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依存症当事者から見た「芸能人薬物グラム数大富豪」の苦しさー「啓発」ではなく「偏見や差別」になる理由

先日、お笑いコンビ「さらば青春の光」のyoutubeチャンネルにある動画が投稿され、話題を集めました。企画のタイトルは、「芸能人薬物グラム数大富豪」というもの。

薬物依存症ではないものの、性依存症の当事者として発信している私は、この動画のサムネイルを見ただけで非常に強い不快感を感じました。
この動画に対して、多くの依存症当事者や家族、依存症関係者が削除の要請や、依存症に対する正しい理解の切実な呼びかけをしたものの、現在も明確な返答はなく、動画も公開されたままになっています。

なぜこの動画が薬物依存症当事者を深く傷つけているのか。
依存症当事者の目線から解説させていただきたく思います。

  • 「ダメ。ゼッタイ。」が依存症当事者を苦しめている事実

「依存症患者が自分に対する嫌悪感やスティグマ(偏見)を内在化させてしまい、治療にアクセスするまで十数年かかる」

時事ドットコム 『「ダメ。ゼッタイ。」はダメなのか? 薬物乱用防止の標語で意見対立、反対派・擁護派に聞く

依存症治療に携わる専門家、松本俊彦医師によると、30年来続いている「ダメ。ゼッタイ。」という啓発そのものが、依存症患者自身の嫌悪感や偏見を助長し、依存症治療につながることを遅らせる元凶になっているといいます。
動画では、薬物を「やってはいけない」「ダメ。絶対。」を繰り返しアピールしています。これが「啓発である」と捉えるのは間違いなのです。

  • 「薬物使用者」の回復の努力を踏みにじる

動画の中で、数多くの薬物逮捕歴のある芸能人が登場しています。中には、複数の逮捕歴のある方もいます。動画内では「あと何回あんねん」といったようないじりがありました。
薬物依存症は回復できる病気ではあるものの、回復には多くの時間と当事者の努力を要します。実際、現在回復を重ねておられる方も動画内で登場していました。努力をして過ちに向き合っている当事者をゲームの題材にし、逮捕という一つの衝撃的な経験を想起させることは、依存症当事者にとってフラッシュバックの一つの要因になります。

フラッシュバックとは、過去の衝撃的な体験の記憶と感覚も呼び起こすことを指します。つまり、薬物を使用していた際の記憶が、その時の感覚とともに呼び起こされてしまうことがあるのです。動画のタイトルやサムネイル画像が目に入っただけでも、こうしたフラッシュバックは起きる可能性があります。最悪の場合、薬物の再使用にもつながりかねません。

  • 特定のカテゴリーに対するスティグマ(偏見)の押し付け

動画内で、薬物使用者に対して「(この人は)ラッパーだから」といったように、特定のカテゴリーに属する人に対して、薬物使用の偏見を押し付けるような発言が何度かありました。こうした偏見をスティグマを呼びます。
依存症当事者は、世間から押し付けられたスティグマによって苦しみ、依存行為に拍車をかけてしまうことがあります。
職種や人種などで、薬物を使用していそうだと印象を無自覚に植え付けているのが、その人たちにとっての偏見を助長してしまいます。

  • 関係のない人たちへの風評被害

動画内では、同棲していた相手が逮捕されたり、未成年でタバコを吸ったり、別な容疑で逮捕されたりといった、本人は薬物を使用したわけではない方が登場しています。薬物の啓発を謳うのであれば、こうした無関係の人物を紹介するのは風評被害にあたるのではないでしょうか。

  • 過去の逮捕歴をいじることは、辛い失敗体験を蔑んでいることになる

誰もが触れられたくないような「過去の失敗」というものは経験があると思います。
こうした失敗を他人にいきなり晒しものにされ、いじられたら。
どんなに周りが「面白い」と笑ったとしても、晒された当事者はどう感じるでしょうか?決して他人と同じように笑っていられるわけではありません。

多くの依存症当事者は、他人に触れられたくないような失敗を経験しています。こうした失敗は、強い後悔や、依存行為に頼らざるを得ないほどの苦しみと結びついています。だからこそ、他人に依存行為による失敗を「笑いのネタ」にされることは、耐えがたい苦痛になるのです。

  • 結論:不謹慎だからやめろといっているわけではない

以上、依存症の当事者という立場から、なぜ動画に対して抗議の声をあげているのかを解説してみました。

私が伝えたいのは、不謹慎だから、失礼だから、見たくないからなど、私的な感情で抗議しているわけではないということです。さらば青春の光のお二方が嫌いなわけでもありません。
この動画は違法薬物に対する啓発にはつながらず、偏見や差別を助長しているということを、どうか理解していただけたら幸いです。




性依存症当事者の目線から、性依存症の専門書を翻訳した情報や、当事者として感じたことを中心に発信しております。 おもしろいな、もっと読みたいなと感じていただけたら サポートをしていただけると嬉しいです。