対話1

「それじゃあ、情報の整理をしましょうか」
 いつもの喫茶店で彼はそう言った。
 新聞紙、漫画雑誌、遠くの席から流れてくる煙草のにおい。彼と私がいつも話し合いをする場になっている喫茶店だ。
 彼、T山君とはオカルト好きという接点があり、普段なら好きなオカルトチャンネルやホラー映画、ツイキャスの話を共にする仲だ。私は書店でバイトをしながら細々とイラストを描いており、彼はプログラマーをしながら細々とホラー小説を書いている。
「マスキングテープの話を、カトリさんが書いたんですよね」
「はい、Twitterで」
「それで、これが、AIで出力した写真……と……」


「そうです。気持ち悪いな、って、純粋に思ったので」
「これ、どこのサイトのAI使ったんですか?」
「LINEです、お絵描きばりぐっど君というアカウントがあって。恐らくLINE公式が運営してるやつかと」
 少し躊躇った後、T山君は顔を上げた。
「……、……なんて、入力したんですか?」
「家族写真、父、母、男の子、だったかと思います」
「え、ホラー要素なしですか」
「なしです、凄いですよね、こんな気持ち悪い画像になるなんて思ってもみませんでした」
 スマホに保存された写真をまじまじと見つめる。少しつり目気味の男の子達が本当にやけに不気味である。
「で、まとめブログを発見して、驚いたと」
「はい、まとめに出てきたブログにも飛んで驚きました。まさか10数年前に似た様な写真があるだなんて。……いや、最初は偶然だって思いました、思いましたけど──」
 切り取られた男の子の写真だけなら、まあ、たまたま似てただけだろう、で片付けられたかもしれない。──けれど、件のアニメオタクブログを読み、ヒュっと息を飲んだのも記憶に新しい。
「ちゃんと、この写真だったんですよね。彼の言う『存在しないアニメ』のポスターに飾られてたのって」
 私はそう言って「まえむねとのや」のTwitterアカウントを見せた。
「これ……の一つ前の写真。これって、去年のですか? あの怪談師達の配信の」
「恐らくそうだと思います、T山君が見つけてくれたアーカイブの」
「それでこの最初のツイートが……カトリさんがお話を伺った方の」
「そうです、K川さんが仰られてた貼り紙じゃないかと」
「なんか……そうですね──、」
 彼は言葉を探しつつ、バニラアイスの乗ったアイスコーヒーに口をつけた。
「まるで、追ってきてる、みたいですね……」
 私は何も返せなかった。全くその通りだと思ったからだ。
 まえむねとのやは、まるで補完してくれる様に私達の知りたかったものをTwitterに投稿している。──まるで「お前たちを見つけたぞ」と言わんばかりに。
「…………。……ホラー好きの人達が、彼らを探す。そんなホラー好きの人達を、彼らも探している……て事か……」
「やめましょうか」
 彼に会ったら、絶対言おうと思っていた言葉を……私は吐き出した。
「もうやめましょう。詮索し続けると、K川さんの様になってしまいます」
「でも──、……なんて言うか、みんな……一瞬だけ気が触れた……だけ? というか。あの、僕調べたんですよ、怪談師Tamiさんを。そしたらね、つい昨日、動画投稿されてたんですよね」
「え」
「ほら、これです」
 様々な呪物を背景に、彼は普段通りに都市伝説を語っていた。今回は「大阪の泉の広場の女」の話だ。とても、有名なネットロアである。
「あ、待ってください、これ」
 そんな彼の背景に、確実に飾られているものがあった。
「これと、同じですよね……」
 改めて、私は「まえむねとのや」のツイートをT山君に見せた。

「なんで……飾ってるんだろう……。アーカイブ、消してましたよね?」
「そう……ですね、まぁ、あの配信……界隈ではかなり有名になってたので。僕もツテを借りてアーカイブを見せてもらって文字起こししたんですが……」
「……少し、気が触れるだけ? 本当に?」
 独り言の様に呟いた私に、T山君はしっかりと目を見て言放った。
「でも、この写真を何度も目にして、この話──呪い探し、でしたっけ? を、何度も聞いてる僕達って……『まだ』気が触れてないですよね?」
「えっ……あ、そう……ですね?」
「この怪異がやりたい事って、なんなんでしょうか?」
 Tamiさんの動画が終わったと同時に、T山さんが呟いた。
「拡散……でしょうか?」
「でもそれなら、Tamiさんの配信で何人かは『感染』してるはずなんですよね」
 あ、そうだ、とT山さんが手を打つのを見やる。
「次は、この配信見てた人達にコンタクトとってみませんか?」
「え……いや、もうやめましょうって。私は憑かれたくないですよ」
「でもこの怪異は、呪いで誰かを殺すとか、精神崩壊させるとか、そういうの、してないじゃないですか」
 そもそも──、とT山君は続ける。
「これは『AIが出力した画像』ですし……Tamiさんだってこうやって普通に動画配信してるじゃないですか」
「そうですけど……」
「カトリさんも、もう一度K川さんにコンタクト取ってくれませんか?」
「えっ」
 あの時の彼女の歪な笑みと、子供の様な笑い声を思い出して……顔がひきつる。
「この話を、出さずに連絡してみて下さい。もしかしたら、普通に対応してくれるかもしれませんよ?」
「……分かりました」
「この怪異、あまりにも謎が多すぎます」
「そう……ですね……」
 ホラー小説を書いてるT山君にしてみたら、確かに興味が尽きない「ホラーミステリー」だろう。しかし──
「もし、後戻りが出来なくなったら……」
 零した私の声は、もう彼には聞こえていない様だった。

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