見出し画像

MONDO GROSSO「MG4」を語り尽くす

2021年11月「MONDO GROSSO OFFICIAL BEST」がリリースされました。
1991年に結成され、1993年にメジャーデビューしたMONDO GROSSOは今年で結成30周年。今回のベストアルバムは新リミックス、再ミックス、エディット、リマスタリング等々全曲大沢伸一氏自身が手を加えているとのことです。

私は20年以上MONDO GROSSOの音楽を聴き続けていて、今回のベストアルバムの曲も全て既知の曲ですが、過去作を聴いてきた人はオリジナルとの違いを楽しむことができて、そしてMONDO GROSSOを聴いたことのない人には入門盤として聴きやすい作品だと思います。

ベストアルバムリリースに寄せて何かツイートしようとしましたが、どうしても長文になってしまいツイートに収めることができませんでした。
それならばとことん書いてしまおうということで、今回は私が個人的に最推しする2000年7月26日にリリースされた4枚目のオリジナルアルバム「MG4」についてnoteに語り尽くしました。

MONDO GROSSO「MG4」


MONDO GROSSOの音楽はジャズ・ファンク・R&B・ヒップホップ・ブラジリアン・ハウスなど幅広い要素を取り入れていて、その音楽性を端的に説明するのは容易ではありません。

1990年代のイギリスではDJが発信するクラブミュージックが大流行していました。その中にはジャズにファンクやR&B、ヒップホップの要素を組み入れた「踊れるジャズ」アシッド・ジャズがありました。

アシッド・ジャズと呼ばれていた一連の音楽を今になって聴き返してみると、そのスタイルは実に様々です。
恐らく商業的に最も有名と思われるJamiroquaiはJay Kayの特徴的なヴォーカルとその立ち居振る舞いがアイコンとしてインパクトを与えましたが、そのサウンドがアシッド・ジャズの王道かといわれるとそうでもないような気がします。

例えばIncognitoの場合、R&B色の強いヴォーカル、クロスオーバーともUSファンクと似て非なるタイトなドラム&ベース、そこにエッジの効いたホーン・ストリングス・ギター・エレピを盛り込みゴージャスでありつつもスマートで洗練されたUKジャズ・ファンクの本流というべき都会的なサウンドが持ち味です。ヴォーカルを含めメンバーは入れ替わりますが、そのサウンドは揺るぎないスタイルを確立しています。
Brand New HeaviesやJames Taylor Quartetなども同じ系譜といえるでしょう。

一方でジャズとヒップホップの癒合という試みも同時進行で実践されてきました。
ジャズファンにインパクトを与えたUs3「Cantaloop」はハービー・ハンコックの「Cantalope Island」をそのままヒップホップ・ビートに乗せるという大胆な試みをしています。ヒップホップ・グループGang StarrのラッパーGuruの「Jazzmataz」もジャズ音源をサンプリング元としたヒップホップの可能性を広げています。

要するに、80年代クロスオーバーとは異なるスタイルで他ジャンルを取り入れたエッジの効いたジャズ、逆にジャズの要素を取り入れたR&B〜ヒップホップ〜ファンクなどを全てアシッド・ジャズと呼んでいたような感じで、それぞれに対して「これはアシッド・ジャズか否か?」みたいなややこしい議論はそれほどなされていなかったように認識しています。

MONDO GROSSOの音楽もこれら一連の流れの延長線上に存在していましたが、アルバムリリースを重ねる中でMONDO GROSSOにしかない音というものを構築していき、それは非常にオリジナリティが高く洗練されたサウンドでした。



MONDO GROSSOは通算7枚のオリジナルフルアルバムをリリースしています。
デビュー当初はバンド編成で、1stアルバム「MONDO GROSSO」はUKジャズ・ファンクの流れを汲んだバンドサウンドがメインで、半分はインスト。実力派プレイヤーの白熱する演奏のぶつかり合いが印象的な曲が並びます(これもまたカッコいい!)。


これが2作目「Born Free」になるとダウナーなラップを乗せてグルーヴで聴かせるヒップホップ・サウンドが半数を占め、ゲストヴォーカリストを迎えた曲はジャズ・ファンク系の曲もありますが、サウンドの曲調を抑えてソウルフルでオーガニックなヴォーカルを前面に出した、今で言うところのネオソウル風の曲もあります。

本アルバムがリリースされた1995年はディアンジェロの1stアルバムがリリースされた年でもあり、まだ『ネオソウル』という単語は汎用されていなかったと思われますが、例えばラストナンバー『Give me a reason』はR&Bというにはオーガニックであり、ジャズというには楽器演奏のインパクトが敢えて抑えられていて、ネオソウルと呼ぶのが相応しいサウンドになっています。
この時期に既にこういった楽曲を生み出しているというところで、時代の先をいく音楽だったのだなと改めて認識させられます。


「Born Free」発表後に他のメンバーが脱退し、以降は大沢伸一氏の個人プロジェクトという形態で活動を継続しています。

所謂「打ち込み」によって構成されたプログラミングサウンドを軸として曲毎にゲストミュージシャンを迎える個人プロジェクトスタイルはDAWや機材の進化により一人で音楽を作り上げることが容易になった1990年代から本格化しました。Cornelius、Fantastic Plastic Machine、Jazztronikなどもそうですね。

個人プロジェクトとなって1作目、通算3作目の「CLOSER」はゲスト・ヴォーカリストを迎えた曲がメインでR&B色の強い作品です。ネオソウル的な曲もあり、これはこれで滅茶滅茶カッコいいのですが、今回語るのは次作「MG4」です。


これまでの3作品もアルバム毎に個性が際立っていますが、4作目「MG4」はそれ以上に個性的でオリジナリティに溢れた作品です。

このアルバムの前3作品と大きく異なる要素は以下の3点だと私は考えています。

・2Stepの導入

・ブラジル音楽の本格的な導入

・ストリングスの多用

2stepは90年代に発生したUK garageと呼ばれるハウスミュージックから派生したサブジャンルで、このアルバムがリリースされた2000年前後にUKを中心に流行していました。4つ打ちハウスにブレイクビーツ系のスピード感が加味されてシャープな印象を与えるUK garageから更に軽快さを増した2Step、日本ではm-flo「Come Again」が有名ですね。あのツッカッツッツッカッて感じのビートです(雑ですみません)。

大沢氏は「Real 2Step」というコンピレーションアルバムの監修を手掛けていたりもするので、2Stepへの関心が高かったのでしょう。

2Stepは一般的にはエレクトロな音によるクールなイメージの曲が多いです。MJ Cole「Sincere」あたりがメジャーでしょうか。
ですが大沢氏はストリングスやピアノなど、アコースティックな音を乗せることでジャジーなテイストのサウンドに様変わりさせています。硬質な2Stepのビートとの組み合わせはハードルが高そうですが、これがまた絶妙な匙加減によりアシッド・ジャズの進化系と呼ぶべき斬新な音に仕上がっています。


ブラジル音楽とアシッド・ジャズ、ハウス、ドラムンベースといったクラブミュージックとの癒合も90年代にUKを中心に流行していました。
縦ノリでタイトなサンバのリズムはクラブミュージックとの相性が良いです。サンバはそもそもがダンスミュージックですからね。
例えば1996年リリースの「Red Hot + Rio」というコンピレーションアルバムを聴いていただくと、IncognitoやEverything But The Girlなど名だたる面々がブラジル音楽の名曲を様々な形態のクラブミュージックにアレンジしており、ブラジリアンサウンドの多彩な可能性を感じることができます。

ブラジル音楽の導入はMONDO GROSSOの従来の作品でもみられていましたが、「MG4」ではブラジル音楽の要素を大胆に取り入れています。
大沢流ブラジリアンはピアノとアコースティック・ギター、曲によってはウッドベースやストリングスを効かせたジャジーでナチュラルなスタイル。清涼感のあるサウンドに仕上げています。


ストリングスについては以前から導入されており、前作「CLOSER」では一曲目冒頭からストリングスで幕開けといった具合にMONDO GROSSOサウンドを支える一大要素といえますが、本作「MG4」ではより印象的に取り入れられています。
本作のストリングスアレンジにはブラジルのベテランアレンジャーAmilson GodoyやJazztronikの野崎良太氏、村山達哉氏といった実力派アーティストが参加しており、ストリングスを相当重要視していることが示唆されます。

アシッド・ジャズ領域でここまでストリングスを多用するのは珍しく、しかも通常ストリングスってサウンドに厚みを持たせてゴージャスな印象をもたらす目的で使われていることが多いように思うのですが、大沢流ストリングスはエッセンスとしてポイント的に使っている。その匙加減が実に見事です。



2Stepやサンバのビートにストリングスをエッセンスとして加えることにより更に洗練された都会的な音楽を完成させた「MG4」。
この路線を突き進むと思いきや、次の5作目「Next Wave」ではゴリゴリのハウスサウンドに激変してまたも驚かされる訳ですが。



参加ミュージシャンですが、ほとんどの曲に参加しているのがギターの田中義人氏とピアノの島健氏です。御二方とも数多くのミュージシャンのレコーディングに参加しているオールマイティな実力者です。ベースは納浩一氏、高橋ゲタ夫氏の他、大沢氏自身もベースを弾いています。他にも曲毎に様々なミュージシャンが参加していて、後述する楽曲紹介でも触れていこうと思いますが、オリジナリティ溢れる音楽の完成にはこれらの実力者達の技術とセンスが存分に活かされています。




ここからは具体的に楽曲をみていきましょう。

全15曲のうち3曲はInterludeであり、実質12曲で構成されています。



1. MG2SS
2. into the wind
3. BUTTERFLY
4. SHOW ME YOUR LOVE
5. into the sound
6. LIFE
7. MG4BB
8. CENARIO
9. into the seawind
10. SAMBA DO GATO
11. NOW YOU KNOW BETTER
12. STAR SUITE Ⅰ. New Star
13. STAR SUITE Ⅱ. Fading Star
14. STAR SUITE Ⅲ. North Star
15. 1974 -WAY HOME-


(2)(5)(9)はInterludeです。(1)〜(4)は2Stepで、Interludeを挟んで(6)〜(11)はサンバ・ボサノヴァなどのブラジル音楽を取り入れていますが、その手法はバラエティに富んでいます。(12)〜(14)は一連のポエトリー・リーディング作品で(15)はエンディング曲です。



では一曲ずつ紹介させていただきます。



1曲目: MG2SS

エレピとストリングスによるリリカルな導入部から一気に2Stepビートへ。

島健氏のエレピ、納浩一氏のウッドベース、更に村山・落合ストリングスによるストリングスの音色が、無機質な2Stepビートを洗練されたアコースティックサウンドへと変身させます。
途中ベースミュージックのようなベーススタイルに変化しますが、エレピとストリングスはその圧に屈することなく調和していて、その共存は見事です。

アルバムイメージを強烈に印象づける、斬新なオープニング曲です。



3曲目: BUTTERFLY

ヴォーカルはMonday満ちる。日本ジャズ界の巨匠龝吉敏子の一人娘であり父親はアメリカ人サックス奏者チャーリー・マリアーノである彼女は、MONDO GROSSOの作品にたびたび登場しています。彼女のボーダレスでジャンルレスな感性がMONDO GROSSOの音楽にはマッチしているのでしょう。

演奏は1曲目と同じメンバーで、アコースティックピアノとストリングスによる印象的なイントロから2Stepへ。大沢伸一流2Stepにヴォーカルが加わり一層そのスタイリッシュ具合に磨きがかかります。



4曲目: SHOW ME YOUR LOVE

Brand New Heaviesのヴォーカリスト、N’dea Davenport x MONDO GROSSOという夢の組み合わせが実現した曲。
Brand New Heavies では声量を生かしたソウルフルな歌声が印象的な彼女ですが、この曲では2Stepのビートに合わせた歌い方であり、彼女がUK garageの曲を歌っているイメージはあまりなく、新鮮です。

ピアノはマイケル・ジャクソンをはじめ数多くのミュージシャンのレコーディングに参加しソロアルバムもリリースしているTerry Burrus、ホーンセクションはEast 4th HornsというSmappiesにも参加していた3人組ユニット。

当時街角でこの曲がBGMで流れていたとしたら、MONDO GROSSOを知らない人は日本人がプロデュースした作品とは思わなかったことでしょう。
※2021年12月現在サブスク公開されていないようです。



6曲目: LIFE

MONDO GROSSOでおそらく最もメジャーな曲で、ヴォーカルは当時大沢氏がトータル・プロデュースを手掛けていたbird。実はMONDO GROSSOとしては初の日本語ヴォーカルになります(次作から国内ヴォーカリストを積極的に起用しています)。

当時のbirdのオリジナルアルバムはR&B調の曲が中心でしたが、彼女のヴォーカル自体は無理にR&B風の歌い方に寄せておらず、それがむしろオリジナリティを際立たせているように思います。
この曲はサンバのビートにアコースティックギターのリフを乗せた爽やかな曲調で、そこで敢えてブラジリアン風の歌い方に持ち込まず彼女らしい歌を合わせ、結果、多くの人に親しまれる印象的な曲となりました。



7曲目: MG4BB

ヴォーカルとピアノはブラジル出身でパリやアメリカで活動してきた大物タニア・マリア。彼女はブラジル音楽やジャズのエスプリを秘めたヴォーカルが持ち味で、代表曲「Come With Me」は1983年リリースですが、テイストは正にアシッド・ジャズ。

この曲もビートはサンバですが、ブラジル音楽そのものというよりはアシッド・ジャズの延長線上にあるサウンドのような印象を受けます。小気味よく爽やかな海風のような曲です。



8曲目: CENARIO

本アルバム唯一の男性メインヴォーカリスト、Ed Motta。彼はローリング・ストーン・ブラジルの「ブラジル音楽の100人のシンガー」にも選出されているブラジルMPBの実力派で、かねてから日本のシティ・ポップに関心を寄せており、松浦俊夫氏の企画したHEXというプロジェクトにヴォーカル参加していたりもします。

曲順でいうとこの曲が丁度真ん中になるのですよね。奇をてらわず落ち着いたボサノヴァですが、この曲が中心に入ることでアルバム全体に落ち着きをもたらしています。
※2021年12月現在サブスク公開されていないようです。



10曲目: SAMBA DO GATO

この曲もヴォーカルとピアノはタニア・マリア。ビートは2Stepですが、タニア・マリアが歌うとブラジリアン・サウンドに聴こえるのが不思議です。彼女のピアノもラテン風味で、スキャットとピアノのユニゾンがまた爽快です。
無駄な音を削ぎ落とした風通しの良いサウンドは正に引き算の美学といったところで、見事に2Stepとブラジル音楽の癒合を果たしています。



11曲目: NOW YOU KNOW BETTER

イントロのアコースティック・ギターが何とも切ない、サウダージ全開な美しい作品です。ヴォーカルは元Groove TheoryのAmel Larrieux。このアルバムがリリースされる少し前、2000年2月にソロデビュー作をリリースしていますが、個人的にはソロアルバムの曲よりもこの曲の方が彼女の声にマッチしているように思えてなりません。

大沢氏は女性ヴォーカルの活かし方が本当に上手いと思うのですよね。6枚目のアルバム『何度でも新しく生まれる』に収録されている乃木坂46の齋藤飛鳥ヴォーカルの『惑星タントラ』や満島ひかりヴォーカルの『ラビリンス』などは本当絶妙で唸らされます。

話が逸れましたが、この曲も彼女のどことなく儚く脆いヴォーカルと切ないギターの音色が相性抜群です。田中義人氏のギターは万能ですね。





12曲目: STAR SUITE Ⅰ. New Star

13曲目: STAR SUITE Ⅱ. Fading Star

14曲目: STAR SUITE Ⅲ. North Star


直訳すると「星組曲」。

ファンタジックなリリックを紡ぐのはMonday満ちるで、ラップと呼ばず敢えてポエトリーリーディングとクレジットされています。とはいえ音楽に乗せている時点でラップに近いテイストではありますが。

ポエトリーリーディングは今でこそヴォーカルのスタイルとしてメジャーですが、この頃音楽作品でポエトリーリーディングの前例があったのかどうか不明です。少なくとも私は聴いたことがありませんでした。

サウンドも興味深いです。鳥や虫の声のような効果音で始まり詩のBGMに終始したIから連続して2Stepビート+ピアノというIIの導入部に繋がります。ラップ→ホーンセクションと音を重ねていき、そこから4ビートに変化してサックスとトランペットが掛け合うジャズへ。更に4ビートを残したまま冒頭の2Stepを乗せるという面白い試みが為されています。
2Stepのようなタイトなビートに4ビートのウォーキングを合わせてグルーヴ感を出すって実は結構難しいのではと思うのですが、それをスマートにやってのけるベースBoris KozlovとドラムGene Jacksonは本当天才だなと思います。

詩の世界を音楽に投影したこの作品もまた今までのMONDO GROSSOにはない新たな側面を生み出しました。



15曲目: 1974 -WAY HOME-

Jazztronik野崎良太氏のピアノが情緒深い、このラストナンバーも素敵な曲。一日の終わりに聴きたくなる、ラストに相応しい曲です。




本作品を通して聴くと私は自然と四季の移ろいを感じます。

「MG2SS」「BUTTERFLY」「SHOW ME YOUR LOVE」は戸惑いと新鮮さが入り混じる春先のイメージ、「LIFE」「MG4BB」「CENARIO」「SAMBA DO GATO」は高原や海辺で涼む夏、「NOW YOU KNOW BETTER」でぐっと秋深まり、「STAR SUITE」三部作は晩秋の夜空、ラスト「1974 -WAY HOME-」は年の瀬の締めくくり。

……如何でしょう?そう言われるとそんな気がしてきませんか? 



MONDO GROSSOを聴いたことがない方、「MG4」を聴いたことがない方は、是非一度「MG4」を聴いてみてください。新たな音楽の扉が開くかもしれません。


2022年2月には新作のリリースも予定されていて、今後のMONDO GROSSOの活躍もとても楽しみです。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?