見出し画像

蒼い牙

「ぷあっ」

 冷たい川の中、水草の隙間から顔を出す。闇夜の中で村が燃えていた。

 寒さは感じない。右手に握った赤い石が、炉の前にいるほどの暖かさを与えてくれる。けれど、身震いした。ぼくの身を守ってくれる家族が、いなくなった。襲ってきたのは近くの部族か、放浪の馬賊か、それとも。これからどこへ身を寄せればいいのか。ぼくはテングリに祈るしかなかった。

「おや、生き残りがいたか」

 上から低い声。おおきな影がぼくを見下ろしている。武装した騎兵だ。魚の鱗のような甲冑をまとい、頭に鳥の羽根飾り。手には槍、腰に刀と弓矢。装備がいい。そこらの遊牧民じゃない。身震いが強くなった。

「こ、こんばんは。どこの部族の方ですか」
「教える必要はないな、坊や。悪いが生かしておくわけにはいかん。復讐されては困る」

 彼は無慈悲に槍を突き刺そうと、した。その時!

 ヒュカッ。横合いから矢が飛んできて、彼の兜を貫き、こめかみに突き刺さった。彼はあっけにとられた顔をし、痙攣して、落馬した。死んだのだ。

「無事か」

 矢が飛んできた方から、やや低めた声で呼びかけられる。月がその影を照らした。馬に乗らず、小柄で、狼の毛皮をかぶっている。一人だ。

「は、はい。ありがとうございます。ぼくはバルグト族のマラルです」
「おれは、チノだ。親はいない。どこの部族にも属してない」

 チノは、ぼくと同い年ぐらいの少年だ。彼はこちらに駆け寄ると、死体から武器や食糧を奪い取り、死体を川の中へ沈めた。それから、ぼくの手を引っ張って馬に載せた。チノが手綱をとり、ぼくは彼の背にしがみついて、駆け出した。

「きみも、あいつらに、村を?」
「違う。寒さと餓えと疫病で村が滅んだ。親父も落雷で死んだ。テングリに取られたんだ」
「なんで、助けてくれたの?」

「生き残るために仲間が欲しい。お前はこれから、おれの盟友アンダだ。一緒にあいつらに復讐する」
「う、うん」

【続く/800字】

つのにサポートすると、あなたには非常な幸福が舞い込みます。数種類のリアクションコメントも表示されます。