに、もう望んでいたものが手に入ってしまった。あとはこの幸福が少しでも長く続きますように。
帰宅して、Twitterに彼氏ができたと報告をした。たくさんの人から祝福を受けた。ここに至るまでの経緯をかいつまんでツイートした。幸せの絶頂の気分に浸りながら、眠りについた。

青天の霹靂

翌日、昼休みに彼からのメッセージが入った。
珍しいなと思い開くと、こう書いてあった。
今ツイートを見たが大変遺憾だ。恋人ができたと書くのはいいが、やり取りを事細かに書かれるとプライバシーを晒されるようで不愉快だ。こんな気持ちで付き合うことはできない――
血の気が引いた。
急いで謝罪の言葉を打ち込み、ツイートを削除した。話を聞いてほしいと懇願した。通話も入れた。だが一切返答はなく、既読もつかない。
とにかくこんな焦慮を抱えたままでは仕事ができない。落ち着こう。深呼吸をしなければ。落ち着くんだ。
そこで――
なんだか気持ちが一気に冷めてしまった。

たしかにやり取りをツイートした。どういう経緯で付き合うことになったのかを説明するためだ。だけど彼の身元を特定できるようなことは一切書いていないし、彼のアカウントがどれなのかも示してはいない。フォローバックすらしていないから、仮にわたしのフォロワーから探し出そうにも手がかりはない。この状態でやり取りを描写したからといって、プライバシーを晒したことになるだろうか。もし本当にそんなふうに感じるのだとしたら、それはいくらなんでもナイーブすぎる。
だいたいわたしは「男とセックスするために膣を作りました」と平気でツイートするような人間だ。書くなと言われたのでもなければ、恋愛に至る経緯を書かないはずがないことくらい、わたしのツイートを見ていればわかりそうなものだ。
これは別れの口実に使われたんだ、と確信した。昨夜のややそっけない態度が脳裏によみがえる。何がお気に召さなかったのかはわからないが、なにか期待していたのとは違うものがあったに違いない。
仮にそうでないとしても、好きなタイプを尋ねてわたしを大事に思ってくれる人との答えに「大事にします」と即応した人がやることではないとも思った。要するにその程度の思いだったのだ。口ではなんとでも言えるというが、まさに口先だけでわたしの歓心をひこうとした心のないやり取りだったのだ。
思えば、何から何まで彼と私の間ではかけちがっていたのだ。キス一つとっても彼には前戯の類いに過ぎなかったのだろう。わたしにとっては愛情を確かめ合う行為だったのに。恋人になるというのも、一緒にどこかに出かけるというのも、身体の関係に至るための通過儀礼のようなものだったに違いない。わたしにとってはそれこそが望んだことで、身体の方は心を通わせる手段の一つにすぎないのに。
穿った見方をするなら、誘いの手口をバラされたことが都合が悪かったのかもしれない、とも考えられた。私と付き合い始めてからも、Twitterで他のMtFを物色していたのは知っていた。見て見ないふりをするつもりだったけど、こうなってみると怪しく感じる。MtFと付き合うのはわたしが初めてと言っていたけど、それだってどうとでも言える。
馬鹿馬鹿しくなって、涙すら出なかった。
男なんて結局やりたいだけの生き物なんだから気をつけてね、とあらかじめ友達に言われていたことを思い出す。終わってから思い出してもすでに手遅れなのだが。
勝手に妄想していた幸福な生活が虚しくなった。あんなこと考えなければよかった。
もういい。忘れよう。
SRSで作った部分に残る痛みが消えたら、すっきり忘れられるだろう。

わたしの女としての初恋は、二度の食事と映画とセックスの経験だけを残して終わった。

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名古屋 よしえ
緑髪の人。MtFGID。