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さつき山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまた鳴かぬかも 詠み人知らず


五月の山、卯の花、月夜。
そして時鳥の声は、いくら聞いても飽きることがない。
また、鳴かないかな。

万葉集

とくに説明も要らないような、素朴な歌。なのにこんなにも心が惹かれるのは、この歌に読まれている具体的な風物ひとつひとつへの憧れというより、それらが一体となって調和した風景の中に、自らもまた溶け込んでいくかのような、詠み人のこの上なくリラックスした心境そのものへの憧れが、大きいのだと思う。

そういう時間を過ごすこと、それ自体への憧れ。今のことばで言えば、「チル」ということになるだろう。羨ましいほどの、万葉人の時間の豊かさである。いいなあ…

素朴さのほうに話を戻すと、五月の山も、卯の花も、月の夜も、ほととぎすも、ひとつひとつは割とどこにでもある、素朴なものだ。
どこで詠んだとか、誰に宛てたとか、そもそも誰が詠んだのかさえ分からないが、だからこそこの歌は胸に響くものがある。

さつき山卯の花月夜ほととぎす

それにしても、ただそこにあるものを並べただけのこの上の句こそ、聞けども飽かず、まるで何度も口ずさみたくなるような、美しいメロディーではないか。

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