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【つの版】ユダヤの謎08・四獣出現

ドーモ、三宅つのです。前回の続きです。

前516年にエルサレムのヤハウェ神殿が、前445年にエルサレムの城壁と町が再建され、ユダヤ人は民族アイデンティティの拠り所を回復しました。神殿共同体は大祭司のもと発展し、律法の編纂も進められます。しかし、ユダヤ人を庇護していたペルシア帝国にも滅亡の時が訪れます。

この時代のユダヤ側の記録としては、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』に加え、聖書外典の『マカバイ記』があります。旧約と新約の間の時代であるためマイナーですが、この時代を知らなければキリスト教もわかりません。

◆羅◆

◆ウマ◆

歴山大王

世界帝国ペルシアに対して、ギリシア諸国は逆らいつつもその文明や文化を取り入れ、独自に発展させて行きます。ギリシア文明の形成にはエジプトやフェニキアなどの影響も強いことが知られますし、黒海や地中海の各地に進出して植民都市を建設し、交易や戦争によって多様な文化・知識を獲得しました。また小国同士の争いが続いたため、少数精鋭による戦闘ノウハウも盛んに研究され、その戦闘力はペルシアの大軍をも脅かしました。

しかしアテナイもスパルタも諸国同盟の覇権国の域を超えられず、互いに争い合って勢力を衰えさせていきます。次の時代の主役となるのはギリシア本土の北方、マケドニア王国でした。海運国ではありませんが強力な陸軍を持ち、ペルシアやアテナイ、テーバイなど先進国の軍事技術を取り入れます。前338年にはマケドニア王フィリッポスがカイロネイアの戦いでアテナイ・テーバイ連合軍を破り、スパルタを除く全ポリスがマケドニアを盟主とするコリントス同盟に組み込まれ、その覇権下に置かれます。

前336年にフィリッポスが暗殺されると、その子アレクサンドロスが20歳で王位を継ぎ、各地の反乱を鎮圧します。そればかりか宰相アンティパトロスに本国とギリシアの統治を任せると、前335年からペルシアへの遠征に出発しました。各地のペルシア軍を破竹の勢いで打ち破り、小アジア、フェニキア、シリア、パレスチナを経てエジプトへと進軍したアレクサンドロスは、解放者・救済者として歓迎され、この地でファラオに即位します。

ギリシア側の記録によると、彼はダマスカス、テュロス、ガザには来ていますが、エルサレムには来ていません。内陸の田舎町なのでスルーしたのでしょうか。ヨセフスによれば、エルサレムの大祭司ヤドアは彼に協力するのを拒み、アレクサンドロスはテュロスを陥落させた後エルサレムにやってきました。ヤドアは大いに畏れましたが、神の啓示により城門を開いて歓迎します。すると大王はひれ伏し、「夢の中に神が現れ、私にペルシアを征服せよと命じられた」と告げ、神殿に登って供物を捧げたといいます。

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前331年、アレクサンドロスは再び東へ進軍し、イラク北部のガウガメラでペルシアの大王ダレイオス3世率いる大軍を撃破します。アレクサンドロスはバビロンに入城し、ダレイオスはイラン高原へ撤退して反撃しようとしますが、前330年にバクトリア総督ベッソスに殺され、アケメネス朝ペルシア帝国は滅亡しました。アレクサンドロスはペルシア領だった諸地方を制圧して各地に植民都市を建設し、ギリシアとペルシアが融合した新たな帝国の建設を目指したものの、前323年にバビロンで病死しました。

アレクサンドロスには異母兄アリダイオスがいましたが、毒薬で知的障害者となっており、王位継承権はありませんでした。またアレクサンドロスには側室バルシネの子ヘラクレスがおり、王妃ロクサネは妊娠していましたが胎児の性別はわからず、男子なら彼を後継者とすべきだとの意見も出ます。

シチリアのディオドロスによると、アレクサンドロスの遺言は「最強の者へ(toi kratistoi)」だったと伝えられますが、王族もいるのに「実力で王位を勝ち取れ」と言うはずがありません。たぶん次の王の後見人(摂政)を誰にするか聞かれて「クラテロスへ(toi Krateroi)」と言ったのを、他の将軍たちが後継者争いをするにあたり「『最強の者へ』と言われたのだ!」と喧伝したのではないでしょうか。カラテあるのみです。

結局、将軍ペルディッカスが「ロクサネの胎内の子の後見人」として摂政の座につきます。のちアリダイオスをフィリッポス3世として王位につけ、ロクサネが産んだ男子をアレクサンドロス4世とし、両者を王としました。どのみち王は傀儡で、ペルディッカスが帝国の実権を握ったわけです。これに反発した諸将はペルディッカスを暗殺し、本国の宰相アンティパトロスを帝国摂政としますが、諸将は帝国の属州(サトラペイア)に群雄割拠して相争い、帝国は分裂していきます。これがディアドコイ(後継者)戦争です。

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このうちセレウコスはイラン高原・メソポタミア・シリアに至る広大な領域を制圧し、プトレマイオスはエジプトとパレスチナを制圧します。ユダヤは両大国が接する最前線に位置することになりましたが、おおむねプトレマイオス朝に所属しました(バビロンのユダヤ人共同体は存続しています)。以後、ユダヤ人はギリシア(ヘレニズム)文明の影響を強く受けます。

神殿腐敗

エルサレムの大祭司オニアス(ヤドアの子)とその子シモンは、プトレマイオス朝エジプトを後ろ盾として少数の貴族と共にユダヤを支配します。セレウコス朝(シリア)側に寝返られると困るため、エジプトはユダヤ人を厚遇し、ユダヤ人の宗教には特に介入しませんでした。この時代にユダヤ民族の通史『歴代志』や『エズラ記』が編纂され、詩篇や箴言、『ヨブ記』ほか知恵文学の編集も行われました。

プトレマイオス2世(在位:前285-前246)は、首都アレクサンドリアに有名な「アレクサンドリア図書館」を建設し、ユダヤ人の聖書もギリシア語に翻訳して収めたいと大祭司エレアザル(シモンの弟)に提案しました。エレアザルはこれを了承し、引き換えにアレクサンドリアにおけるユダヤ人奴隷の解放を懇願したといいます。そしてユダヤから70人の長老と2人の使者が派遣され、72日間でモーセ五書の翻訳を終わらせたと伝えることから、世にこれを「七十人訳(hē metáphrasis tōn hebdomḗkonta)」といいます。

紀元後にラテン語で「phrase versio septuaginta interpretum」と訳され、略してセプトゥアギンタ(Septuaginta)と呼ばれるようになりました。

実際には紀元前3世紀から前1世紀までの間に徐々に翻訳されたものですが、これによりユダヤ人のみならずギリシア語が読めれば誰でもモーセ五書が読めるようになり、ユダヤ教思想の国際化に大きく貢献しました。新約聖書でイエスや福音書記者やパウロらが引用しているのも、このギリシア語版聖書からです(様々なバリエーションがあったようですが)。ただヘブライ語版の正確な翻訳ではなく、歴史の長いエジプト文明に対抗するため、天地創造の年代を千年あまり古くするなど小細工が行われています。

エレアザルの死後、叔父のマナセが大祭司となりますが数年で逝去し、シモンの子オニアス2世(在位:前240-前218)が就任しました。この頃トビア家のヨセフがユダヤなど東方属領の徴税請負人となり、エルサレム神殿に集まる寄進や神殿税を運用して莫大な富を集めたといいます。オニアス2世の子シモン2世は、このカネを公共事業に振り向け、神殿を修復したり貯水池を作ったりして人々に讃えられました。しかしこの時代、ユダヤはセレウコス朝シリアに占領されるという大変動に見舞われています。

前204年、プトレマイオス4世が急死し、幼い息子プトレマイオス5世が擁立されると、シリア王アンティオコス3世は翌年南下してパレスチナを襲い、エルサレムやガザを占領しました。彼は先に東方遠征を行ってアルメニア、パルティア、アフガニスタン(バクトリア・アラコシア・ドランギアナ)を服属させ、西はトラキアまで支配する大帝国を築いており、前192年からはギリシア諸国への侵攻を開始します。ギリシア諸国はこれを防ぐため、西の大国ローマへ救援を要請しました。

ローマはカルタゴとの第一次第二次ポエニ戦争マケドニアとの戦争に勝利して覇権国となっており、ギリシア諸国とも同盟関係にありました。またハンニバルは母国カルタゴでの政争に敗れて追放され、アンティオコスの軍事顧問となっていました。ローマは外交戦略と軍事力でシリアを打ち破り、前188年に講和条約を結ばせ、小アジアからシリア勢力を駆逐しました。アンティオコスは賠償金の財源を確保するため各地の神殿を略奪しますが、恨みを買って前187年に暗殺されます。

この頃、エルサレム神殿の大祭司オニアス3世はトビア家と主導権を巡り対立していましたが、トビア家は莫大な賄賂をシリア王アンティオコス4世に贈ったうえ大祭司を「エジプトに通じています」と中傷し、前175年退位させました。オニアスの弟ヨシュアがトビア家の支援で大祭司となりますが、彼はイアソン(ヤソン)というギリシア名を持つギリシアかぶれで、エルサレムのヘレニズム都市化を推進しました。しかしトビア家と利権を巡って争いとなり、またも賄賂を積んだトビア家の根回しで前172年に失脚します。

新たに大祭司となったメネラオスは、トビア家の分家ビルガ家の出身で、ザドク家でもレビ族でもないベニヤミン族の出自でした。彼もシリア王の意向を受けてヘレニズム化を推し進め、弟リュシマコスと共に神殿財産を横領しまくり、せっせとセレウコス朝に貢ぎました。引退していたオニアス3世は腹を立てて彼らを非難しますが、前170年に殺害され、その子オニアス4世はエジプトへ亡命しました。彼はプトレマイオス朝の庇護を得てメンフィス付近にユダヤ教の神殿を建設し、これは西暦73年まで存続しました。

前170年、シリア王アンティオコス4世はエジプトへ侵攻し、2人の傀儡王を据えてエジプトを支配します。ローマは当初シリアを支援していましたが、2人のエジプト王はローマと手を結んでシリアに歯向かい、やむなくアンティオコスは撤退します。こうした中、前168年に「アンティオコスはエジプトで死んだ」という噂が広まり、失脚していたヤソンはエルサレムに舞い戻って占領、シリアに反旗を翻します。

アンティオコスは激怒してエルサレムに攻め寄せ、ヤソンを殺して神殿を略奪し、多数のユダヤ人を殺戮しました。さらに要塞をエルサレムに築いて軍隊を常駐させ、ユダヤの律法に基づく生活を禁止したばかりか、エルサレム神殿をゼウスに捧げ、ゼウスの偶像を置き、ユダヤ人が忌み嫌うをわざと生贄として捧げたといいます。

終末黙示

この頃、『ダニエル書』の終末預言(予言)が書かれました。それは地上の諸王国と、最終的に勝利する「神の国」を表しています。特に神秘的な幻の形での「真実」の啓示を「黙示(ギリシア語:Apocalypsis)」といいます。

まず、バビロン王ネブカドネザルは夢に巨大な像を見ました。その頭は金、胸と腕は銀、腹と太腿は青銅、脛は鉄、足は鉄と粘土が混ざっていました。像の足は人手によらず切り出された石に打ち砕かれ、像は全て砕け散り、石は山となって全地に満ちました。預言者ダニエルの告げた解釈によると、この像の各部分は地上の諸王国を表します。金はバビロン、銀はメディア、青銅はペルシア、鉄はアレクサンドロス、鉄と粘土はギリシア人と現地人が混在したヘレニズム諸国です。そして石は神の国、というわけです。

次に、ダニエル自身が夢を見ます。それは海から4つの巨大な獣が上陸するという幻で、第一は有翼の獅子、第二は3本の肋骨を銜えた熊、第三は4つの翼と4つの頭を持つ豹、第四は10本の角と鉄の歯、青銅の爪を持つ恐るべき獣でした。やがてこの獣の角が生え変わり、3本が抜け落ちて1本の小さな角が生えて来ましたが、人のような目と大言壮語する口がありました。

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 この四つの大きな獣は、地に起らんとする四人の王である。しかしついには、いと高き者の聖徒が国を受け、永遠にその国を保って、世々かぎりなく続く。(ダニエル書7:17-18

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天使のお告げによれば、これらは地上の諸王国であり、角は王たちを表します。獅子はバビロン、熊はメディア、豹はペルシア、第四の獣はギリシア(アレクサンドロスとセレウコス朝シリア)です。最後に生えてきた角はアンティオコス4世で、3本の角が抜け落ちたのは彼が敵対者を葬って王位についたことを表します。彼は地上の聖徒(ユダヤ人)を苦しめますが、まもなく神によって殺され、永遠の神の国が地上に打ち立てられるというのです。

また別の夢では、長短2本の角を持つ雄羊(メディアとペルシア)が四方に突撃して誇り高ぶったのち、西から飛来した雄山羊(ギリシア)に打倒されます。その雄山羊は目の間に1本の角(アレクサンドロス)があり、雄羊の2本の角を打ち砕きましたが、次いでこの角が折れて4本(ヘレニズム諸国)に分かれ、四方に伸びました。その角の1つ(セレウコス朝シリア)から1つの小さな角(アンティオコス4世)が伸び、聖所(エルサレム)を倒して驕り高ぶります。しかし…という予言です。

その後にも、北の王(シリア)と南の王(エジプト)が戦うとか、キッテム(キプロス、ローマ)の船が北の王に立ち向かうとか、強大な王が聖徒を苦しめるとか、同じような事後予言が続いています。そして「民を守る大君ミカエル」が立ち上がり、悪人を滅ぼし、選民だけが救われる…というお定まりの終末予言がなされます。「バビロン捕囚時に予告されていた」としていますが、アンティオコス4世がエルサレム神殿を略奪し汚した後、まだ死んでいない時期に流布されたものでしょう。

『ヨハネの黙示録』はダニエル書など先行の終末予言を集めて発展させたもので、終末に際して怪獣が出現し神の使いと戦うという筋はそっくりです。こうした終末予言は古今東西でよくありますが、おおむね集団ヒステリーを起こさせて破壊活動に駆り立てるか、金銭や信者を集めるためのもので、用が済めば封印され忘れられます。しかし口伝や文書で残存すると、後世の人が「今の状況はまさに予言されているとおりだ」と思い込み(あるいはそう喧伝し)、暴動や反乱を起こすことがよくあります。気をつけましょう。

◆怪◆

◆獣◆

ともあれ、異教徒・異邦人がヤハウェの神殿を略奪し、汚らわしい偶像や生贄によって侮辱したのですから、敬虔なユダヤ教徒にとってセレウコス朝シリアは不倶戴天の仇敵となりました。大義名分は充分です。こうしてユダヤ教徒・ユダヤ民族は武装蜂起し、独立戦争が勃発します。

【続く】

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