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とどまる思想の社会デザイン論 vol.2 (前編)

01.はじめに


 前回の投稿までの「とどまる思想の社会デザイン論(その1〜3+あとがき)」では、市街地再開発事業、文化財保存活用、スパイラルなどの都市・建築に関する事例を取り上げて、交換様式論★1などを参考にしながら事例ごとの成り立ちを分析し、その中で各主体がコントロールできる範囲を広げる事や自己言及的に事業を成立させる工夫などから、「とどまる思想」という考え方を導いた。つまり、何かしらの事業に参加するときはいずれかの交換様式(贈与、再分配、商品交換)を手段として、自分たちの身近な所のつながりをつくっていくことしかできないが、いずれの交換様式からも距離をとってとどまることが、より自由な都市・建築を生み出すという考え方についてだ。
 一方で、「とどまる思想」を考えるにあたっては、都市・建築に関する考えがキッカケではあるがこれに限定する必要はないため、さらに視野を広げて考察することが望ましいだろう。そのとき、単なるビジネスモデルの議論に収斂することが無いように考えることは忘れないようにしたい。また、どのようにしたら「とどまる思想」を実現できるのか、その方法に関する知見はこれまでの検討のなかでは乏しいため、実際に自分たちで何か行動するときにはどうすれば良いかについて具体的な検討を深められるようにしたいと思うことから、今回第二弾として追加する次第である。
 本論の最初は、「事業」という言葉の意味を確認するところから始める。「事業」という言葉を辞書でひくと、営利を目的として営む経済活動という意味のほかに「社会的意義のある大きな仕事」という定義★2があり、本論では後者のような広い意味で捉えている。そうすると次は「社会」とは何かという定義まで一度遡って考える必要が出てくるが、前回までの投稿では「つながり」⇄「社会」⇄「世界」という連なりのイメージ★3【図1】まで確認していた。人と人の「つながり」という手元に近いところの行為を単位として、それらが連動して相互的な関係がうまれてまとまった状態が「社会」であり、さらにその社会が組み合わさった先に「世界」があるという地続きな理解である。厳密な定義としては十分ではないだろうが、今回はこのように「社会」を捉えてどのような単位がどのように組み合わさって成立しているかを考えていく。
 さて、こうしてあらためてみると、「世界」の側から「社会」を見たときに現れるのが交換様式論なのではないだろうか。連続的な世界の歴史を3つないし4つの交換様式に当てはめて分類してみること、すなわち交換様式の複合として存在する社会構成体において、どの交換様式がドミナントな状態で成立しているかという視点で類型化することで、シンプルに見通し良く整理していると考えられるだろう。一方で、「つながり」の側から「社会」を見たときにはどのような事が言えるだろうか。これが本論の問題意識である。

【図1】「つながり」⇄「社会」⇄「世界」の見取り図(筆者作成)

 それではさらに議論を進めるための準備として、交換様式ABCに関するそれぞれの定義を本論での解釈も含めて再確認しよう。
 交換様式Aの贈与について、これは自分の財産等を自発的かつ無償で譲渡することだと言えるだろう。これと同時に贈与された者は借りを受け取ることになり、お返しをしなければ申し訳ないという後ろめたさが残るため、贈与には人とのつながりを半ば強制的に結びつける性格がある。この点で贈与という行為は単なる慈善的なものだけでは無く、人の行動を強制する権力性が含まれている。しかし、借りを受けた人が返礼する場合において必ずしも最初に贈与された分と等価である必要は無く、受けた側の裁量の余地が残された非対称のやりとりである点に自由さが残されている。また、例えば親に育ててもらった恩を返さなければいけないと後ろめたい気持ちがあったとしても、もしも親が亡くなってしまったら返せないという場合も想定される。しかしながら、そうしたときは親からの恩を糧に社会に対して貢献することで、自分の気持ちを解消させることも可能だ★4。こう考えると、贈与には人とのつながりを発散的に連鎖させる性格があるとも考えることができる。
 次に交換様式Bの再分配については、物や金銭をある共同体が集めて管理したあとに、それを必要に応じて仲間に分け与えることだと言える。例えば、自分が住む自治体に税金を納めて、その代わりにその自治体から行政サービスを受けることがそうだが、その税金の使い方については民主的な決定プロセスが確保されているもののひとりひとりの意向が全て反映されることは不可能なように、どこかで主従関係にならざるを得ない。また、子育て支援や医療費控除などの行政サービスの恩恵を受けるときには、それが誰の税金で賄われているか顔を思い浮かべることは無いだろう。つまり、再分配の仕組みを仲介することで後ろめたさを感じさせにくくする点はメリットでもある。さらに、税金を納めることは自分にもいつかメリットがあること期待して納めるのであり、ここは借りが返ってくる保証のない贈与との違いだ。
 最後に交換様式Cの商品交換は、貨幣を介して等価であることを確認しながら財やサービスを交換することだと考えられる。お金という共通のものさしを用意することで、誰もが納得できる客観的な基準で等価であることを確認できてスムーズな交換が可能となる。ここでは、お金さえ持っていればいつでもどこでも交換できるという意味での自由がある。ただしこれは、お金を多く持つ者にその自由が集中し格差が生まれていることの裏返しであり、諸刃の剣だ。また、これまで受けた借りをお金に換算して支払えば、精算されて無かったことにできる。この点については、人とのつながりが途切れることになるが、贈与の強制力に対抗できる手段だと考えれば利点だとも言える。近現代においては、資本主義社会の発展に伴って皆が自由に競争して付加価値を高め合うのと並行して、これまでのつながりを清算して解除しながら、分業によって責任やリスクを分散させた効率的な生産システムに組み替えてきたのだと解釈できるだろう。
 ここまでのような交換様式ABCの組み合わせで「社会」が成り立っているというのが交換様式論の理解であり、本論でもその考え方を踏襲しながら各種事例の成り立ちを分析してきた【図2】。また、我々が交換様式ABCを発動させるときの動機やキッカケは何だろうかという、本論の問題設定を考えるうえでの前提となる理解を整理できたと思う。これ以降では、こうした思考の先で事業を成り立たせるつながりの作り方、つながる方法を見つけ出すことを目指していく。

【図2】交換様式のイメージ(筆者作成)

02.利己的

 交換様式ABCが発動するキッカケを考察するための最初は、これまでも事例として取り上げた市街地再開発事業の成り立ちから見直し、これに関わる各プレイヤーの動機を考察することから検討を始めたい【図3】。
 それではまず、土地や建物を所有する権利者の動機から考えてみる。彼らは自分の土地の中で建築行為を行うことは基本的に自由であり、さらに市街地再開発事業に参画しても等価交換が原則なため自動的に資産が増えるようなことは無いし、建物の規模が大きくなることから工期が長くなるなどのデメリットさえある。さらに組合等の運営は無報酬だ。しかしながらあえて市街地再開発事業に参加する理由としては、隣近所の権利者と協力して敷地を広くすることで、道路整備や災害対応力などを備えた効率的な建築計画の実現を図り、自己建て替えでは実現し得ない価値を事業区域内に生みだすことがひとつのキッカケとしてあるだろう。このように、権利者は自分が持つ資産の価値向上のために贈与的なつながりで事業に参加するのだと考えられる。
 次に自治体について考えてみると、市街地再開発事業を実現することによる公共的な意義を明確にして蓋然性を高めるために都市計画的な後押しをすることや、具体的に整備される施設の公共的な部分の整備費を対象にして補助金を投入することなどは、いずれも公共の福祉に資するかどうかの判断基準がある。補助金そのものは税金等が原資となっていることから、その市民らに何らかの便益が期待できなければこれらの介入はできない。こうして見れば、その事業区域内の権利者や周辺エリアは当然として、立地している行政区域全体の価値向上を図って再分配的なつながりで行動するのが自治体であり、その視野はひとつの自治体の範疇に限らず全国的、さらには世界的な広がりを想定したなかでの価値向上ということが期待される場合もある。
 そしてデベロッパーの役割としては、市街地再開発事業によって整備される保留床を取得するかわりに事業資金を賄うための資金を提供することにあるが、これによって獲得する保留床を活用した不動産賃貸業を展開することで収益を得るという商品交換的なつながりをつくることが目的となる。新しく土地や建物を購入して自らの事業用ビルを建設するのと同様に、市街地再開発事業に参画して投資することで新しい不動産を取得することが動機だと言えるだろう。

【図3】市街地再開発事業の事業モデル(筆者作成)
※公開情報を基に筆者にて作成しているため、
実際とは異なる可能性があります。

 以上のように考えると、交換様式ABCのそれぞれが発動する動機やキッカケについては、以下のように整理できるだろう。権利者が自分の資産や周辺エリアの価値向上を図るように、交換様式Aの贈与は「自己実現を図る」ことがキッカケだと言える。また、その自治体の範囲全体の利益を考えて事業をサポートするように、交換様式Bの再分配は「自分達の世界を良くする」ためだと言える。そして、デベロッパーは事業費を賄うのだが、彼らは自分たちの不動産業を展開するための新しい床を取得するように、交換様式Cの商品交換は「資源を調達する」ことが動機だ。このように解釈すると、交換様式ABCが発動するときはいずれも利己的な動機に端を発していると考えられる【図4】。

【図4】つながりのキッカケ(筆者作成)

 ここまでを前編とし、後編では都市・建築とは距離がある他の事例をみながら考察を進める。



★1:柄谷行人,『世界史の構造』,岩波書店,2010
★2:松村明・三省堂編修所 編,『大辞林 第四版』,三省堂,2019
★3:松村圭一郎,『うしろめたさの人類学』,ミシマ社,2017
★4:ナタリー・サルトゥー=ラジュ,『借りの哲学』,太田出版,2014

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