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ドクダミ

雨晒しの脳髄に少しずつ赤錆が湧いている。
どうにかせねば、と思いながら、雨を防ぐ傘は生憎持ち合わせていない上、雨宿りの出来る屋根を見つけることも出来そうにない。

無論、生温く垂れ流される雨を止ませる事など不可能にも程がある。

アスファルトと湿度の匂いから、雨が降ることは想定何となく察しは付いていた。しかしながら、傘を持つ習慣のない私は、どうにかなるだろうと高を括って家を出た。そうして、案の定このザマである。

あの日、ぼんやりとした頭で雨の臭気を鼻腔に溜めて出た家は、もはや帰る場所として適切ではなくなっていた。いや、元々帰る場所としての機能は成していなかったのである。

酩酊に酩酊を重ねて、無理矢理に閉じていた目が、梅雨の初日の生温い雨によってこじ開けられるとは想定していなかった。水滴は突然に頭上に降り注いできて、皮下に染み込み、視神経から脳細胞までをも、水浸しにしてしまった。

折角細かく縫い閉じて、しっかりと返し縫いまでして、縫い閉じた瞼を水は容易に融解させ、再び縫い閉じる間すら与えてはくれなかった。
あの日の雨水は、私の思う水の概念を遥かに超えた鋭利さで脳に、アンモニアの原液を嗅いだ時のようなとてつもない衝撃をくれてしまった。

脳髄の赤錆が、少しずつ増殖していくのを感じながら、昔は美しかったであろうヒビ割れた街のタイルを踏み締めて歩く、空気の匂いは霞んだ水色から群青へと濃度を増し、錆が増える度に散り散りになっていく記憶を整理する事は限り無く不可能に近い。

街の細い路地に滑り込み、人の気配から逃亡する。
疲労から少しばかり座り込むと、寂れた路地のコンクリートに穴の開いたフェンス、塗装が剥がれ落ち錆びた鉄階段が視界に入ってくる。
経年劣化で壊れた人工物の隙間から、ドクダミが生え始めていた。

繁殖力の強いそれが、いつか此処を、今視界にあるこの場所だけでも覆い尽くしてくれることを、訳もなく、強く願った

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