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【Lost Liner Notes】 マイルス・デイヴィス / アガルタ (1975年)

Miles Davis / Agharta

これは1996年にリリースされたCDのために執筆したライナーノーツを加筆・訂正したものです。

マイルス・デイヴィスという人は、時としてレコード上に“奇跡”を残した。1950年代の奇跡が『カインド・オブ・ブルー』、1960年代の奇跡が『ネフェルティティ』だとすれば、1970年代の奇跡はまさしくこの『アガルタ』、そして同じ日に録音された『パンゲア』だろう。
マイルスは1975年1月22日から2月8日にかけて3度目の来日を果たし、計14回のコンサートを行なった。そして2月1日の大阪、マイルスは人生で何度目かの頂点にいた。いや、マイルスだけではなく、彼のグループ全員の体力や気力、そしてステージやPAなどの環境がすべてベストという奇跡的な状況だった。そんな瞬間が、こうやって録音されていたという事実を我々は素直に感謝すべきだろう。その日のコンサートの“昼の部”を収録したものが『アガルタ』、そして“夜の部”を収録したものが『パンゲア』である。しかも、それまでのマイルスのライヴ・レコーディングはほとんどがテオ・マセロの手によって編集されていたのだが、この大阪での2作品はコンサートの模様が完全な形でアルバム化されている。時にはその編集力でマイルスの音楽をよりアグレッシヴにしていたテオだが、この日のマイルスの演奏は『アガルタ』の最初の1音から『パンゲア』の最後の1音まで、すべてが“完璧”だった。この素晴らしい音楽に“編集”などといった作業はまったく必要ない。それほどまでにこの日のマイルスは光り輝いていたし、音楽を完璧にコントロールしていた。“オーケストラが私の楽器だ”と言ったのはデューク・エリントンだったが、この日のマイルス・バンドはまさにマイルスの“楽器”として機能していた。6人のメンバーはマイルスの一挙手一投足に直ちに反応し、信じられないくらい高いテンションを維持し、それぞれのベストともいうべきプレイを演じている。このCDを聴くとよくわかるが、マイルスがプレイしていないときでも、マイルスの存在感がこちらに伝わってくるのだ。“マイルスがそこにいる”ということがわかるのである。そう、マイルスの“オーラ”がスピーカーを通じて伝わってくるのである。

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