ラーメンたべたい

 バイト上がりの夜十時、足元から凍りそうなくらい寒くて、うー、とうなった後で出てきた言葉がそれだった。北風の吹き荒れるなか、必死に自転車を漕ぐ。耳と、ほっぺたが切れそうだ。
 扉を開けると、いらっしゃいませー、という店員さんの元気な声。暖かい空気と独特の匂いに包まれてほっとする。一人です、と言うのにももう慣れた。入ってすぐ左手にある自販機で食券を買う。たまには別のにしようかなとか思うのに、ここに立つといつものボタンを押している。スタンダードが正義だ。カウンターの前の高い椅子に座り、素早く食券を渡す。
「バリカタ、濃いめあっさり」
 端的に告げると、ありがとーございます、バリ濃いめあっさりですー、と威勢のいい声で注文が通った。
 店内でスマホを見ないのは私のポリシーみたいなものだ。一瞬、隣のおじさんの視線を感じる。そういうのにも、もう慣れてしまった。バリ出ます、あいよ、塩とんこつバリカタです、と店員さんが言って、おじさんの前にどんぶりが置かれる。塩は一度食べたことがあって、悪くないけど、ちょっとあっさりしすぎで物足りなかった記憶がある。ずるずる、と音が聞こえる。お腹がすいてきた。餃子いっちょう、ああ、餃子もおいしそう。ここのは野菜が多めなのか、甘いのだ。
 バリ出ます、あいよ、お待たせしましたとんこつバリカタ濃いめあっさりです。ありがとうございます、とどんぶりを受け取る。もうもうと湯気の立つ一杯を前に、頬がゆるむ。間抜けな顔をしてるんだろうな、でもそんなことどうでもいい。手を合わせる。

 いただきます。

 右手で箸入れから箸を取る。左手でれんげを持ち、白濁したスープをすくう。口をつけて含むと、とろりとまろやかな液体が広がり、けもののにおいにも似たとんこつ特有の豚くささが鼻に抜ける。熱いスープが喉を通り、食道から胃まで温まる。あっさりめに調整してもらったから、脂が強すぎることもなく、ちょうどいい。奥から湧いてくるような深いだしの味わいに、思わずほうっと息が漏れた。箸で麺を持ち上げる。スープの絡んだ熱々の細い麺。バリカタはカタの一段階上で、噛むとわきわきと音を立てて切れる、その食感が楽しい。海苔はしなしなになる前に麺と一緒にいただく。大きなチャーシューの肉肉しさがたまらない。かぶりつく。麺を啜る。麺を啜る。スープを一口、麺を啜る。そろそろなくなりそう、というところで店員さんの様子をうかがい、ここぞというタイミングで注文する。すいません、替え玉バリで。替え玉バリ入りましたー、ありあとーざいまーす、と言ってカウンターの上の食券を回収する。麺を最後の一啜り、スープを飲んで、いったん箸を置く。インターバルだけど水は飲まない。次はすぐにやってくる。替え玉バリでーす。どうも、と皿を受け取って残してあるスープに入れる。よくほぐす。カウンターに一定間隔で並んだ調味料入れの中から、すりごまを取って、匙で山盛り三杯。紅しょうがを少々。混ぜて、スープを一口飲む。やっぱり替え玉頼むなら濃いめだな。そしてまた麺を啜り始める。いつも思うけど、ぜったいに替え玉のほうが量が多い。麺をわきわきと噛み、ぞぞっとスープを啜りながら、私はいったい何と闘ってるんだろ、とか思う。口のなかは熱々の麺とスープでやけて、皮がめくれて痛い。口のまわりはべたべたで、熱さでちょっと鼻水が出そうになっている。麺を噛みすぎて顎が疲れ、とっておいたもう一枚のチャーシューが意外に重い。でも、うまい。うまいのだ。目の前に山があるなら登るだろう。目の前にラーメンがあるなら食べるに決まってるじゃないか。こんなにおいしいんだから。ああ、お腹がきつくなってきた、けど、もう少し。食べ終わっちゃうのは寂しいけれど、私は満ち足りていた。ちゅるんと最後の一口を啜り、後に引かれてスープを二口くらい飲む。箸とれんげを置く。ティッシュで口を拭いて、こっそり鼻も拭く。水を飲む。手を合わせる。

 ごちそうさまでした。

#短編 #飯テロ #ラーメン

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