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「貧困支援」で、キャリアアップは可能か?

近年、貧困支援は民間においても具体的な職業の選択肢としての存在感を増しつつあるように思う。

とりわけここ10数年の「貧困支援ブーム」によって、一般企業にもひけをとらない経営力とガバナンスを有する民間NPO等が成長してきたからだ。

そうした傾向は、このコロナ禍でさらに進むだろう。現に、ビッグイシュー基金は、コカコーラ財団の助成をうけ5000万規模の住宅支援事業を行うこと、および当事業を担う新規スタッフの公募を開始している。

他にも、コロナ禍にともなう困窮者の増加をうけて、いくつかの団体で新規事業やスタッフの増員を検討する動きが活発化している。

それでは、今後の「貧困支援という職業マーケット」はどの程度発達していく展望があるだろうか。

どの業界にも言えることだが、優秀な人材が集まることで労働市場が活性化するためには、「その業界でどれだけのキャリアアップが見込めるか」というのが一つの鍵となる。

そこで、今回は貧困支援業界のキャリアアップに関する現状の課題と今後の展望について、ラフスケッチを試みる。

貧困支援は売り手市場になりにくい?

そもそも貧困支援では、そのサービスの受け手(顧客)に経済力がないのが前提であるから、なかなか収益化が難しい。

他方、同じ福祉業界といっても介護や障害者支援の場合は様相が異なる。これらの分野ではサービスの受け手が必ずしも低所得者というわけではないため、質の高いサービスを提供することで相対的に高額な利用料を得て安定した収益をあげている法人も少なくない。

とりわけ2000年に介護保険制度が導入され、「措置から契約へ」移行したことで、民間企業や団体の介護や障害者福祉業界への新規参入が進み、マーケットが拡大されてきた。

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介護や障害者福祉においては、こうした潮流のなかで経営側がより良い人材を確保するために職員の待遇を向上させるインセンティブが働きやすい。ケアマネジャーやサービス管理責任者といった経験年数などに応じたキャリアアップも制度上ビルドインされているなど、もとより介護や障害者福祉の分野は貧困支援に比べれば労働市場の活性化に繋がる要素が潜在的に存在したといえるだろう。

これに対し貧困支援の場合、収益は国からの補助金や措置費に頼るかNPO法人にみられるように市民からの寄付に依存するのが一般的である。そもそも事業の性質上、介護や障害者福祉分野でみられたような市場の力学を導入することが難しい分野なのだ。

また、貧困支援の業務に関してはそのキャリアを対外的に示す資格や指標もあまりないために、業界内での横断的な「役職に応じた給与体系・水準」が形成されにくく、キャリアアップや給与向上を志向しての転職や移籍が行われにくい。

市場原理を利用した職員への利益還元が難しく、転職のうまみが少ないことは、職員の能力に関わらず売り手市場にはなりにくい構造を生んでしまう。これこそが貧困支援業界の人材マーケットが活性化しにくい最大の要因ではないだろうか。

個人としてのブランディング?

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現状、とりわけ貧困支援の民間団体での「キャリアアップ」は、対外的な発言力や地道な活動を積み上げてオピニオンリーダーになるというのがその一つとなっている。

実績のある団体の役職者には福祉系の大学やゼミから講演や授業を任されたり、活動などについて執筆を依頼されることもある。こうした活動を通じて個人としてのブランディングを高めていくのである。

実際、NPO職員のこうした「キャリアアップ」を戦略的に行なっている団体もある。筆者は以前、ある有名な貧困支援NPOの創設者から、次のような話を聞いたことがある。

10年間も同じ人間がリーダーをやっているようだと、後任が育たない。「育たない」というのは二つの意味があって、まずは組織内で重要な決裁をできるスタッフが育たないという意味。もう一つは、業界内で発言力のある人が増えない、次の世代を担う『業界内のリーダー』が育たないということです。

こうした業界全体の視点から、人材を「育てていく」というのは貧困支援業界を活性化させるうえで重要だろう。

著名な団体のリーダーが一定の期間で後任にその役割を継承していくという動きが活発になれば、業界内のオピニオンリーダーは多様になり、新たなファン(寄付者や支援者)層の獲得にも繋がる。

こうした「戦略」に既視感を覚える人も少なくないはずだ。中心的なメンバーが全盛期で組織を「引退」し、勢いのある若手に活躍の機会を用意し続ける。こうして、対外的に組織を革新的な存在としてみせ続けながら、同時に内部での競争を活性化させる。某アイドルはこの戦略で国民的な支持を得てきた。

より普遍的なキャリアアップとは?

それでは、一部の貧困支援団体でみられるこうした戦略は、今後の貧困支援業界におけるキャリアパスとして定着するだろうか。

まだまだこうした「キャリアアップ」例は業界内でも多くない。その意味では今後の可能性をうらなう材料が少ないのが現状だが、一つ言えることは「オピニオンリーダーの再生産」という戦略は、多くの人にとってはハードルが高いということだ。

言うまでもなく影響力のある発言や活動を行うためにはそれなりの才能を必要とする。

某アイドルグループがこうした戦略を使えるのは、グループ自体にとてつもないブランド力があり、全国から才能のある若手が集まってくるからともいえる。

その意味では、影響力のある「オピニオンリーダー」を定期的に供給するためには、貧困支援業界が一定のブランド力とファンを得続ける必要がある。そのためには、業界関係者が意識的に「貧困支援の魅力」を世間に発信していくことが重要だろう。

他方で、繰り返しになるが「オピニオンリーダー」を目指すということが多くの貧困支援従事者にとってはハードルが高いことを考えれば、より一般的なキャリアアップのありようについても業界をあげて検討していく必要がある。

貧困支援の魅力をアピールしそのやりがいを世間に伝えていくというのは確かに重要だが、「お金に変えられない魅力」という使い古されたメッセージでは、「やりがい搾取」という言葉が一般にまで普及した現在では優秀な人材を集めることはできない。

「やりがい」を伝えることと並行して、そこに胡座をかくことなく職員が将来の見通しをもって働ける環境を整備すること。なかなか収益化しにくい貧困支援において、それは文字通り「言うは易し行うは難し」だが、その展望について是非とも多くの関係者と議論し、活路を見出したい。


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永井悠大
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