とても丁寧な説明
「遠出した時に車で住宅街を突っ切ったんだけど、その時に花を見たんだよね」
滝さんは昼間、カーナビに従って車を走らせていた。
その時に通った道は一方通行で、車が1台ギリギリ通れる位の道。
垣根に車を擦らないように細心の注意をはらいながら進んでいった。
そのとき、一軒の家の玄関に花束が一つ立てかけられていた。
「なにあれ?もしかして献花?人が死んだってこと?何があったんだろ……って思いながら通り過ぎたのさ。なんか、玄関に花!っていうその光景が変だったから忘れられなくて……夕飯食ってる時も“そういや変なもん見たなあ、なんかあったんかなあ”って思ってたの。……でさ、その日の夜の話ね」
夢を見たのだという。
昼間に見た花が供えられた玄関が視界いっぱいに広がった。
「映画を見ているみたいな感覚で玄関を見てたんだよね。そしたら中から爺さんが出てきたんだ。ぼろぼろの服、白いタンクトップが変色して黄ばんでて、薄汚れた茶色のチノパン。真っ白な髪が脂でギトギトに光ってて、ぐちゃぐちゃになって渦を巻いてるような、何日も風呂入ってなさそうな感じの人」
開いた玄関から出てきた老人は少し外に出ると空をみて頷いた。
そして、一度屋内へと戻ると両手に赤のポリタンクを持ってよたよたとした足取りで庭へと出てきたのである。
「ポリタンクのフタを開けて、中身を頭からザブザブいったんだよ。ポリタンク一つ目、二つ目、全部自分にぶっかけたわけ。うわ、うわ、って俺は思ってるんだけど、見るのをやめられない。その時は夢だって気づいてもない。ただ“見てる事から逃げられない”の」
老人の右手には、ライターが握られていた。
「見たくない!って顔を背けたい気持ちで一杯なのに、その時は目を閉じることも背けることも出来ないから見てるしかなかったんだ」
手に持っているライターを暫く見ていた老人が、ライターを握り込んだ瞬間。
老人が瞬く間に火に包まれた。
ぁあおおおおぁあああ!
あああぁぉおおお!ぁあああ!!
ああああああ!
ぼうぼうと燃える火の隙間から絶叫が聞こえた。
ばたばたばたばたばた!と舞うように火だるまの老人が舞っている。
声が出なくなっても、老人は暫くそこで舞っていた。
そしてやがて、舞う力も無くなったのかその場で立ち尽くす。
ぶすぶすと煙を全身から噴き上げるそれが、ゆっくりと両目を開けた。
黄ばんだ両目はしっかりとこちらを見ている。
「そこで、ハッて目が覚めた。そしたら、目と目があったんだよ」
目の前の闇に、両目が浮いていた。
目が慣れてくると、それがただの両目だけではないということが判った。
腹の上に、微かな重み。
焼け焦げて爛れた人の顔が、身体が、自分の上に乗っているのを肌で感じた。
焼けて水分を失った身体は随分と軽い。
炭色の肌の中にぎょろぎょろと黄ばんだ白目の目があった。
〈……こうしてしんだんだよ……〉
鼻腔にガソリンの臭いが流れ込んできて、滝さんは気を失った。
「別に、そこまで知りたくはなかった」
苦い顔をしてそう呟いた滝さんだがそれ以降、献花を見ると目を逸らす癖がついた。
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