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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第十一章&第十二章 メシヤ&買物

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【第十一章 メシヤ】

あれから三日経った。あいつを召喚してから五日目か。

ギーシュは一時危篤状態に陥り、今も面会謝絶だ。蛙とネズミの毒が効いたらしい。モンモランシーはドブ川の腐ったような目をして使い魔の蛙に話しかけてばかりだ。二人とも精神的に再起不能じゃないかしら。

マツシタの奴は、召喚二日目のあの事件の張本人として、学院中から一目置かれるようになった。学院長オールド・オスマン自ら、コルベール先生や秘書のミス・ロングビルとともに、あの事件のすぐ後に飛んできて事の収拾に努めていた。そのせいか、マツシタにも主人の私にも、別にお咎めはない。一応マツシタも、私の身の回りの世話をしてくれてはいるし。

西方の貴族とは関係ない『東方』出身の魔法使いで、平民どもにやけに肩入れすることから、一部の平民の間では『我らのメシヤ(救世主)』とか呼ばれているらしい。シエスタとかいうあのメイドと、料理長のマルトーが主な崇拝者だ。……本当に『崇拝』なのよね。新興宗教にはまった人間みたいに盲信してるわ。目が異様に輝いてるし。

いや、あれはまぎれもなく新興宗教だわ。学院の平民と下級貴族と、なぜか使い魔を、空いた部屋に集めて説教を行い、信者を数十人も集め始めたらしい。何様のつもりよ、使い魔の分際で。

「我らのメシヤ!! 主よ、お慈悲を!!」
「メシヤ万歳!! 人民の偉大なる救い手、万歳!!」
「千年王国を築こう! 我々の、生きとし生けるものの楽園を!!」
「「AMEN! AMEN!」」

ああ、またやってる。始祖ブリミルへの信仰を捨てたら異端審問で殺されるのに。……それって私もやばいんじゃないかしら。『東方』の宗教なんか持ち込むな、あの馬鹿。これも学院長たちが外部へ漏れないよう隠蔽しているのかなあ。

……はぁ。寝よう。

「ふうーむ、やはりあの少年の右手のルーンは……伝説の使い魔『ヴィンダールヴ』に刻まれていたものと同じであったのう」

トリステイン魔法学院長オールド・オスマンが、コルベールに呟く。御年200歳とも、300歳とも呼ばれる伝説のスクウェアメイジ。しかし普段はただのスケベで曖昧なボケ老人である。

「そのようですね、オールド・オスマン。あなたの使い魔も巻き込まれていましたよ」
「う、うむ……ほれ、『遠見の鏡』だけでは見えにくいところもあったじゃろ? つまり、その、角度とか」
「女子生徒のスカートの下を覗くのは自重して頂きたいものですな」

彼の使い魔、ハツカネズミのモートソグニルも、あの騒動に巻き込まれたのだ。あの少年の右手に触れられた瞬間コントロールを離れ、学院中のネズミどもを集めさせられたらしい。いくらか幻術で増やしたようだったが。おかげで学院内からネズミがほとんどいなくなり、厨房では喜んでいる。ただ、しばらく学院の庭に黄色い蛙が増えていた。

「『ヴィンダールヴ』はあらゆる獣を操るとか。その力に彼の『先住魔法』が加わるとなると…あれで済んでまだましだったかも知れませんね」
「そうじゃな。しばらくは様子見じゃ。あまり危険なようなら……」
「……ところで、オールド・オスマン。あなたの使い魔はまたどこへいったのです?」
「ふぉふぉふぉ、学院内の夜の視察じゃよ」

今日の説教を終えた松下は、寝床であるルイズの部屋へ戻っていく。その途中、ある部屋の前に、見覚えのある赤い爬虫類がうずくまっていた。

「これはキュルケの使い魔の、フレイムだな。……きみはまだ説教に参加していないね」
問いかけにうなずき、部屋のドアを前脚でノックするフレイム。
「入れと言っているのか? ここは確か……なんだ、キュルケの部屋か」

鍵はかかっていない。松下はドアを開き、中を窺う。
「失礼、松下だが何か用かい? ルイズの子守もあるんだが……」
室内には蝋燭も点っているがかなり暗く、全体に甘い香りが漂う。男女の体臭も混じっている。
「ふふふ、いらっしゃあいマツシタくん」
部屋の奥から現れたのは、扇情的な格好をした長身の女性。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーであった。

「ようこそ、私のスイートルームへ。ちょっとお友達が来ていたから散らかっているけど、気にしないでね。次が来るまでまだ時間があるから」
汗に濡れた髪をかきあげ、なまめかしい視線を送る。
「きみは、ぼくのような子供にも欲情するのか? 『微熱』のキュルケ」

松下はおっそろしく醒めている。恋愛フラグなどという生ぬるいものは彼には存在しない。あのロベスピエールの如く、ひょっとしたら一生童貞だ。
「さすがに一桁の子には手を出さないわよ。9年か10年もすれば、けっこういい男になりそうだけどね、マツシタくん。うふふふふ」

多淫な性格に難はあるが、実力は火のトライアングルという大物だ。実家は隣国ゲルマニアの金持ちの貴族。人気と人脈もあり、味方にしておいて損はない。
「では、何の用だ?」
「あのギーシュとの決闘のとき、凄かったわね。『東方』のメイジなんですって? 最後はとんでもないことになったけど、感心しちゃったの。賭けの胴元として儲けさせてもらったお礼もまだだし、お話したいなあなんて」
普通に話していても、無駄に色気を振りまいてしなだれかかってくる。『お友達』とだいぶお楽しみだったのか。

「ねえ、あなたは何を企んでいるの? 変な集会とかを開いているみたいだけど」
「きみも参加したまえ。この世界を塗り替えるような大事業だ」
「……へえ? 面白そうね。その色は黄色?赤? 私は情熱の赤が好みよ」

「ただひとつの色で塗り替えるのは味気ない。人民が退屈してしまうよ。個人や文化の多様性を保ちながら全体の調和の絵を描き出すような……そう、例えばジョルジュ・スーラの点描法のような……いや、それでは『塗り替える』とは言えないかな、はははは」
こいつは本当に8歳児か。なにやら高尚で物騒な方向へ話が進んでいく。そこへ、ドタドタと誰かが近づく音。バタン、とドアの開く音。

「キュルケ!! 入るわよ!!」「あら? ルイズじゃない。何か用?」
「………っ!!!! ツツツツツツェルプストー、誰の使い魔に手を出してるのよ!! マツシタもぉっ、なんか夢見が悪いから来てみたらあんたったら! こンのマセガキ! キュルケとなにしてたのよ! ふしだらだわ!」

赤面したルイズがまくしたてる。ひどい誤解だ。もっともキュルケの格好が格好だけに、否定しても説得力がない。
(やれやれ、面倒になってきたな)

「ルイズ」
「なによ!! この盛りのついた馬鹿犬!!」
「その……きみ……ひょっとして……処女かな?」

プッツゥゥゥーーーーン

ルイズ:直後、キュルケの部屋で爆発を連発する。
キュルケ:フレイムに必死でルイズを止めさせ、マジックバリアを張る。
松下:キュルケと家具を盾に窓から逃走。翌朝、一ヶ月ご飯抜きの刑に処せられるが、全く痛くも痒くもないので乗馬用鞭で百叩きの刑に変更。魔法で鞭を猫じゃらしに変えたのであまり痛くなかった。むしろ和んだ。

【第十二章 買物】

今日は『虚無の曜日』、つまりは休日だ。ルイズは、朝の着替えと朝食を終えると「町に行くわよ!」などと言い出した。欲しい物を買ってくれるということらしい。どういう風の吹き回しか。
「いろいろ必要なものも欲しかったところだ。ちょうどいい、行こう」
学院に篭ってばかりでなく、そろそろ外界の様子も観察する必要がある。

(鞭ばかりでもなんだしね…効いてなかったけど。それに、こういうことで恩を売っておかないと、なんというかよくわかんないけど、『赤い』ことをされそうな気がするのよね…)

ルイズは『蛙男』ケロヤマの夢を見てから、ある種の霊感……というより、危険察知能力が向上している。
(どーせなら魔法も使えるようになればいいのに。使い魔の方が凄いメイジってなんかイヤ……)

「お出かけですか? 我らのメシヤ」
「おはよう、シエスタ。御主人様がぼくに何か買ってくれるそうでね。これから街へ出かけるところだ」
「かしこまりました。すぐ馬丁に馬を用意させます」
メイドのシエスタは、いまやマツシタの熱心な信者だ。あの蛙男みたいな高等な従僕……使徒、という事なのだろうか。魔法の一つも使えない平民のくせに……いや、私も使えないのよね……。

「でもメシヤ、あなたのような偉大な方が使い魔だなんて」
「いやいや、人の上に立つ者は全体の奉仕者でなくてはね。いい修行になる。かんしゃく持ちの小娘の子守ぐらい、どうということはないさ」
「さすがですメシヤ! このシエスタ、メシヤのためなら何でもいたします!」
「ははは、じゃあぼくたちがいない間の部屋の掃除でも頼もうか」
なんかすんごい聞き捨てならないこと言ってない?ていうか仲良すぎよ! ……ってなんで私があいつにツンデレしなきゃならないの! もう!

二人が学院をだいぶ離れたころ、青い髪の少女・タバサは、自分の部屋で趣味の読書を楽しんでいた。虚無の曜日は彼女が他人に邪魔されず読書に没頭できる、特別な日である。普段から本を呼んでばかりで、他人とのコミュニケーションは最低限なのだが。

いきなりドアが激しくノックされる。
「タバサ! タバサいる!? タb」
この声はタバサの唯一と言っていい友人、キュルケだ。でも五月蝿いので『静音』。しかし『開錠』でドアを開けて入ってくる。

「…」「……!」「…」「………!!!」「」「…」
ジェスチャーが激しくて風と唾と熱気が来る。仕方ない、『静音』解除。
「っタバサ! シルフィードに乗せて! ルイズたちを追いかけなきゃ!!」

どうやらルイズとマツシタが学院の外へ出かけたのを目撃したらしく、タバサの使い魔である風竜シルフィードで追いかけて欲しいとのことだ。
「あの子たちすごく面白いのよ! 外で何をしでかすか見ものじゃない!」

まあ仕方ないかとタバサは立ち上がり、窓の外を向いてシルフィードを呼び出す。

獣を操る『ヴィンダールヴ』のルーンのおかげで、馬は小さな松下を乗せてすいすい走る。
「こら、待ちなさいマツシタ! 御主人様を置いていくな!」
2時間ほど馬に揺られると、大きな町が見えてきた。トリステイン王国の王都、トリスタニアだ。

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やってきたのはトリステイン最大の通り・ブルドンネ街だが、道幅は5メイルほど。通りの脇には露店や商店が並び、馬車や人間が忙しげに行きかっている。ちょっとはぐれると迷子になりそうだ。

「なかなか活気がある町のようだな」
「トリステインの都だもの! あそこに見えるのが王城よ」
おのぼりさん気分で歩く松下を、ルイズが店の方へ連れて行く。
「さ、何が欲しいの? 何でも言ってごらんなさい! ……予算は10エキュー以内でね」
エキューとはこの世界で流通している高額貨幣だ。シエスタやマルトーたちの話では、大体120エキューもあれば平民なら1年間の生活費になるらしい。貴族の財布の中身としてはそれなりだ。ただ足りるかどうか……。

「まずは『秘薬』だな。学院の物を調達するにも限度がある」
「武器とかはいらない?」
「魔法がかかっている品なら話は別だが、ぼくは剣など使わない」
「それ、どっちも結構高いのよ。服や杖ならいいかなと思ったけど」
ルイズは少し渋るが、「安いやつならいいわよ」と言って松下を案内する。

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二人は汚い裏路地・チクトンネ街へと入っていく。
「あの四辻にあるのが『ビビビンの秘薬屋』よ」
いかにも秘薬屋らしい怪しげな店だ。軒先に変な干物やら薬草やらが吊り下がっている。昼間だと言うのに薄暗い。種種雑多な薬の臭いがして、ルイズは眉をしかめる。
「なんか凄い臭いね……誰かいないの? 客よ!」
声をかけると出て来たのは、長細い顔に二本の前歯、ぴょんと突き出た8本の口ひげ、臭くて汚らしいローブに身を包む、一見ルンペン風の怪しげで卑しげな男。

……我らがビビビのねずみ男です。どう見ても。

「へへへへへ、うちは真っ当な商売してまさぁ、貴族のお嬢様。お上に目を付けられるようなことなんか、毛の一筋もありませんや」
「今日は客よ。別にあんたを取り締まりに来たわけじゃないわ」

箱入りの美少女貴族の上客! ふはっと鼻息を荒くした主人は、ぼったくってやろうとたっぷり愛想を使いだした。
「へへへへへへへへへ、そりゃ大変失礼をいたしやした。何がご入用で? ベラドンナ草の粉、マンダラゲ、イモリの黒焼きに大鴉の心臓。ことによっちゃご禁制の惚れ薬なんかもございますぜお嬢様。うっひひひひひひ」

「買うのはこの子よ。ほら、何が欲しいの?」と、松下を促すルイズ。
「はああ? こりゃおでれーた! このお坊ちゃんが秘薬をお求めですかい? あの、失礼ですが弟さまで?」
「……私の使い魔よ。まあ従者見習いね」

「きみ、いまから言う物が揃うかな? 予算は10エキューしかないが、なんならあとでこっちへ請求してもいい」
「ちょっとお……」

松下はルイズが青い顔をするのにかまわず、さまざまな秘薬を買い付けた。
揃わない分は後で送品してもらうことにする。

「へっへへへ、今日は商売繁盛。隣の武器屋の方も、毎日うるさくしゃべって営業妨害だった錆びた剣を、けっこうなお値段で引き取ってくれたお客様が来たしよお」

それにしてもこのねずみ男、順応性の高い奴である。店を二軒も我が物にしている。そしてさようならデルフ。きみのことはしばらく忘れないよ。

「でも、剣を買った奴もさっきの餓鬼も、手の甲にルーンってやつを彫り付けてたなあ。流行ってるのかな? 今年の流行ファッション?」

二人が店を出ると、路地の向こうからキュルケとタバサがやってきた。
「やっほー、お二人さん。デートは順調?」
「何がデートよ! こいつに買物をさせているの。…というかあんたたち、学院から尾行してきたの?」
「まあね。で、何買ったの? 惚れ薬とか?」
「ちょうどいい、きみたちも資金を出してくれ。御主人様の小さな財布では足りないようだ」
「マ・ツ・シ・タああああああ!!」
「あははははははは! あ、マツシタくん、この娘はタバサ。口下手だけどよろしくね~」

その後、四人は街中を歩き回り、一日中買物と遊びを楽しんだ。タバサは本を読んでばかりだったが、似たところのある松下に少し興味がわいたようだった。

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