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【AZアーカイブ】つかいま1/2 第十二話 人魚の肉

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「その肉を食らえば不老不死となり、死ぬほどの傷を受けても必ず治る、とか」

モット邸の地下大浴場で、乱馬とルイズはシエスタを救い出した。だがそこには、異様なものがいた。『なりそこない』と呼ばれる化け物と、『波濤』の二つ名を持つ中年貴族、ジュール・ド・モット伯爵。多くの平民の娘を攫い、なぶりものにしていたという噂だが……まさか。
「モットの傷が、消えた……!」
「てめえ……食ったんだな? その《人魚の肉》とやらを!」

ひへっ、とモットが笑う。目がぎょろりと大きく、牙の並んだ口から吐く息は魚臭い。
「ああ、食ったさ。お蔭で私はこの通り、不老不死の身となった。幸い、私は適性があった。水のトライアングル・メイジであることがよかったのかも知れぬ」
ルイズが青い顔をして、乱馬にしがみつく。剣を構える乱馬の顔にも脂汗が滲む。

「《人魚の肉》は人体を大きく変化させる秘薬ゆえ、毒性も強い。適性のない者が口にすると、毒が回って即死するか、この通り化け物になってしまうのさ。理性も知性もない、ただ生き続け、人肉を求めて暴れ続ける、醜い怪物……『なりそこない』に」

浴槽の中では、『なりそこない』が蹲っている。そいつは切り落とされた右手を拾い、元通りにくっつけて立ち上がる。乱馬は失神しているシエスタにメイド服を被せ、ルイズに預けて下がらせる。ここは地下、出入り口はモットたちの背後にある一箇所のみ。どうにかこの場を切り抜けねばならない。

「人肉……! じゃあ、その怪物は、てめえが作った失敗作か!」
「まあ、そんなところだ。昨日は随分ご活躍だったね、ミス・ヴァリエールにミス・ランマ。噂どおり女から男に変身するとは、興味深いが……いかに公爵家の令嬢とその従者でも、貴族の邸宅に武装して侵入するとは、無礼ではないかな? どうせそこのメイドを取り戻しに来たのだろう、君らも密かに始末させてもらおう」

モットは自分の杖を振り上げ、浴槽の湯を何条もの槍に変えて放った。
「ルイズ、危ねえっ!」
乱馬はルイズとシエスタを抱きかかえ、超人的な跳躍でモットの攻撃を回避する。直撃すれば、人間の体など容易く貫くであろう威力だ。隠し持っていたナイフを数本、顔面めがけて投げつけるが、奴らは不死身だ。距離を取ればモットの魔法が、近付けば怪物の爪が襲ってくる。

「これだけの『水』がある場所で、『ゼロ』と平民がトライアングル・メイジに敵うはずはなかろう? 大人しく殺されて、私どもの昼食になってくれんかなあ。証拠も残さず食べてやるよ」

乱馬が、ぴくっと反応する。
「私ども? ……てめえも人食いかよ! ふざけんなぁ!!」

「不老不死になったはいいが、不完全でね。人肉や《人魚の肉》や、『なりそこない』の肉を食わないと、飢えがどうしても満たされないんだ。頼むよ、数ヶ月に一度のことだからさあ」
モットのおぞましい答えに、震えながらルイズもたずねる。
「……モット、あんたがそこの『なりそこない』を食べないのは……まさか」

「あれは、私の妻だ。死に病に取りつかれているときに、とある筋から《人魚の肉》を手に入れた。せっかくだから、私も食べてみたら、この有様だよ。それに段々、私も妻に近づいてきた……」

その時、一陣の風が吹き込んできた!
「『エア・カッター』!!」
「ぐげっ」
水平に放たれた風の刃は、モットと妻の背中に深手を負わせる。ばしゃんと二匹は前のめりに倒れた。浴場の扉を開けたのは、見覚えのある男。

「ワルド!! ど、どうしてここに?」
「間に合ったか、なによりだ。枢機卿からモット伯の様子がおかしいと聞いてね、調査を始めていたんだ。そうしたら、君たちがモットの屋敷に行ったというじゃないか。急いで駆けつけたんだよ。まったく、僕に一言告げてくれればよいものを」

これは強力な助っ人だ。乱馬の顔にも、強気な笑みが浮かぶ。
「へっ、シャクだけど助かったぜ。あいつらはもう……化け物だ」
「……ああ。これが、こいつのやっていたことだ。好色な貴族を演じて平民の女を集め、密かに食料や人体実験の材料にしては、始末していたわけだ」
「じ、人体実験……!?」

むくりとモットが起き上がる。背中の傷口は、どんどん塞がっていく。
「ひへっ、そうだよ。水の系統の本質は『心身の変化』、その知識で研究を続けておったが、けっこう苦労していたんだ。《人魚の肉》はそのままでは毒が強くて、なかなか不死身にはなれないし、調理したりしてみても毒は消しにくい。毒がなくなるとただの魚の肉ってことだし、毒にも薬にもなるとは、このことよのぉ」
「……許さない。命を侮辱しているわ、あんたの行為は」

ルイズの感想に、ワルドも肯く。
「それに奴は『売国奴』だ。アルビオンの反政府勢力《レコン・キスタ》との繋がりも掴んだ。奴らが化け物になったのも、おそらくは……」
「よく調べ上げていたもんだ。その通り、私は《レコン・キスタ》の一員さ。人魚が漂着したというダングルテールには、アルビオンの移民が住み着いていたからなあ」

話を聞き終わり、ワルドが杖の先を、すっと化け物たちに向ける。
「事情は分かった。お前たちはこの場で始末する、モット夫妻」

「始末? あいつらは不死身なのよ、ワルド!」
「さっきモットの部屋に忍び込んで、研究記録を漁ってみた。胸糞が悪くなるようだったが、弱点は見つけたよ」
「それはいったい……」

にっ、とワルドが笑う。戦い慣れした、精悍な鷹のような顔つきだ。
「簡単だ。首を刎ねるか、灰になるまで焼き尽くすかすれば、あれらでも死ぬ。僕が風の刃で、奴らの首を刎ね飛ばせばいいということだ。ミス……今は男だが、ミス・ランマ。危険だからルイズとメイドを連れて、下がっていたまえ」

化け物とは言え、殺しはしたくない乱馬にとっては、悔しいようなほっとしたような話だ。だが、気にかかることがある。
「なあ、ひとついいか? あんた、わざわざモットの部屋で調べものをしてから、ここへ来たってのか?」
「いや、今まで『もう一人の僕』がモットの部屋にいたのだよ。まあ見ているがいい、風の系統の上位魔法、『遍在(ユビキタス)』を……」

ワルドが呪文を唱えると、ズズッと彼の姿が増えていく。たちまちモット夫妻の前に、5人のワルドが現れた。
「「風はあらゆる場所に吹き渡る。その系統をきわめた者は、自らの分身をも作り出せるのさ! 喰らえ化け物ども、『ライトニング・クラウド』!!」」

ワルドたちが杖から稲妻を放ち、浴槽の中の怪物たちを感電させる!!
「「が・ああああああ!!」」

「今だ、『エア・カッター』!!」

ドッ、と鈍い音がして、二匹の化け物の首が飛んだ。血飛沫が飛び散り、バチャッと首のない死骸が浴槽に倒れる。

「……し、死んだの?」
「ああ、動かなくなった。……だが安心はできんな、あとで焼いて灰にしよう。危険な存在だから、アカデミーに渡すわけにもいかないな。このあとの処理は、僕が枢機卿に連絡して詔勅を頼む。部下にこの屋敷を制圧させておくよ。ルイズ、ミス・ランマ、君たちはメイドとともに、急いで学院に帰りたまえ」

乱馬は唇を噛み締め、拳を握り締める。
「《レコン・キスタ》って奴らは、こんな酷いことをする連中なのか……」
「ああ、そういう奴らさ。六千年続いた始祖ブリミル以来の王権を否定し、異常な革命思想に凝り固まっている。それにアルビオンのみならず、ハルケギニア全土の反王権貴族を繋ぐ秘密結社でもある。実を言えば、僕も昔勧誘されたんだが、断ったよ」

ワルドが眉を吊り上げ、胸に下げた銀細工のロケットを握り締める。
「亡くなった両親を生き返らせ、永遠の命を与えてやろう、などとぬかしたのでな!! こんな事だったか!!」

やがてワルドの部下たちがモットの屋敷に突入し、使用人たちの身柄を確保する。後始末を彼らに任せ、らんまとルイズは、シエスタとともに学院に帰還することにした。ワルドがねぎらいの言葉をかけ、今後の行動について連絡する。

「ルイズ、ミス・ランマ。とにかく今日は休み、明日の朝ラ・ロシェールへ出発しよう。そこからアルビオンのスカボロー港へ行き、ニューカッスル城へどうにかして潜入する。途中で《王党派》と接触できれば、ニューカッスルまで直行できるかも知れんが……」

そして、その日の夜。らんまは夕食を済ませてからも厨房に居座っている。
シエスタもマルトーも大歓迎だ。心配したルイズもついでに来ている。
「……ちぇっ、フーケの時は良牙に助けられたし、今回はワルドにいいとこを持って行かれちまったな。俺が自力で倒したのは、まだギーシュだけかよ。面白くねえ……」

「いいんじゃない、トライアングル・メイジに武器だけじゃ、対抗するのは無理な話よ。私の護衛としてはよくやったわ、ランマ。かっこよかったわよ」
「そ、そうですわ! ランマさんは、私の命の恩人です! 人の命を奪うより、命を救うほうが尊いに決まっていますわ!」
「おうよ! すげえじゃねえか、貴族の陰謀を暴いて大立ち回りをやらかして、シエスタを連れ戻してくるなんてよ! やっぱりおめえは『我らの剣』だぜ、ランマ!!」
ルイズ、シエスタ、マルトー。三者三様に、口々にらんまを誉めそやす。不機嫌だったらんまは自信を取り戻した。

「はは、くすぐってえな。じゃあシエスタさん、明日の朝は早めに出発するんで、よろしく。ご主人様にくっついての旅行で、一週間ぐらい留守にしますから」
「まあ、大変! 一日分でもお弁当作りましょうか?」

シエスタに世話を焼かれるらんまを見て、今度はルイズが不機嫌になる。
「……ふんだ、モテモテねランマ。女のくせに、女の子とベタベタしちゃって」
「へっ、妬いてんのかよご主人様っ。男嫌いの女好きだもんなっ」
「え゛、ミス・ヴァリエールにそんなご趣味が……」
「ちちち違うわよっ! ランマ、あんた帰ったらしばらくご飯抜きっ!」
「いいですわよー、シエスタさんに食べさせてもらいますもの、ほーほほほほ」

ぷち、とルイズが軽く切れた。
「でええい、あんたはもっと男らしくしなさいっ!! おおおお男女!!」
「俺はおと……女でいっ!!」
「お二人とも落ち着いて、何を言っているのかよく分かりませんわ」

ギャーギャー騒がしくするうちに、ルイズもらんまもいつもの調子を取り戻す。いよいよ明日から、アルビオン潜入の秘密任務が始まるのだ。

翌朝。ルイズとワルド、それにらんまは、学院の正門前に集合し、ラ・ロシェールへ出発した。乗るのは馬ではなく、ワルドのグリフォンだ。これなら馬よりよほど速いし、揺れも少ない。

「でも大丈夫かな、三人も乗っけてよー」
「ハハハ、僕はともかく、君たち二人は羽のように軽いから大丈夫さ! 振り落とされないよう、僕にしっかり掴まっていたまえ!」
「遠慮しとくぜ。デルフも持ったし、一応良牙もブタのまま連れてきたけど、まだ目を覚まさねえな」
ひょいとらんまが、荷物から『Pちゃん』を取り出す。それを見て、ワルドが頭を掻く。

「いやあ、まさかそのブタが、あの無礼なバンダナ男だったとはね。ミス・ランマの友人に悪い事をした、ラ・ロシェールで治療薬を買うよ。どうせ『スヴェルの夜』までには少し間があるし、英気を養ってからアルビオンへ行くとしよう」
「そうね、モットの事件で疲れているし。軍資金は大丈夫なの?」
「任せておきたまえ、僕のルイズ。一番上等な宿屋を取ってあげるさ」

その頃、トリステイン魔法学院の、タバサの部屋では。
「タバサ! ねぇタバサ! シルフィードを出して、ルイズたちを追いかけましょうよ!!」
「私も疲れている。休ませて」
タバサはガリア王国の『北花壇騎士』であり、無理難題じみた困難な任務にいつも駆り出される。昨日も地下の非合法カジノに潜入し、その謎を暴いてきたところなのだ。しかしキュルケは諦めない。

「むうーっ、あのワルド子爵っていい男が気になるのよ! タバサは興味ないの?」「ない」
「……そうねえ、じゃあ『はしばみ草』を一か月分プレゼントするから、どう?」「分かった」
色気より食い気だ。あっさりとタバサはOKし、窓の外に使い魔の風竜シルフィードを呼び寄せる。と、そこへ現れたのは、金髪の色男ギーシュ・ド・グラモンだ。

「やあ諸君、おはよう! こんな朝早くからお出かけかい? どうせルイズとミス・ランマを追いかけるんだろ、僕も連れて行ってくれないかな? このヴェルダンデくんの鼻があれば、彼女たちを追跡するのは容易い事さ」

「でえっ、ギーシュ……ま、いいか。じゃあ、ギーシュもシルフィードに乗りなさいな」
「ヴェルダンデは別行動させて。重いから」
「きゅいきゅい!」

かくして、三人はルイズたちを追跡する事になった。

さて、目指すアルビオン大陸のニューカッスル城では、《レコン・キスタ》による攻撃が激しさを増していた。巨大戦艦『レキシントン』を始め、アルビオンの誇る強大な空軍力はことごとく彼らの手中に落ち、全土からこの地に集結した軍勢は万を持って数えるほどだ。

テューダー王家の皇太子ウェールズは、城の窓辺から外を眺め、端正な顔に苦渋の色を浮かべる。
「残るは僅か300名と、この小型船『イーグル』だけか。絶体絶命だな」
「否! ウェールズよ、戦は数ばかりが勝ちに繋がるとは限らんぞ。いつ如何なる時も勝機を見出し、あらゆる汚い手段を用いても生き抜くのじゃ! 我らアルビオンのテューダー王家は、六千年の長きにわたりそうやって存続してきたのじゃからのう! ……あ、それビンゴ」(パチッ)

ウェールズは、苦渋の色をより深め、背後の父につっこみをいれる。
「父上……お言葉はご立派ですが、何をしておいでで?」
「侍従のパリーと賭けチェスをしておる。ほーれ、そちの負けじゃー」
「陛下、ご無礼ながら先ほど、イカサマをなさいましたな?」
「なーんの事じゃー? バレねばイカサマではないわ、見破ってみい。次はポーカーで勝負しようかのう、ひょーひょひょひょひょ」

彼こそはアルビオン王国の国王、ジェームズ一世『博打王』。無類の博打好きで悪名高い。老いたりとは言えその眼光は炯炯として、感情を表に出しやすく、性格はせこくて馬鹿。対面すればその独特の顔は、人を笑わせずにはおれないものがある。ウェールズは振り返り、怒りに震えてゲーム盤をばんと叩いた。

「ち・ち・う・え!! あーなたがそーんな調子だから、貴族どもに侮られ、今日のような国家存亡の危機を招いたのですぞ!! 猛省してくださいっ!!」
「ふふふふふ、博打とは怖いものよのう。国庫は火の車が猛回転しておったし」
「その上、相場に陛下自ら手をお出しになるからですぞっ。とほほほ、屋台骨が腐っておりましたわい」

国を憂い嘆く老侍従のパリー。ふー、とウェールズは溜息をつき、自力で何とかする方法を思いつく。
「パリー、将兵の中から人相の良くないのを集めて来い。『イーグル』を空賊船に仕立てて、物資を奪ってくる。我らの先祖もそうやって急場をしのいだものだからな」
「承知いたしました、ウェールズ殿下」
「ほほほ、頼もしいぞ、わが息子よ! 天晴れ天晴れ」

はしゃぐ博打王ジェームズに、ウェールズとパリーは、もう一度盛大な溜息をついた。

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