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生贄の花

郊外にある大きなパラボラアンテナが、毎日、何かを受信する。

その度に、大きな曲線を描く、それの脇に、何故か年中咲いている、真っ白な紫陽花が赤と茶色の醜いシミを少しずつ増やしていった。

春先から酷暑の日も、雪の降る酷く冷える日も、紫陽花はその場に必ず居た。

無論、葉だけではなく、小さな白い花を何本も束ね、自分自身で作った大きな白い花束を、その細い首が折れてしまうのでは無いかと思えるような形で、絶えず、真っ白な頭を、その茎に咲かせていた。

アンテナが、どこか遠い国の飛行機事故を受信した日、紫陽花は赤と茶色の斑らに染まって、どこか焦げたタンパク質とオイルの様な匂いを放った。

アンテナが、どこかの国の有名人の死を受信した日、それは赤と白の斑らに染まり、鉄の様な匂いを放った。

アンテナが、宇宙を介して何かを受信する度に、紫陽花は色を変え、翌朝には元の真っ白に戻っていた。

僕は毎日朝のニュースの前に、それを見届けた。

ある日、アンテナが何処かの国と何処かの国で戦争が始まったのを受信した日、紫陽花は赤と錆色に染まって、萎びてしまった。

僕がぼんやりそれを眺めていると、アンテナの横を葬送の列が横切った。この街の誰かが亡くなったらしい。
喪服のしかめっ面、泣き顔の大人達は、アンテナの横の紫陽花を一瞥し、ひそひそと囁き合っていた。

僕は別段、気にも止めないで列が過ぎるのを待っていた。

またある日、僕は小さな好奇心から早朝に家を出た。
そうして、まだ何も受け取っていないアンテナの脇の、真っ白なままの紫陽花の大きな花束から、数本だけ、小さな花を拝借した。

その日、アンテナは、何処かの国で戦争が激化し沢山の人が亡くなった事を受信した。

数本摘み取った花束は、その花弁を何色にも染めなかった。かわりにアンテナ横の紫陽花は真っ赤に萎れ、赤い組織液を垂れ流し、酷い腐臭と火薬の匂いを漂わせていた。

その日、街は死んでいた。

商店街がシャッターを開けず、公共の場に出てくる人も誰もいなかった。
街の人々は口々に酷い痛みを訴え、街の小さな病院に駆け込んでいた。

脚に頭に目に胸、激痛の箇所は、皆バラバラで、ぶよぶよとした肥満体で、赤ら顔の医師は、
「原因が無い、原因が無い」
と口の中で繰り返しながら、取り敢えずの鎮痛剤を注射しては、患者を宥めていた。

父や母も例に漏れず、父は脚、母は頬を痛がってはいたが、耐えられないほどでは無いようだった。

鉛の様に重く痛む頭を抱えながら、僕は陰鬱な空気を纏った街を逃げ出して、紫陽花を見に行った。

紫陽花は腐肉の様に膨張し、所々が膨れた茎が剥がれ、腐臭を放って朽ちていた。

パラボラアンテナは、きっと、明日も世界中の悲劇を惨劇を受信する。解毒となる犠牲者は、もう、アンテナの隣には、無い。

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