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【第29回】シナリオ分析実践ガイド補足:炭素価格(カーボンプライシング)について

※本稿を2023年6月26日時点の最新情報に更新し、筆者がアドバイザーを務める東京共同会計事務所のサイトに掲載しています。
 https://www.tkao.com/column/column-2023-6/

第16回(シナリオ分析実践ガイドSTEP3-2:関連パラメータの将来情報の入手)において、シナリオ分析に使用するパラメータについて紹介しましたが、中でも代表的なパラメータは炭素価格です。炭素価格(カーボンプライシング)については、第7回(シナリオ分析実践ガイドSTEP2-1:移行リスク(その1))において、概要を紹介しています。今回は、炭素価格(カーボンプライシング)の種類や類似制度について、本稿執筆時点(2022年10月18日)における情報を紹介します。

1.カーボンプライシングの手法


 カーボンプライシングとは、各主体の経済合理性を前提として、CO2に価格をつけることにより、安価な排出削減策が選択されることを通じてCO2削減を目指す取り組みであり、下記の二つの手法に大別されます。

① 価格アプローチ
 政府により、炭素税の税率として炭素価格が設定され、税率水準を踏まえて各排出主体が行動した結果として排出量が決まります。特徴としては、価格が固定される一方で、排出量削減には不確実性があります。具体的な制度としては、炭素税が挙げられます。

② 数量アプローチ
 排出枠が市場で売買された結果として、排出枠の市場価格が決まります。排出枠は、政府により上限が設定され、各排出主体は、市場価格を参照しながら自らの排出量と排出売買量を決定します。特徴としては、価格アプローチの逆で、排出総量が固定される一方、排出枠価格が変動します。具体的な制度としては、排出量取引制度(キャップ&トレード型)、カーボンクレジットが挙げられます。

2.炭素税


 現在、日本においては、地球温暖化対策のための課税の特例(温対税)に基づき、化石燃料ごと(①原油、石油製品、②LPG、LNG等、③石炭)のCO₂排出原単位を用いて、それぞれの税負担がCO₂排出量1トン当たり289円 に等しくなるよう、単位量(キロリットル又はトン)当たりの税率が設定されています。
 温対税の他、エネルギー効率向上を目的とした揮発油税や石油石炭税などの各種エネルギー課税もありますが、エネルギー課税は、直接的にはエネルギー効率向上を目的としているものです。従って、CO2排出1トン当たりではなく、1ℓ当たりの単価として課税されており、CO2削減に寄与するものの、炭素比例の負担とはなっていないため、炭素税が明示的な炭素価格と言われるのに対し、エネルギー課税は暗示的炭素価格とも言われています。温対税は、全化石燃料を課税対象としている現行の石油石炭税の微税スキームを活用し、石油石炭税に上記の税率を上乗せする形で課税されています。
なお、GHG排出量は、下記の式で算定されます。

GHG排出量 = 活動量 × エネルギー効率 × 排出係数

 例えば、エネルギー効率が大幅に改善されたガソリン車が開発されたとしても、エネルギー源を基に設定されている排出係数が高いため、GHG排出量削減効果は限定的となります。エネルギー課税は、エネルギー効率のみを改善し、排出係数の低い燃料種の車を選択するインセンティブとはならないため、GHG削減の観点からは、非効率であるとして、諸外国から評価されにくいという指摘もなされています。

3.排出量取引制度


 設定された排出枠を超えた超過排出量と、オフセット可能なクレジットを取引により相殺できる制度で、キャップ&トレードともいわれています。超過排出量の定義や、オフセット可能なクレジットの種類は設定主体により異なっており、具体的には、有償/無償の違いや、無償の場合には、望ましい水準に設定するベンチマーク方式、過去実績に応じて設定するグランドファザリング方式などの選択肢があります。
 現在の日本では一部の自治体に導入されており、例えば東京都では、オフィスビル等を対象とする一定の事業者に排出上限量が割り当てられており、超過削減量はクレジットとして相対もしくは入札により取引が行われています。

4.カーボンクレジット


 カーボンクレジットとは、排出量見通し(ベースライン排出量)に対し、実際の排出量との差分を測定・報告・検証(MRV)を経て、国や企業との間で取引できるように認証したものを指し、キャップ&トレードに対し、ベースライン&クレジットとも言われています。
 日本においては現在、省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの活用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理 によるCO2等の吸収量を、クレジットとして国が認証 するJ-クレジット制度があります。J-クレジットは、キャップ&トレード型とは異なり、規制上の排出枠設定の有無にかかわらず、クレジットを購入する企業が、自社の排出量と相殺して各種のディスクロージャー資料等に掲載するといった利用がされています。
 なお、現行のJ-クレジット制度に基づく取引は相対取引が中心ですが、経済産業省からの委託事業として、2022年9月22日から東京証券取引所において、J-クレジットの試行取引を行うカーボンクレジット市場の実証事業が開始されています。

5.その他の類似制度


 カーボンクレジットと類似する制度として、現在の日本には、政府が管理する非化石証書や、民間事業者により管理されるグリーン電力証書があります。これらは、再生可能エネルギー由来の電力量や熱量をKWhやKJ単位で認証するもの(カーボンクレジットはt-CO2単位)です。
 これらの証書は、Scope2排出量を、証書の購入によって上書きするといった用途に使用されています。Scope2排出量というのは、外部から調達した電力等のGHG排出量を指します。なお、Scope1は自社が直接排出するGHG排出量、Scope3はサプライチェーンのGHG排出量という分類がなされています。
 証書は、電力等の属性を付け替えているのみであり、オフセット等の取り組みには活用できるカーボンクレジットとは異なるものとなります。

 以上がカーボンプライシングの全体像ですが、カーボンプライシングに関する国内外の取り組みは、急速に進化しており、企業に与える影響も大きくなることが予想されますので、最新動向は定期的にフォローしておかれるとよいと思います。


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