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テディベア

記憶を反芻する。記憶を回遊する、生産性の無い作業を、ただ繰り返す日々を送っている。

ベッドサイドのテディベアは薄汚れていて、それが酷く愛らしく思えて、彼を手放せない一因となっていた。此の所記憶が化膿し、ぐずついているのは付き合いの長くなり過ぎた彼のせいでもあった。

見る度に蓋をした物事で、脳が飽和するような、オーバーヒートを起こすような、記憶の断片達の雪崩が起きる。
それらは的確に私の喉元を絞め上げ、窒息させようと、気管支を埋め、肺を侵食する。それから頭の中で途方もない膨張を繰り返し、酷い頭痛まで引き起こす始末。

幼少期から度々、私は彼を無くしていた、無くすたびに、そのうち出てくるだろうと呟きながら、こっそりと血眼で探した。まるで放蕩な男に惚れ込んだ哀れな女の子みたいに、平気な顔を貼り付けて、目だけは隠せず血眼で、薄汚れたモヘアの皮膚の、プラスチックの瞳の彼を、探した。
 
人間の男の体温を持たない彼が、枕元にあるのが良かった。
どろどろした過去の思い出と、楽しかった頃のほんのひと匙の思い出と、無知故に信じられた未来の象徴。

私の、私自身の体温でほんのりと暖かくなった、乳白色だけが、冷たく陰気な部屋で、ただ一つだけぼんやりと暖かかった。

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