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現場カイゼンでルートコーズに迫る要諦

私は生産技術者として工場のカイゼン活動に従事しています。生産性を上げ、収益を高めるための活動を推進する。いわば社内コンサルタントです。この業務を行うに当たっては、しばしば「ルートコーズ(根本原因)を追究する」ことが重要になってきます。私の経験上得た、ルートコーズに迫るための要諦について説明したいと思います。
 
まずは「ルートコーズ」の定義をしなければなりません。ここでは、「課題解決するにあたり、ボトルネックを除去、或いは何かを変更することで改善結果が期待される、取り組み対象となる原因要素」と定義します。
哲学的な真理の根本を探るなら、もっと深遠な禅問答に入っていきそうですが、ここではあくまで生産性を上げるための実務的なルートコーズなので、この程度の定義にしておきます。
 
これだけ具体的な定義をもってしても、ルートコーズの特定は容易ではありません。世間に溢れる「課題論議」の類はカオスであることが多いです。
それは混とんとしたあらゆるレベルの考察、課題をただ別の言葉に置き換えたもの、副作用の一種、個人的な感情、そういったもののミックスで、言葉を重ねても一向にルートコーズに辿り着きません。
 
こういった思考が混迷するのには様々な原因がありますが、ひとつには、表層的な物事の見え方と水面下にある構造との峻別が付けにくいことが多いように思います。これらを混同してしまうと、例えば「リーマンブラザーズという会社が無ければリーマンショックは起きなかった」という議論になりかねません。
世の中に変化が起きるとき、それは根本原因たるポテンシャルが世の中の流れに蓄積しているわけで、それぞれのキーワードは引き金となるキッカケに過ぎないわけです。同様の過ちを犯すと、「西郷隆盛と坂本龍馬が現れなければ、現在まで徳川幕府は続いていたのに。」となってしまいます。
 
それではルートコーズとそれ以外の物を峻別するときに、どんな特徴の違いがあるでしょうか。ここでは「野球チームが勝てない原因」に例えてみます。以下に3つの「原因」を挙げます。このうち、どれが「ルートコーズ」たり得るでしょうか?
1.選手のやる気が無い、士気が低い。
2.ヒットの数が少ない。
3.練習施設が不十分である。

「根本的には~本質的な理由は・・・」等と大上段には構えません。ここではあくまで課題解決のポイントなので、先の定義に沿って考えます。
ここでは答えは3.練習施設が不十分である。になります。
 
ポイントを見分けるためにコーチになったつもりで、「課題は~だ、~しなければならない。」と選手にアドバイスを与えてみます。
1.「君たちはやる気が無い。もっとやる気を出せ。」
2.「ヒットの数が少ない。もっとヒットを打て。」
うーん、そんなことを言われても、となりそうです。言われてそれが出来たら苦労しないんですけど・・・
3.「練習施設が不十分だ。もっと施設を充実させよう。」
何かちょっと期待感ありますね。ただこれは「ルートコーズになる可能性がある」と言っているだけなので、この次に「本当にこれが原因かどうか」検証する、というプロセスが必要になります。
やる気、ヒットの数に関しては、課題を別の表層現象で言い換えているだけです。やる気が無いのに選手権では常勝軍団、という野球チームは存在しませんし、ヒットの数が増えれば勝つ確率が上がるのは自明のことです。これは原因を述べているのではなく、結果の現れ方の類型を列挙しているにすぎないのです。世の中の「原因追及議論」には、このレベルに留まっているものが非常に多いです。
 
このことは、大企業病の弊害にしばしば見られることです。企業には「間接部門/コーポレート」と呼ばれる部署があって、様々な分野で社内コンサルティング的業務を行っています。私の働く生産カイゼンという分野で言えば、こんな感じです。
 
本社コーポレート部門から「生産支援コンサルタント」が来て現場のメンバーに言います。「現場の5Sを徹底しなさい。ひとりひとりが生産性向上に取り組み、強いコスト意識を持つように。そのためにはチームワークを強くし、各部門の垣根を取り払って闊達な議論を行いなさい。」現場からすると「はいはい、いつもの面倒くさいのが来た。」という感じです。
指摘事項を100項目のリストにして(「この場所が片付いていない」とか・・・)一カ月後に見に来るからそれまでに対応するようにと言い残して本社へ帰っていきます。
 
「あなたに言われなくても分かってますよ。」というのが現場の本音です。ですが、言っていることは全て間違いではないので特に反論もせず、「はいわかりました。」などと生返事をします。たまたま結果が出ようものなら「コーポレートコンサルタント」は得意満面で本社の上役に報告します。「私が足繁く通って言い聞かせ、彼らもようやく意識を変えてくれました」。その程度のことが通用して彼は出世昇進したりします。大企業ではよくあることです。
 
当たり前のことを言うだけでは変わらない。では何が本当に組織の文化を変えていくのでしょう?チームワークで現場をカイゼンし、結果を出している企業としていつも語られるのがトヨタ自動車ですね。トヨタ自動車と自組織を分かつものは何か?書店に行くと「トヨタ生産方式」に関する書籍だけで100タイトル以上はあるでしょうか。でも「トヨタ方式の本を買って、その通りにしたら会社がトヨタのようになりました!」という話を聞いたことがありません。それはなぜでしょうか?本に書いてあることには何が足りないのでしょうか?
 
私はそれは、「ひとの意識」であり、「信じる力」というべきものだと思っています。そしてこの部分への取り組み方が、本に語られていないのです。
 
チームが協力し合い結果を出す。そのためには一人一人が生産性を上げようと自主的に考える姿勢が必要ですし、そのためにはメンバーが互いに助け合う土壌が必要不可欠です。スポーツに似ています。だから野球の話に例えやすい。
 
ひとり指導者として組織に入り込み、目指すものを語るとき、人々は「そういうあなたはどうなんだよ?」という声なき声で問うているのです。だから私は生産技術指導に従事する後輩にこう問いかけます。「みんなで生産性を上げよう、とあなたが語り掛けるとき、あなたは自身の業務時間が最大の時間生産性で付加価値を生み出すような研鑽を日々続けていますか?チームワークを発揮しようというときにあなたは自部署で同僚たちのために日々思いやりを実践していますか?それが問われているのです。」
 
自分が実践しないことをただ、本を一冊ぶら下げて「この本に書いてあるよ。みんなが生産性を考え、チームワークを実践すること。私は知らんけどね。でもトヨタの言うことだから正しいよ。私は伝えたよ。一カ月後にチェックしに来るから実践するように。」と言って人の心に入るわけが無いのです。
 
再び野球に例えると、スポーツ経験の全くない私が少年野球教室に行き、「基礎練習が一番大切だから徹底するようにね。野球やったことないけど。」と言うと、野球少年たちは「何だこのオッサン。」と思うでしょう。
一方イチローが奇跡的に訪れ、同じことを言ったなら、少年たちは目を輝かせ、人格が入れ替わったように翌日から基礎練習に取り組むに違いありません。これが「ひとの意識」、「信じる力」に作用する瞬間です。
 
「ひとの意識」、「信じる力」に作用するには、witness(目撃する)→belief(信じる)というプロセスを経る必要があります。本で与えられる知識だけで変われない理由はここにあるのです。
先のイチローの例えで言えば、イチローは既にレジェンドなので、その口から発する言葉は子どもからするとすでに”witness(目撃)”なのです。
 
このことは歴史に繰り返されています。かのお釈迦さまやイエス・キリストも、説法を試みて人々に取り合われない様子が仏教の経典や聖書に描写されています。なぜキリスト教が大きな宗教になったかというと、多くの人々がキリストの復活を目撃したからだそうです。それは言葉に尽くせぬ美しい姿だったそうです。その当時にビデオカメラがあったらよかったのに。
 
ではイチローやイエス・キリストではない一般の私たちはどうやったらwitness→beliefというプロセスを起こすことが出来るのか。それにはまず「小さい成功結果」をチームと一緒に創出し、ともに体験する必要があります。そのためには上から目線ではなく、現場の目線で一緒にチームの中に入っていく泥臭いプロセスが必要です。そのプロセスはつまるところ、山本五十六のこの名言に集約されていると私は思います。
 
やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ
 
結局リーダーがこの意識と覚悟を持っているか。それだけにかかっているのです。
ここで、私のような「社内コンサル」を生業にする者の、「コンサルのジレンマ」というべき課題があります。究極を言うと、組織リーダーの意識と覚悟が足りないときに問題組織が生まれます。そしてその組織の問題解決をしてくれ、と依頼してくるのはリーダーその人です。
 
リーダーが、あたかも自分と組織の課題を切り離したかのように私に言います。
「組織の士気は低く、メンバー一人一人のスキルレベルも低い。とにかく課題だらけの組織なんだよ。」
私は内心カチンと来て「組織が悪いんじゃない。アンタが悪いんだよ。」と思いながらも、それを口にするとこの場を追い出されるだけで結果が出ません。それで、努めてニコニコしながらこう問いかけます。
「なるほどーそれは大変ですね。では何から取り掛かりましょうか。」
問題組織に入り込んで課題解決を始めるときに何度も繰り返してきた、最初のプロセスです。

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