無色の色彩
狭い浴槽に溜められた、無色彩のはずの水面が、他の何の色よりも鮮やかで、恐ろしいほどに綺麗でした。
それだけは鮮明に、記憶をどれだけ拭っても消し去れず、唯、脳の真ん中に鎮座しておりました。
それだけでした。
空気は冬の真昼の褪せた空の色を脱ぎ捨て、果てのない真夜中の、探ろうが薄めようが、どう足掻いても、そこへ、底へ、辿り着けない、途方もなく深い青色に様変わりしている中で、僕は唯1人ぼんやりと、この世の最果てに、唯、存在しておりました。
狭いバスルームに、所々黒いカビが巣食っているのを認めつつも、こそげ落とす気にもならず、水面が作る一瞬の無二の色彩を眺めて続けていました。
薄気味の悪い、ぬめる人魚の鱗より、ホルマリン漬けの愛おしい深海魚の鱗より、一瞬揺らいで消える、無色の色彩に、脳も心臓も飲まれてしまったようなのです。
願わくば、この身を、細切れに分解し、この身に在る夥しい数の細胞の塊、臓器という形状を保ったそれらを、そっと取り出して、永遠に形体を掴むことのできない、この水中に永遠に沈めておきたいとも、思いました。
もう数刻もすれば、この手も、足も、世界と繋がるための五感も、目も、耳も、すっかりと融解し、無彩色のそれになれるのです。
僕にとって、これ以上ない事です。
この世には、これ以上の事は、無いのです。
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