生き延びようとするのは当然の権利だ。 中山七里 著『切り裂きジャックの告白』
私を中山七里ワールドに連れ込んだ、今めちゃめちゃハマっている社会派医療ミステリーシリーズについてご紹介したいと思います。
あらすじ
この本は2021年11月14日から公開されていた映画・ドクター・デスの遺産―BLACK FILE―と同じ「刑事犬養隼人シリーズ」の第1作品目です。第2作目は七色の毒、3作目がハーメルンの笛吹男、4作目がドクターデス5作品目がカインの傲慢です。(5作品目まで読破しました!)
都内で連続して起こる猟奇的な殺人事件、その犯人は1888年にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件の犯人の通称、「切り裂きジャックを名乗り」を名乗っていた。
殺した人間を「生きる資格のない人間だった」と一蹴する切り裂きジャック。果たして切り裂きジャックの正体、そして切り裂きジャックが人を殺す本当の理由とは・・・?
脳死・臓器移植というテーマについて
中山七里さんが描く「刑事・犬養隼人シリーズ」は通常のサスペンスやミステリー小説と異なり、今の日本に実在する医療分野に蔓延る問題を軸に物語が展開されています。
扱われている問題は難しいものですが刑事物のストーリーに仕立てられていることで、登場人物の言葉や所作を通して我々読者にその問いを投げかけています。
この本のテーマは「脳死」、そして「臓器移植」です。
「脳死」という言葉は皆さんもきっと耳にしたことがある言葉でしょう。
そして臓器移植。
最近では運転免許証の裏面に臓器提供意思表示の欄が記載されていたりと「臓器提供」という言葉は馴染みのあるものになって来たように感じます。
臓器提供意思表示カードはもし私たちが不慮の事故などで脳死となってしまった場合に、まだ健康である自らの臓器を他の必要としている人に提供するか、しないかを決める意思表示です。
脳死に関わる議論や他人の臓器を得て生き延びる行為は、命が持つ「天命」「寿命」を覆すものであり、本当の意味で「生を全うした」ということが出来るのかとても考えさせられます。
また、本人が臓器提供に関する意志を示していたとしても、家族がその意志をすんなりと尊重するとは限りません。
臓器提供をするということは脳の機能こそは失われているものの、健全な身体にメスを入れることと同義です。そして完全な身体で生まれて来たにも関わらず、葬られる時には胸腹部が空洞となって召されることになってしまいます。
せめて綺麗な身体で見送りたい、残された家族がそう思うのが当然の流れでしょう。
臓器を譲り受けて生きるとは
日本に脳死を人の死として受け入れられない風土が残る以上、まだ生きている人から臓器を譲り受けることは、自分の生のために他人の死を望む行為に過ぎず、非道で浅ましく罪深い行為だとジャックは声明を出し、ジャックを追う刑事・犬養もまたジャックの指摘は決して一般論を逸脱しているのではなく、筋が通っているものであると認めました。
一方で過去に臓器提供を受けた子を持つ親のコメントは以下の通り。
なんだか切なくなってしまいますね。本来であれば「ただ生きている」というだけでその存在が認められて愛される、そんな世界が理想ですが現実世界はうまくいかないみたいです。
また、このような一文がありました。
本来人の寿命は天が決めることであり、それに争うことは天を欺くことになる。人の命の重さに違いを生んではならない。
お金があるから、設備が整っているから助かる(臓器移植を受けられる)命があるということはその逆もあると言うことです。命の終焉を天に決められるのではなく環境が決めてしまうことというのはあってはならないと言うのです。
ここまで主張されてしまうとなんだか未来を望み、移植を受けることが悪いことだと感じてしまいますね…。
人は誰一人として一人では生きていくことは出来ず、人との関わりが必要となります。人が人と交わることでその人が持つ人間味を感じられ、その人柄を感じることでその人に対する優しい気持ちが生まれるはずです。
大切な人に生きて欲しいと願うことは罪なのか?
大切な人に生きていて欲しいと願うこと、生きたいと思うことは本当に罪深いことなのでしょうか?
私がこの本の中で一番救われたのは次のシーンでした。
この台詞は重い腎不全を患い、臓器移植のドナーを待つ娘がいる刑事犬養が放った一言です。
自らの生について疑問を持った人に対してこれほどにまで力強く、勇気を与える言葉ってあるかな?と思うくらい優しく切実な言葉だと思いました。
本来生きることについて誰からの「許可」なんて必要ではなく、「許可」を与える、与えられるという関係は可笑しいものですが、刑事犬養の娘は12歳。自分の頭で考えることも出来ますが、また親の監護と導きが必要な状態です。いろいろな感情が渦巻く多感な時だからこそ父親から自らの「生」を肯定され、とても嬉しかったと思います。
人はたった1人でもいいから、心から信じることが出来て、自分を信じてくれる人がいるだけで生きていけるのではないでしょうか。何があってもこの人なら守ってくれる、この人なら気持ちを分かってくれる。そんな存在はとても心強いものです。
そんなたった1人が、これまで一緒に生きて来た家族であったなら。きっと心が揺らぐことは無いでしょう。
この台詞を躊躇なく発することが出来た刑事犬養はどんな時も真剣に愛娘を思っていたんだなと感じました。
終わりに
切り裂きジャックが連続殺人を行った理由は本人が口にしていたような大義名分からではなく意外な理由からでした。
しかし脳死や臓器移植の善悪に決着を付けない終わり方だったからこそ、物事の善悪や捉え方を我々読者に投げかけています。
中山七里の犬養隼人シリーズ、とても重厚で読み応えのある作品シリーズです。私は読後「スッキリ!」するような本より「うーん」と考えるような重いテーマを扱っている本が大好きだったのでどハマりしました。
重いテーマが好きな方、日本に現存する問題について考えたい人はぜひ手に取ってみてください😊
うちの金魚に美味しいエサを食べさせたいと思います。