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猟犬塚(1)

「うちの家の話だけど、場所とか名前は絶対にわかんないように……うん……」

里宮さんは、とある田舎の出身者である。

山手の方に実家がありその家は随分と大きい。
元はといえば家のある地域一帯をまとめ上げていた領主の血筋なのだという。

「そんでうちの家、昔から変な言い伝えがあったのね。長男は必ず家を継いで家から出てはならないって。理由は“犬の呪い”だって言うの。で、犬を供養するための“猟犬塚”ってのも家の裏にあるのさ」

里宮さんが子供の頃に父親から聞いた話によると、里宮の家には“犬の呪い”がかかっている。

「昔ね。もう何代も前の話。江戸とかそう言う時代の頃にうちが纏めてた土地で飢饉があったんだってね。で、うちの家っていうのは土地をまとめていた有力者だったもんだから、何とかしようと思って必死になったんだって」

当時の里宮の家の長は狩に長けていた。
元々この家では猟犬を何匹も飼っていて、それらを何代も前から大切に慈しみ育てていたそうである。

その代の長は飢饉で食糧がない中、なんとかして山で獲物を狩ろうと猟犬を何匹も連れ立って狩に出かけて行った。

「何日も何日も成果がなくて、周りに住んでいた人達がどんどん死んでったわけ。それで皆ジリジリしてたんだけどね、何人も何人も死んで空いた土地に飢餓で人を埋めまくった頃、ようやっと……長……まぁ、うちの曾曾曾……曾……祖父ちゃんが肉と木の実を持って帰ってきて、それを配って回ったんだって」

ほんの少しだが村が潤った。
その日から、木の実を集めて山に入り取れそうな獲物がいれば犬を使って追い立てて獲る、というサイクルがなんとか上手く回り始めたという。
毎日、木の実をかき集めたり食べられる草や木の根を掘り起こしたりしては配って回り、時たま
獲物が取れて肉が手に入ると近隣に配り回っていた。

「でもさ、後から解ったのが、それはうちで大事にしてた猟犬を潰してとった肉だったんだって。犬は可愛がられてたし狩りにも貢献してたのに、殺されて食べられて無念だった。だからうちには“犬の呪い”がかかってるんだっていう話。で、これを子供の頃からずっと聞かされて育ってきたわけさ」

長男は家を出てはならない。
家を出ると、代々の祟りが降りかかる。
犬は忠義の末の恐怖と悔しさを忘れていない。
せめて家に残り犬のために建てた猟犬塚を供養して過ごせば心安らかに過ごせるだろう。

これが里宮家に伝わる話である。
その言い伝えを守るように、里宮さんの父親も件の猟犬塚をきちんと供養しながら家を出ずに代々続く林業とそれにまつわる職につき暮らしていた。

「でもさ。家を出ないなんて、そんなん無理じゃん?俺には兄がいて、そいつが長男だったんだけどさ。兄も“はあ?”って感じで話を聞いても笑っていたわけ。俺も笑ってたの。犬の呪いって何?って。そんなんあるわけないだろ?って」

子供の頃から聞かされていたものの当たり前のように兄は都会の大学に出た。
祖父母両親は何度も止めたが、その理由が件の“犬の呪い”の話であったから兄は相当馬鹿にして家を出て行ったそうである。
猟犬塚?犬の供養?知ったことではない。

「だって犬の呪いなんて意味わからんしあり得んからね。兄も“ありえねー”って。ちなみに俺は弟だから全然何にもなし。止められるとかはなかったな」

兄弟揃って古い言い伝えの類など全く信じてもいなかった。
はぁ?何それ美味しいの?
猟犬塚?ただの石が積まれた山じゃん。
両端に花とご飯、たまにドックフードとか骨ガム備えてあるだけじゃん。それが何?

その程度しか思っていなかったそうである。

「でも、都会の大学に進学して行った兄ってのがいやに怪我が多いんだ。連絡は頻繁に来るんだけど、怪我の報告ばっかなのね。階段から落ちたり歩いてたら車に掠られたりとか、生傷が絶えない感じになってたんだよね。田舎と違って人は早足で歩いてぶつかるし、車は運転が荒くて信号を無視するし、なんなんだよ!って兄はいっつも愚痴ってた」

両親祖父母、いいから帰ってこいの一点張りである。
職なら家を継げばいい。
大学は勿体無いが諦めてすぐに家に帰ってこい。
頼むから、頼むから、と。

「でも呪いなんて信じられないだろ?信じられねえよ。無理でしょ。兄は帰らなかったんだよね。都会はやっぱ危ねえから気をつけないとね、とか言って。俺も“そうだねえ”って笑って、後追いで都会の大学に進学したんだよね」

里宮さんは兄の住む近くに部屋を借り住む事が決まった。
進学にも家を出ることも特に反対されなかった。兄の時とは大違いである。

「なんていうか、この話って長男に家を継がせるための方便かなぁ、って俺はずーっと勘繰ってたわけ。高校終わったらすぐ家を継がせて、家業安泰ってね……。でもさ、俺が都会に出てすぐ兄にあってさ“やばいかも”って思ったんだよ」

進学が決まった春、久しぶりに都会に出た兄と対面した。

「怪我が多いのはなんとなく聞いてたんだけどさ。それより、体型がおかしいのが気になったんだよね」

元々、兄は恰幅のいい体型だった。
相撲取り、とまではいかないが格闘技かアメフトか、そういうのをやっていると言われれば信じてしまいそうなほどに体格がよかった兄の身体が、今や枯れ木のように細くなっている。

それよりも奇妙なのは、腹回りだけ太い。
肩幅は狭い。胸板も薄い。
全体的に筋肉がなくひょろりと細長い。
それなのに、腹が膨れている。

「あのさ、地獄絵図見たことある?餓鬼ってわかる?腹回りがぷくーっと膨れたガリガリに痩せ細った人間……兄がそんな見た目になってるなんて俺その時初めて知ったからビビっちゃって」

後編:猟犬塚(2)

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