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【日記】変わった私より、変わらなかった君へ

 先日で刀剣乱舞をプレイし始めて6年が経ったらしい──という書き方では無粋か。先日は私が審神者に就任して6周年の記念日であった。
 最近、サークルの後輩の子が審神者になったと聞き、単純なことだが私も懐かしく思ってふと自分の本丸に帰りたくなった。すると、なにやら就任記念日までをカウントダウンする日めくりカレンダーがぶら下がっている。ああ、そういえばそんな時期だったのだなとそれで気がついた。

 6年前、私は16歳の小娘であった。サイズ的には今も小娘であることは間違いないが、未熟で無垢でなんの違和感も抱かず小娘の自覚を持って小娘でいられた“わたし”だった。
 その“わたし”と、今の“私”を引き比べる。大学に入っていろいろあり、私は少なからず変化を遂げている。この間、大学入学前の春休みに撮ったプリクラを発掘し、ネタとして知人たちに見せたことがあった。「ちゃんと女の子してる」「タイツ履いてるやん 今履くことなんかある?」「髪なが! ちゃいろ!」「え、右左どっち?(プリクラに2人映っていたので)」とまあこんな反応である。顔の造形や体格はそのままだが、服装や雰囲気だけでこうも変わるものだ。たった4年でこの差である。6年前と比べれば、さらにその隔たりが大きくなるのは自明だろう。
 小娘だった“わたし”は、自分もいずれ少しの努力と年数経過により女になるものだと漠然と考えていた。それがどうだ。どうしてこうなっている。ここで語るのは野暮だから語らないが、彼女は果たして小娘から女になれなかったという事実だけを記しておく。これに関して慰めや異論はいらない。私がそう感じているから、これは事実なのだ。私がそう言うのだから、そうなのだと受け取ってほしい。

 久しぶりに訪れた本丸で、記憶の中の姿のままの刀剣男士たちを液晶越しに眺めた。変わらないのだなと思った。古いもので千年を超える時を過ごした刀たちからすれば、6年などほんの瞬きの間に過ぎないだろう。
 しかし、数ヶ月ぶりに足を運ぶサークルの場ですら何度か「あっ、誰かと思ったらナガヲさんか。わからなかった」と言われた私だ。6年の付き合いの中で、半年に一度ほどしか顔を見せず、しかもそのたびに雰囲気の変わる審神者のことを彼らはどう思うのだろうと考えた。長期留守審神者帰還ボイスのあとに、こちらには聞こえない「また雰囲気変わったね、主」が続くのではないかと空想した。どれだけ雰囲気が変わろうと、彼らが自らの主人を見紛わないであろうことは想像がつく。でも、私の変化を目にする彼らが「変わったね」と言うとき、どういう表情をするかはさっぱり見当がつかなかった。事情を知らずとも、変化を喜び肯定してくれるだろうか。それとも、しばらく戸惑って他人行儀に接されてしまうのだろうか。それを推察するには、私たちには交流が少なすぎた。彼らは表情や、許された言葉が限られすぎていた……──

 初期刀である加州清光、および大和守安定は、当本丸でたった二振りだけのLv99(上限値)に到達している個体である。彼らを“特”のままで留め、修行に出して“極”にしないのは、ひとえに私のエゴなのだった。
 私は高校時代に日本史をとってはいたが、そこまで好き好んで勉強していたわけではない。そのうえ、新選組のこととなると授業で詳しく扱うわけではないため、恥ずかしながらかなりそのあたりの知識に乏しいのである。だから、清光と安定がこだわってやまない彼らの元主・沖田総司にまつわる様々な思惑を、すべて汲み取ることは難しい。しかし、私は彼らのモダモダと煮え切らないいじらしさを愛おしく思っていた。互いと「沖田君」への愛、嫉妬、絆、遺恨などがごちゃ混ぜになった複雑な心を抱えて、溌剌と笑っていたかと思えばふと表情を翳らすような、モノならではの彼らの在り方が好きだった。
 修行とは、刀剣男士が自らの精神と真っ向から対峙し、いかなるわだかまりをも乗り越えることで強化形態に進化を遂げるようなものだと個人的には認識している。彼らの“極”の姿や言動、思考の変化は、ネタバレを見て知っている。“極”になれば、彼らのわだかまりはある程度解消されることも。歴史は変わらないが、彼らの心の中にはひと段落の決着がつく。それを理解したうえで、しかし私はあの愛おしい未完成さが失われてしまうことを恐れた。だから、背中を押せないでいた。「変わらないでいて」と、「かわいい清光と安定のままでいて」とワガママにも願ったのだ。

 そうして気づいた。刀剣男士は変わらないのではない。少なくとも清光と安定に関しては、彼らの変化を引き留めていたのは私に他ならなかったのだということに。
 私は変化を遂げるのに際し、恵まれたことに誰の引き留めも指示も受けていない。勝手に変わりたいと思い、勝手に変わっていった。けれども、彼らには司令官がいる。それが許可を出さないと、己の過去と向き合うことも変化を遂げることもできないのだ。そして、その司令官は他でもない私なのである。
 私は、自覚したうえで無視をしていた罪悪感にようやく苛まれた。本来なにかが変化をすること、それが花の色でも人の心であれど、自分で操作できるものではないし、他人から指図を受けるべきものではない。それなのに、苦しむ彼らを「そのままでいてね」としていたことがどれだけ罪なことだったかを考えた。清光と安定の“極”が発表されて数年経った今、就任六周年を機に私の人生を振り返ることまでして得た感慨であった。
 とうに“極”になった男士はすでに何振りもいる。まったく思い入れがないというわけではないが、彼らを修行に送り出すことを躊躇したことは一切なかった。ただ、今よりもっとアイデンティティーを確立できればいいね、強くなって帰ってきてね、程度の気持ちだった。その点、清光と安定に対しての考え方が別格だったのは認めざるをえないだろう。いちばん砕けた言い方をすれば、クソデカ感情を抱きすぎていたという話だ。

 今日、修行に必要な一式が揃うと同時に(ジリ貧なのでだいたい修行アイテムは常に三つのうちどれかの個数がゼロだ。今回は手紙がなかった)清光を修行に出した。ボタンをクリックするのに、当記事でここまでに書いた思いが頭を駆け巡ったせいで数十秒を要したが、どうにか左ボタンと清光の背中を押せた。
 見送りはもちろん安定だ。旅立つ相棒を見ての彼の言葉に、ちょっとだけ涙を堪えた。そうだ。誰にでも人生がある。彼らにも、私にも。そしてそれは、誰かに縛られるべきではないのだ。

 清光と安定には申し訳ないことをしていたという気持ちが強いが、愛に飢える彼らには、どうにかしてこれも回りくどい愛なのだと解釈してくれたらいいなあとも思ってしまう。これもエゴになるかもしれないが、修行を引き留めていた私の心情も把握して、「あれもちゃんと愛だったんだよね」と笑って許してもらえるなら、私はなにも恐れないで済むのだ。

 最後に念のため断っておくが、別に私と同じように刀剣男士を故意に修行に出さない審神者たちを責めるような意図はこれっぽっちもない。ただ今回はいろいろなことが重なって、私の考えそのものが変化をした、という話であるから、他人に同じ考えを強要するものでは一切ない。そも、誰に縛られなくてもいいんだよということが言いたかったわけで、それこそ審神者の数だけ自由に本丸の制度が存在してほしいと思っている。

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