かのくに M

 またお会いしましたね、と彼女は言った。しかし私は彼女に見覚えがなかった。

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 ハリケーンのせいで雨続き、肌寒いにも関わらず会議室のクーラーはがんがんにかかっていて、末端冷え性の私はすっかり参ってしまった。乾燥して喉も痛い。なんとかやりすごして、夕飯にミディアムレアのステーキを食らい、ジョッキにしか見えないトールサイズのビールをあおる。レストランのサーバーはなかなか来ないし、担当制で他のひとに声をかけると失礼にあたるらしい。しかたなしの国のサービスがおもてなしの国のそれにかなうはずもなく、それでいて割高なのは人件費がかかるからとか。なかば呆れながら、わたしたちの国がどれだけひとを安く使っているかを思い(もちろん私もそこに含まれているのだ)、背筋がざわざわする。スーパーでスタバのローストとフィルタを買って、ホテルに戻って備えつけのコーヒーメーカで淹れる。古いiPodに入れて密輸した今となってはどこにも流通していない音楽を聴きながら、チョコを食べてコーヒーを飲む。お酒とコーヒーとクーラーは喉との相性が抜群に悪い。ユニットバスに水をはって眠る。

 リンゴを蜂蜜と生姜で煮た。リンゴはあまり甘くなくて、後で聞いたら煮たりジャムにする前提のものがあるそうだ(真偽のほどは不明)。蜂蜜を多めに入れて煮つめたら、とろりと甘くなっておいしくできた。冷蔵庫で冷やしておくと、お酒でほてったからだにちょうどいい。風邪気味ならお酒をやめなさい、という忠告は鼻をかんだティッシュといっしょに丸めて捨てておく。

 薬を買った。昼用と夜用があって(念のため断っておくが生理用品ではなく風邪薬だ)、前者はほどよい効能で眠くなりにくく車の運転も可能、後者はがっつり効いてとにかく飲んで寝ろというもの。なんだか話を聞いているだけでも恐ろしいので昼用のみ購入した。カプセルが大きい。どぎつい赤色。慣れない言語で注意書を読み(アセトアミノフェンと一緒に飲むなとあるけどアセトアミノフェンて何)、わだかまる不安と一緒に飲み下す。喉が狭いひとには向いてない薬だ。しばらくすると、なるほどぴたりと鼻も喉も治まった。あまり続けて飲まないようにしようと思った。

#かのくに #拾った手帳

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