見出し画像

そのとき、何が“響いた”のか 〜ゆず Kアリーナ横浜こけら落とし公演3days 完全分析〜

これを超える日が来なくていい。

こんなことを思ったのは、きっと人生で初めてだった。

このブログを書き始めた2023年10月某日の話。
その原因は、月頭の横浜にあった。

9月29日(金)から10月1日(日)の3日間、とあるライブを観に行くために、私は横浜に滞在していた。思えば、ライブを3日連続で観に行くのは2年ぶりのことだった。が、その勝手は全く違う。前回は、同じ演目を3日連続で観に行くということだったが、今回は3日間すべて違う演目を見るということだった。

このことを、少し舐めていた自分がいた。
やり終えて気付いたこと。。。

めっちゃ疲れた、、、ってこと。

もちろん、やり切った思いもそこには含まれているのだが、その分燃え尽きたし、次なんて一生来なくていいと思ってしまうくらい、あの日の帰りの電車で一人になった時は、そんなことを感じていた。

今回は、その旅路の記録。
そして、かつてないほど燃え尽きた夜を、自分なりの見解と考察で分析していきたい。

そういうブログにしようと思います。

毎度のことながら、結構な長尺です(約19,000文字あるみたいです)。あなたのペースで、お好きな形でご拝読いただけたら幸いです。

"こけら落としライブをする"という意味

今回の横浜旅の目的は、ゆずのライブ。
その舞台は、Kアリーナ横浜。

今年の9月に開業したばかりの「音楽特化型アリーナ」である。
最大キャパは2万人、日本最大規模の音楽アリーナとなっている。

そんな会場のこけら落としを任されたのが、横浜出身のアーティスト・ゆずだった。横浜にまつわる歌も多く、そしてこの街に強く愛されているアーティストの1組と言ってもおかしくない。

このニュースを聞いたのは、今年3月のこと。
確か、ゆずが出演していた音楽特番の放送終了後のことだったと思う。それを見たときに感じたのは、「ついにこの時が来たのか…!」ということ。

ゆずにとって、横浜でこけら落とし公演を行うというのには、ひとつの因縁があった。それは、遡ること2020年4月。当時、横浜のみなとみらいエリアに新設されたライブ会場・ぴあアリーナMMのこけら落とし公演を、ゆずが予定していた。当時開催予定だった全国ツアーの一環として行われるはずだった公演は、流行し始めた新型ウイルスによるライブ開催制限により、中止が決まってしまった。

最終的には、無観客での配信という形で、同会場で自身の代表曲「栄光の架橋」を歌い、"こけら落とし"という任務を果たしたのであった。

しかし、本当なら多くの観客と共にライブを作り上げ、盛大な形で"こけら落とし"を遂行したかったのだろうなぁというのは、いちファンとして、リスナーとして感じる事ではあった。2022年6月に、別のツアーの1公演という形で、ぴあアリーナMMでゆずを観たときにそれを感じたのだった。当時は、まだライブ中の声出しは禁止されていたので、大きな拍手とリアクションでライブに呼応するしかなかったわけで。

ゆずのライブって、観客と共に歌う場面がとても多い。

コール&レスポンスを取り入れた楽曲も多いし、有名な代表曲であっても、サビの部分を観客に歌ってもらうように本人がマイクを客席に向ける場面も少なくない。ましてや、アンコール前には客席で初期の代表曲「贈る詩」を大合唱して、ゆずの2人とバンドメンバーをステージに呼ぶのが通例であることから、ゆずのライブにおいて、観客の声というものは、切っても切り離せないものであるというわけだ。

そして迎えた、2023年。
ライブの規制が完全撤廃し、客席からは声が戻ってきた。
マスクを着けるというルールもなくなり、より自由度の増したライブを展開できるようになってきた。

そんな中での、このKアリーナ横浜のこけら落としライブの発表。
その時が、ついに来たんだな。

そう感じずにはいられなかった。

それは、かつてないほどの高揚感だった。
ゆずの地元で、こけら落とし公演が行われる。思えば、声出しOKのアリーナ公演は18年のツアー以来5年ぶりのことになる。しかも、初日・9月29日(金)は弾き語り公演、2日目・9月30日(土)はバンド編成と全く違う演目が展開される。

やべぇ、、観に行きてぇ、、、

ヨダレを垂らすかのような気持ちで、その発表を見つめていた。

運のいいことに、初日・2日目ともにチケットを確保することができた。さらに、その2日間の公演が完売したことを受け、急遽10月1日(日)にもライブも敢行することになった。そのチケットもゲットすることができ、私は久々の3日連続ライブ参戦という怒涛のスケジュールを組むこととなった。

それは、この3日間に向けて全ての集中力とワクワクの導火線に火をつけていくということだった。今までにない3日間に絶対なるはず。それだったら、どうやって楽しみ尽くしてやろうか、燃え尽きていこうか?それを計画することにもなったわけだった。

そんなこんな時間が過ぎていく中で、遂にその日を迎えたのでした。

Kアリーナ横浜を一度みてみよう

2023年9月29日(金)、15時ごろ。
高速道路の車窓を眺め、揺られること数時間。
私は、Kアリーナ横浜に辿り着いた。

iPhoneの望遠カメラで撮ってみる

デカい会場、というかなんか大きなお祭り感があった。

横浜駅には、ゆずとスポンサーである「日産サクラ」とのコラボポスターが張られていたし、至るところに「Welcome to Kアリーナ横浜」の看板が。通り道である日産ショールームには、ゆずとコラボした大きな垂れ幕が掲げられていた。

東横線のホームより
振興協議会さんのお仕事
この掛け声はやってなかったよ
垂れ幕がいっぱい

なんか、こんな感じのライブここ数年経験してなかったな。
それこそ、ライブ規制が撤廃された今だからこそ、って言葉になるのかもしれないけれど、こういうタイミングだからできたことなのかもしれないし、多くの人たちが待ち望んでいた瞬間だったからなのかもしれないよね。

さてさて、今回のライブは3日間観に行かせていただいたのですが、面白いことに3日とも全然違うアングルでライブを楽しませていただくことができました。これから、ライブの感想とかをまとめていこうかと思うのですが、まずはこのKアリーナ横浜という会場がどんななのかを、少し書いていきますね。

まずは、会場入り口。

エントランス感、ありますねぇ

今回は3日とも紙チケットでの入場でした。
このライブでは、座席ごとに入場口が分かれていました(通常の指定席とグッズ付きのYZ席の2つでした)。ゲートが2つあるのですが、初日に入ったのが正面のメインゲート。時間帯によっては混みあうことがあるでしょう(なんせ、2万人動員するアリーナですからね)。入場時は、お時間に余裕を持ってはいることをお勧めします!

今回の座席、簡単に言えば3日かけて降っていくような形でした。

まずは、初日。この日は、最上階の7LEVELの26列目、最後列から3番目のあたりでした。

高いね、視界が

一番上の階なので、一部演出やモニターが見えなくなることがあるので、最上階のみモニターが配置されています(上記写真・左上に注目)。ここから、ライブの様子をリアルタイムで映して、見ることもできました。

次に、2日目。3LEVELの22列目・1階スタンド席の正面あたりの席でした!

うん、観やすい

実に観やすい(笑)
私が一番好きなアングルですね、全体演出とアーティスト本人がしっかりと目の当たりにできる席でした。

そして、最終日。
この日はYZ席・アリーナ席確約の席でした。

近けぇな、こりゃ

このアングルは、13列目の下手側。岩沢さん側ですね。すげぇ近かった、こんな席運よかったのここ数年なかったよな、って思うくらいに。

どの座席からも、いい感じに見えるのがこの会場の特徴。
全席がステージ正面に向いているので、ライブの観易さに特化しているのが、この会場の特徴のひとつ。

そして何より、音がいい。
音響設備も最先端のスピーカーを駆使しているそうで、1音1音がクリアにはっきりと聴こえる。重低音も、高音もしっかりと鳴るし、バンドのアンサンブルから弾き語りの繊細さまでをじっくりと堪能できるのが、この会場の音の良さだなぁと思ったね。

そんな3日間のライブ。
かつてないライブが幕をあけたのでした。。。!

"そのとき"が来た

大手音楽サイトや記事で、このライブのレポが多く記載されているのを読んでる方もきっと多いはず。ざっくりとした概要は、その辺を読めば十分わかるかと思います。

ただ、私がこのライブを書くのなら… 15年ゆずっこ(ゆずのファンの総称)をやってる身として、少しディープに、そして面白くまとめてみたい。

そして何よりもこのライブ、書きたいことが山のようにありすぎる!!

1回のライブでまとめられる量やキャパをはるかに超えてきているんですよ。恐ろしいことに。少なくとも、私がここ10年で観たゆずのライブの中で、一番の最高傑作が今回のKアリこけら落としライブだったと言えたし、今回のブログを書こうと決めたのは、なぜこのライブが「過去最高の傑作」だったのかの理由をまとめたかったからで。

だから、今回はその要点を順番にまとめていきたいです。

というか、今回私が書くのは「ライブレポ」というより、「ライブ考察」というほうが正しいです。この演出・曲目の意味とは…?ということを、自分なりに考えて、まとめていこうと思っております。

なので、わかりやすいレポはナ〇リーやSP●CEとかを読んでください。すげぇ、読みやすいしよくわかるので!!(笑)

さてさて、ここから本編を始めていきたい。

この3日間のライブの大きなハイライトとなった場面と言ったら、それはKアリのこけらが落とされた瞬間だろう。それは、Day-1「BLUE × FUTARI」公演の1曲目のシーンであった。

定刻を過ぎ、最新曲「ビューティフル」を軸にしたSEが会場内に響き渡る中、ギターを持った2人がステージに登場。ステージ先端にある花道まで進んだのち、2人は口元に人差し指を置き「静かに」という合図を出す。そして、この曲のフレーズを歌い出すのだった。

シュビドゥバー もしも願いが叶うなら
もう一度だけ聞かせて欲しい
みんなの"歌う声"

ゆず「シュビドゥバー」より(歌詞一部アレンジ有)

路上時代から歌い続けている楽曲「シュビドゥバー」マイクを通さずに、2人だけの声だけで歌い出した。
そして、最後の一行、通常の歌詞なら「みんなの笑う声」だが、そこを「歌う声」と綴った。その一言に呼応するように、Kアリーナに集まった2万人の観客が一緒に歌い始めた。

シュビドゥバー 忘れないで
あの時 僕らが誓った合言葉は…

ゆず「シュビドゥバー」より

そこから、ギターのストロークが鳴り始めた。
それは、有観客の前で初めて披露する楽曲のイントロだった。

2020年の誰にも会えない中での希望を願った。
誰かに再会し、一緒に歌う日を願った。
「そのときには」あんなことも、こんなこともしたい。

遂に、"そのとき"が来た。

朝の光浴びて「おはよう」「行ってきます」
何気ない日々 繰り返す喜び 噛み締めよう そのときには
変わらない仲間たち「久しぶり」「元気でいたかい?」
他愛もない 積もる話を 交わそうよ そのときには

ゆず「そのときには」より

このライブの1曲目がこの流れだったことが、はっきり言って完璧だった。これ以上に最高のライブの始まり方なんて、考えられなかったはず。路上時代からのスタンスを、"ゆずが地元・横浜でこけら落としという重役を担う"という事実と、数年ぶりとなる声出しOKのアリーナ公演を開催する。そんなお題をしっかりと提示し、応えきる最大級のアンサーが、「シュビドゥバー」からの「そのときには」という流れだったといえるはずだ。

実際にも、この日歌った「そのときには」でも、一部の歌詞を変えて歌う場面が目立った。"会いに行くよ"というフレーズを"会いに来たよ"と歌ったこと、特に最後の一行が全てを物語っていた。

腹の底から笑って叫んで 泣いたっていいんだ
顔を寄せ合い 抱きしめ合おう そしてありのままに 歌おう
そのときには そのときには
"そのとき" が来た

ゆず「そのときには」より(歌詞一部アレンジあり)

ギターをかき鳴らし、客席の後方と隅々まで眺めるステージ上の2人。

そう、遂に"そのとき"がやってきた。

やってきたんだよ。

長い長い数年間を潜り抜け、大きなアリーナで一緒に歌えるライブが。
待ちに待った、日本最大級の音楽アリーナが開業する瞬間が。

ギターのストロークが止む。
大きな拍手と歓声が、会場中を包み込む。

大きな祝祭の号砲は、そんな音楽とともに鳴らされたのだった。

歌声を響かせるDAY1

このこけら落とし公演、元々は初日「BLUE × FUTARI」と2日目「RED × ALL STARS」の2公演のみを予定していたため、今回は2公演の曲目を軸に今回の分析は展開していく。一部曲目を、3日目「BEAUTIFUL × FUTARI & ALL STARS」の項目に記載しようと思っている。

今回は、弾き語り公演とバンド公演の2つに展開されていたこともあり、2公演ともセットリストが全く異なる演目となっていた。重なっていた曲は僅か6曲(「栄光の架橋」、「タッタ」、「少年」、「夏色」、「ビューティフル」、「Frontier」)。つまり、それ以外が全く違うことから、それぞれの選曲とそれに沿った演出に、このライブの意図があったことが見て取れる。

まずは、初日・9月29日(金)に行われた「BLUE × FUTARI」公演から見ていこう。

声があるから聴こえる景色


このライブが弾き語り公演であること、極端なことを言ってしまえば、大掛かりな演出よりもゆずの2人だけの歌声とギター・タンバリンといった2人だけで鳴らす楽器の音だけで、ライブを展開しないといけなくなる。

故に、ここでの大きなキーワードは「観客の声」というものになる。バンドの演奏が強すぎて、客席の声が相殺されてしまうことも、ライブではよくあることだが、弾き語りライブになると、客席の声は時に大きな楽器にもなり、そして曲を華やかに彩るコーラスにもなる。また、手拍子はひとつのパーカッションとして、派手に曲を盛り上げてくれる作用がある。

初日の公演は、そんな「一緒に歌うこと・一緒に鳴らし合うこと」を軸にした選曲が多く目立ったように思えた。

「Kアリーナのこけら落とし、始まりということで」という一言で始まった「始まりの場所」は大きな手拍子の波が会場中に轟き、「眼差し」ではこぶしを突き上げたりBメロでのレスポンスが起きたりとギターと歌が力強く鳴れば鳴るほど、客席の熱も強く帯びて大きく呼応していく様が見て取れた。

中盤での「友達の唄」や「サヨナラバス」はステージ上のゆず2人と観客2万人による大合唱の嵐。ステージバックに合ったスクリーンにも歌詞が表記され、誰一人残さず歌声が会場中に響き渡っていた。

"この日のライブコンセプトだから"という理由で歌い始めた「青」は、この日のライブの大きな熱気のひとつのピークと言ってもよかったはず。私自身、客席の一番後方に居たはずなのに、歌声が前方からも後方からも、はたまた左右横から全方位で包み込んできたのは、この会場の特性だからとは言い切れないほどのライブの熱量を示す、大きなハイライトであったといってもよかった。

弾き語りだから見える音

一緒に歌う曲が目立つ半面、弾き語りだからこそ聞かせる曲が目立ったのもこの日のセットリスト。特に序盤の「境界線」や「イコール」にそのシーンがあったように思える。

ピアニカの音が壮大な海の景色を想起させるような「境界線」は、初期の隠れた名曲として多く支持されているナンバーのひとつ。一方の「イコール」は近年のアルバムの曲ながら、今のゆず2人の関係性やファンとの繋がりといった模様を映し出した1曲。この2曲は並列で並んで歌われたことが、ゆずのキャリアの長さや音楽が紡ぎ出した物語の滋味深さを感じて、感動する場面であった。

こういう静かな曲にこそ、会場の音の良さを感じることができたのも、こけら落としライブで感じていた景色のひとつだった。通常のアリーナ規模の会場は、そもそもが体育館としての機能がメインなこともあり、音響面に配慮された構図になっていないことが多い。故に、こういうギターの繊細な響きが柔く聴こえてしまう会場も少なくない。

このKアリーナがすごいなと感じたのは、そんな繊細な音のひとつひとつまでも、演出に魅せてしまうような良い音響設備にあった。力強いストロークから繊細なアルペジオまでも、クリアに、ハイレゾのイヤホンで聴く以上に鮮明な音で鼓膜を揺らしてきたのが、とても印象深かった。

全体的に繊細さが目立つような演目であった以上に、この日は声の響き・楽器の素朴な響きに重きを置いた夜であった。DAY1をひとつ俯瞰して思うのは、そんな景色であった。

アンサンブルを響かせるDAY2

翌・9月30日(土)に行われた「RED × ALL STARS」は、バンドとのライブに。

今回のサポートメンバーは、昨年のアリーナツアーを共にしたPEOPLE BAND(ギター・ベース・ドラム・2キーボード)を軸に、2018年の「BIG YELL」ツアーを共に回ったFIRE HORNS(サックス・トランペット・トロンボーン)に加え、なんと8年ぶりの参加となるバイオリン・佐藤帆乃佳や昨年のツアーにも参加したチェロ・結城貴弘(ペーター)率いるストリングスチーム(2バイオリン・ビオラ・チェロ)の全11人態勢。久々の大豪華編成バンドでのライブとなった(ちなみに、2日目のキーボードには磯貝サイモン・3日目にはバンドマスターの斎藤有太が務めていた)

でね、、、界隈を騒がせたのがこの日のセットリスト。
その理由って色々あると思う。まぁ、この3日間あったこけら落とし公演の中で一番倍率が高かったこと(土曜日だし一番集客しやすかったこともあるでしょう)から、観れないファンが多かったライブがこの日の演目だったといえるわけだし。

で、そのライブがはっきり言って「神セトリ」だった。
ゆずバンド総出で、Kアリーナのこけら落としをやる場合の、最適解であり最上級のアンサーを提示しきったのが、この日のセットリストだった。

何をもって最適解と言えたのか?
私個人的に、この2つの要素が起因していたのではと考えている。

バンドアンサンブルの最高傑作

なんといっても、死傷者が続出した 感動の声が多発した場面と言ったら、序盤のブロックの3曲。私自身も、こんなに攻めるとはと思った。事実、周りの仲いい子たちが"いつかライブで「from」聴いてみたい!"とか話すのを耳にしていたから、そのバイオリンのイントロが流れたときには、内心"よかったね"という気持ちになっていた。が、浮遊感のあるインストからの「彼方」に移行した瞬間、私は現実を受け止めきれず感動のあまり崩れ落ちた。ゆずのライブで、そんなこと経験するのは初めてだった。そして、トドメを刺すかのように「慈愛への旅路」が流れた途端、もう訳が分からなかった。思考回路はフリーズしていた。

「ここまでアルバム『2 -NI-』を攻めてくるのかよ…」

正直言って、その時は訳が分からなかった。
が、今になって思えば、その理由がはっきりと分かった。

このこけら落とし公演に一番求められていたピースこそ、アルバム『2 -NI-』にあったんだよなってことが。

この日のライブコンセプトが、バントとの共演にあるということは、バンドとして一番にならされるべき音像がはっきりとした作品からのチョイスが求められると思うわけで。それは、生身の楽器の音がはっきりと映し出された作品であり、かつ音の耐久性が頑丈でしっかりとした構造の楽曲がその舞台には必要だったからで。

アルバム『2 -NI-』が作り出された時期って、ゆずが"フォークデュオ"という枠組みから"J-POP"という立ち位置に進化しようとしていた頃だった。少なくとも、その当時のアルバム『WONDERFUL WORLD』(2008)、『FURUSATO』(2009)、『2 -NI-』(2011)以前の作品とこの3枚のアルバムの音って、全く違うものとなっている。この3作から、楽曲の作り方が変化し、ゆず自身も自らのスタジオを組むようになり、そこで音楽と向き合い、自身の楽曲を研磨していた時期の作品群が、この3作だった。

そして、その3作の中の最高傑作であり、一番にバンドの音とゆず自身の音を突き詰めた作品こそ『2-NI-』である。バイオリンをフューチャーしながらも美しいメロディー展開を示した「from」、当時としては斬新なラップ長を取り入れながらもリズムのタイトさやピアノの音といった楽器の繊細さをふんだんに織り込んだ「彼方」、そしてバンドアンサンブルやグルーヴ感を王道J-POPに落とし込んだ「慈愛への旅路」といった展開は、言うなればバンドアンサンブルとの響きを強く求めているこの日のライブに、一番求められているサウンドそのものであったわけだ。

来るべくして、この3曲が並んだと思うわけだし、この3曲に震える客席の耳も、確かに肥えているなぁと感じたのは、きっと私だけではないはず?

アルバムの音像・ライブの音像

転換のVTR以降の曲にも、DAY2ならではの選曲があったように思えた。それは「REASON」と「君を想う」で理解することができた。

それは、その曲の持つ背景を紐解いてみたらよくわかるかもしれない。まずは、「REASON」から見ていこう。

当時、人気アニメの主題歌として書き下ろされた今作は、人気プロデューサー・前山田健一との共作で作られたナンバーだ。この曲のCD音源を聞いてよくわかるのは、それまでのゆずの曲とは大きく違い、打ち込みの音が多用されているという点だ。ギターの生音は織り込まれているものの、基本的なビートやシンセサイザーの音はすべてデスクトップから打ち込まれたサウンドメイクであった。

こういう音作りをすると、大きく変わってくるのはライブの生バンドでセッションしたときに、どういう音で曲を鳴らす必要があるのか。極端なことを言えば、デスクトップで打ち込んだ音と実際の生音で譜面に書き下ろされた音では、同じメロディであってもバッキングは全く違う展開をすることも少なくはない。事実、「REASON」のドラムやベースの動きをCD音源とライブ音源で比べてみると、その違いがよく分かると思う。

何をここで言いたいのかと申せば、「REASON」あたりから、CDでの音作りライブでの音作りを一旦は切って離して曲を作るようになったのでは、という推測である。CD音源だからこそ、できる音のアプローチが多用できる一方で、同期以外の音をしっかりと肉付けしてライブの音として曲を再構築するアプローチが、この頃… ツアーでいえば2013年の「GO LAND」ツアーからよく見られるようになった印象がある。

そんな現行型のゆずの楽曲クリエイティブの大きなハイライトに位置する楽曲こそ、昨年リリースされた「君を想う」だ。この曲こそ、CD音源とライブ音源の違いが如実に出ている1曲だろう。単調なシンセサイザーや打ち込みの音を軸にしたCD音源と、ビート感が重厚でイントロの華やかさががっつりとしているライブの音の違いは、昨年のライブアルバムで確認することができる(そして、それを知っているリスナーもこのブログを読んでいる方には多いはず)。

個人的な感覚、声出しが叶うようになったシチュエーションで「君を想う」を聴いてみたい思いはあった。最後のワンフレーズなんか、客席と歌うことを想定して作ったことも想像できたし、それが叶ってこの曲はひとつ完成するのではないかという思いがあったからだ。

個人的に、それが叶えられたのはとても嬉しいことだった。
それと同時に、連作だったアルバム『PEOPLE』と『SEES』は近年のアルバムとしては、打ち込みの音も多用しつつも、全体的に楽器の音の響きを重用していているアルバムだったことを思い出した。それは、ライブのアプローチもCD上のアプローチも全体的に加味していて、その中での最適解を提示した作品がこの曲には詰まっているわけで。

つまり言えば、今のゆずのアンサンブルの最重要作であり、そのキーとなった「君を想う」は、DAY2には必須の存在だったといってもおかしくない。

序盤でバンドアンサンブルとしてのゆずの響きを提示したのなら、後半戦はライブとしてのゆずの響きを提示しきっていたんだなと感じたのでした。

言葉のメドレー・舞踏のメドレー

故郷の音=響

このライブの軸となった演目が、DAY1とDAY2それぞれにあった。
それが、後半戦で披露されたメドレーだ。

それぞれのメドレーは趣向も意図も異なる内容であった。
DAY1で披露されたメドレー「響語り」は、言葉に軸を置いたメドレーであった。ゆずのキャリアにおいて、キーポイントと言える位置にメッセージ性の強い楽曲、世情を現した歌詞が印象的なナンバーを発表してきたゆずならではの"言葉"にこだわったメドレーが、この日の「響語り」には見られた。

世界中で故郷(ふるさと)を奪われた人がいる
僕らの故郷 この国はどうなる?
思い描いていた未来に 僕らはいるだろうか?
音楽に何ができる? 僕たちに何ができる?
「見て見ぬフリをしよう」何度もそう思った
でも 湧き上がる思いを止められない

僕らが25年間に作ってきた楽曲を
みんなに今伝えたいメッセージを紡ぎました
世界の平和を願って 歌を 祈りを
ひとり一人の故郷に響かせて

ゆず「響語り」より

「郷」と「音」という漢字が重なり「響」という文字が浮かび上がったと同時に、メドレーの音が弾き語れた。

"この空を君も見ていますか?"という問いかけから始まった物語は、"君のために何が出来るのだろう"という自問自答へと進んでいく。メドレーの序盤に組まれた「はるか」と「Hey和」のフレーズの中には、見ている景色を問い、自分自身という存在の意義を見つめる瞬間が多い。

それは、背景にある映像が戦火の街を映していたことにも理由があるだろう。戦場にいる少年の涙、遠い静かな町にいる少女との対比。少女が祈りを込めて飛んで行った鳥たちは、戦場の少年のいる空を突き抜け、広い緑のある世界へと飛び立っていった。

さあ行こう 走り出した
列車に今飛び乗って
遠ざかる誰かの声
消えはしない孤独と共に

ゆず「1」より

物語はここから大きく転換していく。


様々な景色と飛び、生きている世界が"君と僕だけのもの"と気付いていく。どんな戦火の渦に飲まれようとも、分断の中に居ようとも、"たった1つの命"を、意味を与えられた思いを見失ってはいけないのだと。見て見ぬフリをしてはいけないのは、どんな情勢だろうとも失ってはいけないものが、何かあるのではないかという思いだったのではなかろうか?

与えられてきた 使命(いのち) 取り戻すのさ Roots
吹き抜ける風の中を 光と影を受け止めたなら
行こう 君と

ゆず「虹」より

虹色の照明と共に、ステージ上の景色は客席へと回っていく。
ともに行くのは、ひょっとしたらステージ上の2人と観客2万人の構図なのかもしれないが、そこには過去の不安や焦燥に駆られていた自分を受け入れて、ただともる祈るしかない未来を切り開いていくという選択をした"今"とともに進むという決意があったのだろう。

"僕等は1つ"
声はステージ上だけでなく、客席からも響き渡っていく。その声が想いを飛ばすかのように、鳥たちは自然のある木へとたどり着く。

この夢は空へ この身体(み)は大地へ
いつの日か還ってゆく
僕らはどんな 未来をあなたに
渡すことができるのだろう

ゆず「SEIMEI」より

このメドレーの核となった曲は、比較的近年の曲である「SEIMEI」だった。自然という摂理の中にいる自分自身、生きるというRoots(歴史)の中にいる自分自身を見た先にある答えは、"(生命は)絶えずに続いていく"ということだった。無数のレーザーの光の中に映し出される糸が絡み合った球体は今を生きる地球=故郷となっていく。

さあ一歩踏み出そう 伸びしろはきっと無限大
不可能の壁なんて超えてゆけ

ゆず「SEIMEI」より

見て見ぬフリをするんじゃない。
ただ祈ろう、ただ進んでいこう。
その先の積み重ねでしか、未来は存在しないんだから。

只々、素晴らしい故郷を、世界を願おう。
その願いはきっと、"虹色の明日へ"続いていくから。。。

虹色に包まれた光の先には、海岸の景色が映し出される。

朝陽は昇る 鳥達の声振り返る
同じ地球(ほし)のどこかで
この空を君も見ていますか?

ゆず「はるか」より

このフレーズは、「響語り」の最初に語られた一文だった。
思いが周り、繋がり合うように、少年と少女はめぐり逢った。
その先の未来は、どんな景色が待ち受けているのだろうか?

見えた物語はひとつと言えど、その先にある答えはきっと何十通りもあるはずだ。少なくとも、ここまで書いたメドレーの概略は、私自身が感じ取った「響語り」の全体図であり、ライブを観た人それぞれでその解釈はきっと違ってくるはずだ。

ただ、きっと共通して言えるのは、このメドレーがひとつの「生命讃歌」であったこと。今を生きるということの責任と尊ぶべきことを、約10分ほどのメドレーに紡いで、映し出されたわけだった。

PARTYに何をすがろうとするのか?

DAY1のメドレーの空気とは一変し、DAY2のメドレーは極端に言えばカオスに包まれていた。何故かステージ上の画面は、100年後の世界にワープしていたからだ。

球体上の生き物みたいなゆず太郎(らしき物体)は、どうやら10年後の世界の景色を憂いていた。その構図は、ここしばらくの世界情勢に似た構図だ… というよりなんだか悪化の一途を辿っているような気がする。どんな展開を持ってか、画面は"YZ-TARO"に検索をかけられていく。辿り着いたのは、2023年のKアリーナ横浜。その瞬間、100年後の未来と現在(2023年9月30日)の現在がコネクトした。未来の地球の平和を求めて(?)、100年前の世界(つまりは2023年・今いる現実世界)に、ゆず太郎はワープしていく。。。

その瞬間、ステージ上が赤く染まった。
「今からここでパーティーをやろうと思う」
北川悠仁(Vo/Gt)のその宣言に、会場中が轟いていく。

「ULTRA HIBIKI PARTY」と題されたこのメドレーは、プロデューサー・TeddyLoidを迎えた強烈かつ狂い尽くすようなダンスメドレーだった。何を求めて、100年後のゆず太郎(らしき物体)がそこにやってきたのか、因果関係はさっぱりわからない。でも… どうやらKアリーナはパーティーで踊り狂い始めようとしてるんですってよ。

PARTYは5つの景色を展開していった。
「IDOL」「HEALTH」「GAME」「LOVE」「VACATION」の5つに展開した音楽たちは、どうやら平和ボケ構図そのものだった。浮かれっぱなしの狂いっぱなし。どの単語の共通項を見出しても、それは平和というか… 荒んだ景色では見えないものを映し出しているように思えた。

、、、敢えてふざけた感じでこのメドレーの導入を書いてみたが、このメドレーこそ、DAY2の大きな肝となった演目だった。ゆずのライブと言ったら、会場全体で踊る様子も近年の目玉となっている。それの2023年版を映し出したメドレーが、今回の「ULTLA HIBIKI PARTY」であった。

近年組まれたメドレーって、どちらかと言ったら緩急のあるメドレーが多い。2018年の「BIG YELL」ツアーで組まれたメドレーは"歌合戦"と題して、歌う要素・踊る要素・聞かせる要素を織り交ぜた内容となっていた。はたまた、2021年の「謳おう」ツアーでは夏ソングという縛りで展開していたことも記憶に新しい。様々な要素をバランスよく組み合わせることで、メドレーという機能を保持していたような印象があった。

が、しかし。

このPARTYに、その方程式は一切通用しなかった。

テーマが"PARTY"、つまりは"踊り尽くせ・騒ぎ尽くせ"ってこと。
もしゆずが2万人と”PARTYしたのなら?"、そのアンサーは怒涛のダンスメドレーという演目として提示されてきたのだった。

キラキラのアイドルチューンが投影されたのは「恋、弾けました。」。この曲が、確かゆずとTeddyLoidとの絡みの1発目だったはず。TeddyLoidがDJとしてあがるのなら、やはりダンスチューンに特化した演目になるのは必須だろう。ストレスフルな社会を一掃(HEALTH)するのは「マスカット」。ステージ上はバンドの演奏と多くのダンサーがステージ上を、所狭しと踊り続けている。人数が人数だけに、やっぱり情報量が多い気がしてしまう。。

ゆずのダンス局の元祖と言ってもいい「言えずの♡アイ・ライク・ユー」も聴きどころ(踊りどころ)ではあったが、このメドレーで大きなハイライトになったのは、なんといっても「奇々怪界 -KIKIKAIKAI-」と「RAKUEN」だろう。昨年のツアーでも披露されていたが、満を持して声出しができるライブで披露された2曲のインパクトは強烈そのもの。というか、待ってました感もあったくらいに。掛け声がこんなに響くのかと、驚愕してしまうのもこの2曲にあった。

中盤の項目でこの2日目のライブが、アンサンブルの音を響かせるということに軸があったと書いたのだが、それの大きなファクターがこのPARTYにはあったように思えて。DAY1のライブで「声はひとつの楽器だ」と綴ったが、DAY2のライブでその言葉はより確固たる意味として機能していた。騒ぎ尽くしたらそれはノイズになるのかもしれないけれど、PARTYなんだからそれはひとつの共鳴音なんだと。まさに"HIBIKI"なんだと。

このメドレーで、オーディエンス2万人に火が灯ったのが見て取れた。敢えて、メドレーとは外れた話をするのだが、このメドレーの後には「少年」と「夏色」というゆず屈指のライブ定番曲(ならびにライブぶち上げソング)が待っていた。その火を最後まで燃やし続けていく、音の響きを轟かせて、炎にしてしまおう。もはや、ステージ上とフロアは音という炎の中にいた。現実世界なら、大火災並みになってしまうほどに。

まさに、この日が"RED"たる一番の理由がそこにはあった。
音楽が炊き上げる熱気の音、蒸しあがる歓声の炎。
その赤なのだと、"RED"なんだと証明しつくしたメドレーだった。

beautiful never give up

Kアリだから示せた演出

ここまでの項目で、結構DAY1とDAY2の演目を中心に書いてきたので、ここからはDAY3「BEAUTIFUL × FUTARI & ALL STARS」の内容を中心にまとめていきたい。序盤に書いたような”弾き語りだからこそ”とか"バンドだからこそ"という選曲よりかは、双方の演目の美味しいところをふんだんに詰め込んだ、いわば"ゆずライブのBEST of BEST"という内容となったライブが、DAY3の演目だった。

基本的な曲目は、2日間の選りすぐりというので、このパートでは演出面について少しふかぼってライブを見つめていきたい。

そもそもKアリーナ横浜の構造って、普通のアリーナとは大きく違う点が結構多い。特に、客席全体がステージ書面を向いているという点は、ステージ演出を作るうえで大きな要点であったことは否めないはずだ。

Kアリの座席表・アリーナというよりホールっぽい

よくあるアリーナ会場(横浜アリーナや大阪城ホールを例にしたらわかりやすい)は、客席・特にスタンド席はアリーナの中央に目線が向かうように席が配置されている。そもそも、アリーナってライブだけじゃなくてスポーツや式典といった様々な要素を加味して建設されるわけだから、席が向く方角が違うことなんて当たり前と言っていい。

目線が多く散ることも加味したうえでのステージングとなると、セットの奥行きを出したり、立体的かつ規模間を映すことで、ライブの演出を賄う傾向がある。それは、ゆずに限らず多くのアーティストに共通して言える傾向なのではないだろうか?

しかし、Kアリーナは全ての席がステージ正面に向くように設計されている。故に、アリーナ規模のライブであっても、ホールに似たような見え方がなされるわけで、その分演出のアプローチが変化していく。

そうなると、演出の見せ方にライブの満足度や評価基準が大きくのしかかってくるのは言うまでもない。さぁ、このライブをどう魅せようか?

そのアンサーは2つあった。

1つ目は、ステージのLEDスクリーンだ。
縦12メートル・幅42メートルという大画面をバックに配置。しかも、8分割できる可動式のスクリーンとなっていた。画面の使い方を駆使することで、曲の魅せ方をより切れのあるものの仕立てていた。

その例が、「うたエール」や「桜木町」には見えたはずだ。
最初にスクリーンを使った曲だった「うたエール」で、大画面に映るゆずの2人。「Kアリーナ!!」と叫ぶ北川悠仁と客席全体を眺める岩沢厚治(Vo/Gt)の姿が一斉に映し出されたことで、ライブの高揚感が一気に高まる。スクリーンを最初に使う曲で、インパクトの残し方は大きく変わる。それの最適解を、この曲で提示してしまったのだった。

(注・写真はDAY2の模様です)

また、中盤で披露された「桜木町」では、画面が8分割に動き横浜の街並みや演奏するステージ上の2人やバンドの様子が映し出されていた。近年のゆずのライブというと、大きなセットを用いる流れが多かったが、今回ほどスクリーンの魅せ方にこだわったライブは初だったのではないだろうか?

そして、2つ目の要素にパフォーマーの魅せ方があった。
今回のライブでは、およそ100人ほどのパフォーマーが参加して、曲を盛り上げていた。ステージ上だけでなく、バルコニーにもパフォーマーを配置し、ステージ全体の魅せ方を突き詰めていたのは、このライブの大きな要素であった。

というか、こういうやり方は恐らくKアリーナでしかできないはずだ。横アリや城ホでこういう演出をやるとなると、恐らく客席の通路に配置する流れになってしまうだろうし、そうなるとステージの魅せ方はおろか客席の視線が散ってしまい演出の最大効果を発揮できなくなるリスクがはらんでいる。

(注・写真はDAY2の模様です)

Kアリーナの特徴を駆使した演出は、はっきり言えばこのライブだからこそできたアプローチだった。ここだけの話、ゆずがKアリーナこけら落としをやった後に行われたライブの映像を何公演か観ることがあった。両方ともバンド系のライブだったのだが、やはりステージ上のスクリーンを使うことで魅せることが多かったように思えた。それは、派手なエンターテイメントを求めないスタイルだからというものもあるだろうが、はっきり言ってKアリーナここまでエンターテイメントし切ったのは、現状ゆずしかいないのは事実。これを越えるやべぇものが、Kアリで示せるのだろうか…?

何が一番"ビューティフル"だったのか

この3daysのライブのメインとなった曲こそ、最新曲「ビューティフル」だ。CMソングに起用されたこともあり、話題となった1曲だ。

このライブ自体、この曲に引っ張られて構築していた部分が大きかった。最多数のパフォーマーを配置した演出や大量の紙吹雪が舞う演出、ライブのリード曲としての役割がこの曲にはあった。

この曲自体、サビで"Beautiful…"と連呼するように、演出も美しく、はたまたステージ全体的にその色に染まる景色が印象的だったのは言うまでもない。

ただ、少し引っかかることがあった。
何をもって「ビューティフル」といえるのだろうか、と。

生きていること、この世界のこと、はたまた身近にある景色… ひとつひとつに美しいという言葉を冠することはできるだろう。少なくとも、曲の中では困難を越えていく様を"BEAUTIFUL"と讃えている。

ただ、このライブにおける"BEAUTIFUL"ってライブの瞬間を映し出していたのではないかと思えるわけで。そもそも、このライブへの道のりってゆず本人にしてみても、観客ひとり一人にしてみても、はたまたKアリーナが建設する道のりにしてみても、どこかに困難や壁は存在していたのは間違いのないことで。

典型的な例が、昨今の新型ウイルスによる緊急事態宣言や分断だろう。一時は、音楽ですら"不要不急"という各印が押されてしまい、存在意義すら問われる瞬間すらあった。

ただ、音楽を止めなかった、諦めなかった。
どういう形であれ、守りたいものを守り続けた。
それぞれの足並みで、やり方で。

それは確かに実った。
時間はかかったけど、再び掴み取れた景色がそこにはあった。

新曲「ビューティフル」と同様に、その景色が映し出されたのはDAY1でいうところの2曲目、そしてDAY2,3でのアンコール最後の曲。「俺たちを支えてきた曲」は言うまでもなく、観客自身の今までを支えてきた曲だった。もはや、曲名を言うまでもないアンセム。その曲の大合唱は、まさにライブタイトルである"HIBIKI"そのものだったし、"BEAUTIFUL"そのものだった。

いくつもの日々を越えて
辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと
終わらないその旅へと
君の心へ続く架橋へと

ゆず「栄光の架橋」より

このライブ自体が、間違いなく"BEAUTIFUL"だった。

響き渡った声、演出、思い、時間軸…
どれを切り取っても、美しかったといえる証明だったと思うし、どれか一つを無くしたら、そんな景色は絶対に叶わなかったはず。ステージ上の2人も、バンドメンバーも、パフォーマーも、観客も、スタッフも、そしてこのライブに携わった、関わった全ての人や事象が、、確かに"BEAUTIFUL"そのものであったのだ。

昔、私自身が見ていたとある音楽番組で「ライフとライブを繋ぐ点・ひとつが私でひとつがあなた」と某アーティストが話していたシーンを思い出した。"フ"というワード濁音の点2つにアーティストとファンの関係性を映し出した言葉だった。

なんか、この日のライブって全てはそういう関係性を見たような感覚を覚えた。何か一つを無くしたら成り立たない方程式、結晶のようなものを。どれかを無くしたら崩れ去ってしまうから、無くさないように忘れないように、ポケットにしまい、頭の中のメモ帳に書き殴ったこと。

それをライブの帰り道に、そして数日後の生活の中で広げてみてみたら、あまりにも美しすぎた。綺麗だった。今までのライブでは感じたことのないくらいに、それが輝いていた。

少なくとも、私の中にあった”BEAUTIFUL”とはそういうものだった。

これを読んでいるあなたには、このライブがどう映ったのだろう?

ひとり一人の中にある”BEAUTIFUL”を抱えて、そしてまた生きるという日々に戻っていく。人生なんて、きっとそんなものなのかもしれない。

それがなんて素晴らしいことなのだろう。
ライブが終わり振り返る中で感じたのは、そんな事実だった。

気付けば、カレンダーは10月14日の深夜1時を指していた。
サブリーダー岩沢厚治の47歳の誕生日。
僭越ながら、私の25歳のバースデー。

(↑岩沢さん、お誕生日おめでとうございます。このバックハグ、DAY1の大きなハイライトでしたね)

毎度、ブログを書くのには時間がかかるが、このライブをまとめるには、どうしてもこれだけの時間と分量が必要だった。最後まで読んでくれたあなた、ど変態ですね

有難いです。
感謝しても、し尽くせないです。

こんな素敵な音楽に出会えただけで、私の人生は上がりみたいなものです。このライブ・3daysを目の当たりにできて良かった。そう思います。

最終日のアンコールで、11月にアンコール公演を行うことが発表された。生憎、私はその2日間とも別件のライブが控えていたので、私の中でのゆずKアリライブはこの3daysで完遂となりました。

なんか、この記憶だけで年末まで食っていけそうな気がしてます。それだけのものに、まだ出会えたんだよな。幸せ者です、私はどうやら。

読んでくれたあなたに、愛と感謝を込めて。

((3日間のセットリスト))

YUZU SPECIAL LIVE 2023
HIBIKI in K-Arena Yokohama

・DAY1 BLUE × FUTARI

2023.09.29(金) Kアリーナ横浜
開演 18:40  終演 20:47

01, シュビドゥバー〜そのときには
02, 栄光の架橋
03, 始まりの場所
04, 遊園地
05, 境界線
06, イコール
07, 眼差し
08, する〜
09, タッタ
10, 友達の唄
11, サヨナラバス
12, 贈る詩
13, 青
14, 響語り (メドレー)
・はるか
・Hey和
・1
・虹
・SEIMEI
・はるか
15, 少年
16, 夏色

EN1, ビューティフル
EN2, Frontier

・DAY2 RED × ALL STARS

2023.09.30(土) Kアリーナ横浜
開演 18:38  終演 20:52

01, ヒカレ
02, うたエール
03, 公私混同
04, from
05, 彼方
06, 慈愛への旅路
07, 桜木町
08, タッタ
09, 夢の地図
10, REASON
11, 君を想う
12, 雨のち晴レルヤ
13, ULTLA HIBIKI PARTY
・恋、弾けました。
・マスカット
・奇々怪界 -KIKIKAIKAI-
・言えずの♡アイ・ライク・ユー
・RAKUEN
14, 少年
15, 夏色
16, ビューティフル

EN1, Frontier
EN2, 栄光の架橋

・DAY3 BEAUTIFUL × FUTARI & ALL STARS

2023.10.01(日) Kアリーナ横浜
開演 17:45  終演 20:06

01, ヒカレ
02, うたエール
03, 贈る詩
04, サヨナラバス
05, 響語り
・はるか
・Hey和
・1
・虹
・SEIMEI
・はるか
06, 桜木町
07, タッタ
08, 夢の地図
09, REASON
10, 君を想う
11, 雨のち晴レルヤ
12, ULTLA HIBIKI PARTY
・恋、弾けました。
・マスカット
・奇々怪界 -KIKIKAIKAI-
・言えずの♡アイ・ライク・ユー
・RAKUEN
13, 少年
14, 夏色
15, ビューティフル

EN1, Frontier
EN2, 栄光の架橋

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?