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日本のオルタナティブな名盤 (1) 青葉市子「アダンの風」2020年

…架空の島に生まれ育った予知力を持つ娘が言葉のない島『アダンの島』へ送られ、そこで『クリーチャー』という謎めいた存在に出会う…


謎めいたプロットを元に「架空の映画のためのサウンドトラック」というコンセプトで創作された2020年リリースの作品。

青葉市子自身が沖縄や奄美の島を訪れた体験が作品の源になっているが、沖縄の音楽をモチーフにした作品ということではなく(琉球音階を取り入れた曲はあるが)、音楽の本体はノスタルジックなトラディショナルフォーク、そこに民族的な、あるいはトラディショナルな楽器の音やフィールドレコーディングの音源を程よく調和させることで、ノンジャンルで無国籍な音楽に仕上がっている。

青葉市子の透明感とほの暗さが共存する歌声がその音楽の中心に位置し、起点と終着点が不明瞭で緩やかな旋律は日本語の語感と相性が良い。


作品の核となるプロットは冊子となっている。そこには文明に侵食されていない自然豊かな南の島の光景と魂のやり取り、そして太古から受け継がれた血脈を背負う少女の運命を物語る文章と作品のヒントとなるスケッチが記され、更に作品のイメージに繋がる写真が続く。
50分の音楽作品を制作するためにここまで世界観を構築するのかと驚かされる。

青葉市子と作曲家梅林太郎、エンジニア葛西敏彦、写真家小林光大が徹底的にそのプロットと向き合い、音楽的な実験を繰り返しながら辿り着いたそのプロセスは商業音楽の域を超越し、完全に芸術作品としてのそれである。


アルバムはプロットに沿って展開されている。各曲の個性は明確で、使用されている楽器もまちまち、歌詞もあったりなかったり、それでも音楽のコンセプトは統一されていて、幻想的で透明度の高い緩やかで優しい音楽、しかしそこには重苦しい薄暗さがそこはかとなく漂っている。

プロットで描かれた世界は、自然界のあらゆる対象に神が宿るとする日本古来の八百万の神という思想を反映しているようにも思えて、そのあたりのニュアンスが音楽に滲み出ているようにも感じる。


1曲目「Prologue」の、オルガンとハミングの重々しく神々しいハーモニーにより一気にその架空の世界に連れていかれる。多くは南の島の美しい自然の中で育まれる穏やかな時間を彷彿する何処か懐かしく繊細な音楽だが、その中には思わず息を止めてしまうようなシリアスな曲もある。

特に顕著なのはアカペラで教会音楽のように厳かな7曲目「霧鳴島」と、ギター1本の弾き語りで沖縄のおまじないの言葉を呟く10曲目「血の風」で、マインドマップでは到達しない心の奥深い部分に突き刺さるこれらの楽曲は否応なしに生と死という命題を意識させる。
また終盤の12曲目「Dawn in the Adan」と14曲目「アダンの島の誕生祭」は生命が尽きてもまた受け継がれていく輪廻転生のような世界観を感じ取ることができる。

全14曲50分を聴き終えた後はしばらくその余韻から抜け出せない。その位圧倒的な吸引力がこの作品には宿っている。


この作品がリリースされたのは2020年12月、パンデミックで世の中が重く包まれた最中で、誰もが生命の有り様に過敏だったと思う。
初めて聴いた時、気づいたら涙を流していて、そんな経験は初めてだったので驚いた。
この後も日常的に聴くというよりは、ふとした時に無性に欲する音楽であり、BGMにはとてもできなくて一人静かに向き合いながら聴いている。


消費されるポップな音楽とは質を異にした重々しさは誰彼と受け入れやすいものではないだろう。だが波長がピタリと調和した者にとって、この作品はともすれば人生を変えるレベルの凄みを含有している。

是非一度はこの世界観に触れてみてほしい。

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