見出し画像

花や音楽のある生活

「同じ空がよく見えるのは心の角度しだいだから」言わずと知れた、きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」のワンフレーズだ。風景や花、美術や音楽また文芸作品なども含めて森羅万象そのもの自体は何も変わらないが、受け手側のこちらの余裕やそのときの体調や気分、それこそ「心の角度」しだいで見え方や聞こえ方、印象の残り方が大きく変わってくる。

芥川賞作家の柴崎友香さん『続きと始まり』の一場面で、車で通勤する女性が毎日同じ場所から見える街並みの風景がどのように心に映るかで、その日の見え方を自分で感じ取るという描写がある。自分の知覚からどのように心象に投影されるかに気づかう人物が描かれている。花を見て、気づく時とそうでない時がある。余裕があるかどうかを測る何気ない自己診断だ。正常ではない予兆を自分で感知することができる。

じっくりと作品に向き合う余裕は欲しい。映画も長すぎるのは億劫だ。クラシック音楽は敷居が高く交響曲は長すぎる。重厚は敬遠され軽薄短小、すぐに掴みがないと次のチャンネルに切り替えてしまう癖が身についてしまっている。小学校でも授業中にフラフラと歩き回って落ち着かない。自分も同じだ。予備校の映像授業は15分単位が主流となって市場に出回り始めている。人間の脳の処理能力を超えたスピードのAIやコンピュータの渦に体内時計が急かされているようだ。

時代とともに時間の感覚やその時々の好まれる音のピッチが変遷している。音楽の「歩くように」という速度標語「アンダンテ」はメトロノームでは63~76だが、100年単位で比べると歩く速度が作曲当時よりも早くなっている。またチューニングでは「ラ」の音に合わせるが、音を高くすると音色が明るく華やかになるという時代の要請で、20世紀に入って周波数440ヘルツが基音になった。バロック音楽を集大成したバッハの時代は、当時の楽器の特性もあって基音が低い。中世からバロック時代(11世紀から18世紀)は、430ヘルツあたりで392もある。

静かで、独特の陰影と響きを持ち独特な味わいがあるという。人によって好みはあるが、どの時代のどのような生活リズムが自分には暮らしやすい環境かを考えて実行できる自由でいい時代なのかもしれない。往事の古楽器を再現して当時の雰囲気を感じ取ることができる演奏会も昨今は見受けられる。演奏家も聴衆もそれを希求する人が集まっている。

身近に花や音楽があると人生が豊かになるという。子どもには美術館や博物館で本物を見せること自分自身も見ることは理にかなっている。美しいものを感知し受容できるかという尺度を常に頭の隅に備えて、自分の感覚が後退していないか敏感になることが、現代を生きる我々にとってスマートな処方の一つだと思っている。

スマホに時間も生活も浸食され便利な自由もある一方、目の前に咲く一輪の草花には目をとめて立ち止まる一瞬、一刹那は大切にしたい。