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【AZアーカイブ】復活・使い魔くん千年王国 第八章 胸革命

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地上には三つの力がある。これらの意気地のない反逆者(人類)どもの良心を彼らの幸福のために永久に征服し虜にすることのできる力は、この地上に僅か三つしかないのだ。その力というのは、奇跡と、神秘と、権威である。
ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』第五編第五章「大審問官」より

ハルケギニア外洋の3000メイル上空に浮かぶ『白き国』、アルビオン大陸。
その中央部に位置するのが、首都ロンディニウムである。

由緒あるハルケギニアの各都市と比べると、このロンディニウムは近代的な雰囲気を持つ街であった。百年ほど前に、木材と塗土で出来た旧市街を焼き尽くす大火があり、以後この街は防火対策として石造りとなっていた。狭かった道幅も拡張され、疫病の流行を防ぐため衛生面にも気を配った街造りがなされ、首都は見違えるほど美しくなった。

また石造建築の発達は木材の余剰を生み、これが空中艦隊の建造に振り向けられた。農産物の生産も少なく、主として交易と略奪で国を成り立たせてきたアルビオンには、強い軍事力が必要であったのだ。かくしてこのアルビオンは、難攻不落の軍事強国として地上の諸国から恐れられた……。

しかし、それは今や、過去の話である。先のトリステインとの大戦により、神聖アルビオン共和国からは空中艦隊も竜騎士団も、数万もの地上兵力さえも失われた。それでもまあ、ひとまず問題はなかった。侵攻してきたトリステインと連合していたゲルマニアが突如裏切り、アルビオンと手を結んでトリステイン軍と戦ってくれたからだ。さらにガリア王国もゲルマニアと密約を結び、手薄になったトリステインの本国を突くことになった。

だが。
サウスゴータ市とロサイス港を占拠し、スカボロー港のトリステイン敗残軍を火砲で吹き飛ばしたゲルマニア軍は、その矛先を、なんとロンディニウムに再び向けてきたのだ。神聖皇帝オリヴァー・クロムウェルは大いに慌てたが、兵力のほとんどを失っていたアルビオン側に、もう術はなかった。ガリアから遣わされていた魔女シェフィールドも、自分に味方していた悪魔ベリアルも姿を消していた。クロムウェルが『虚無の力』だと偽ってきた、例の指輪さえも失われていた。

ロンディニウムは、僅かな抵抗もむなしく、たちまちゲルマニア軍に占領されてしまう。簒奪者・国王殺害者たるクロムウェルは、逃げ出そうとしたところを捕らえられ、司教の僧籍を剥奪されて破門された。そして残っていた配下ともども、生かさず殺さずの凄惨な拷問にかけられる。

「はは、ははははは、あああははははは………ひひひひひひははは……ヘンラヘラヘラ」
牢の中のクロムウェルは、既に正気を失っていた。あまりに様々な事が、この三年ほどの間に起こりすぎた。もともと彼はメイジでさえなく、富農あがりの一地方の司教でしかなかったというのに。

……そう、あれは三年前、届け物があってガリアの首都リュティスに赴いた時のこと。とある酒場で一杯の酒を、偶然同席した老貴族に奢ってからだ。

「わしはべリアルと申す者。今はちと手元が不如意ですが、ガリアの宮廷にも少々顔が利きます。司教殿、酒のお礼に望むものをなんでも一つ、貴方にあげよう。言ってごらんなさい」
「ははは、そうですなぁ。田舎の司教など実入りも少なくって、まったくつまりませんよ! 枢機卿や教皇とは言いませんが、一国の王様ぐらいにはなってみたいですなぁ。あはははは」

無論、酒の席での戯れだ。もともと肝の小さい彼にそんな大望はない。ほんの冗談のつもりだったが、ベリアルはそれを聞いて、皺の多い顔に邪悪な笑みを浮かべた。
「ほう、大した望みで。若い者はそういう覇気がなくてはなりませんなぁ。―――よろしい、貴方を国王にしてあげよう、オリヴァー・クロムウェル殿」

翌日。クロムウェルは老人に伴われてラグドリアン湖へ行き、『アンドバリの指輪』を手に入れた。これを手にした者は一国をも支配し、莫大な富と破滅の運命を共に得るという、伝説の指輪だ。そして彼は、ガリア王ジョゼフに密かに服従して後ろ盾とし、謎の魔女シェフィールドを側近につけてもらった。ただの地方司教だったクロムウェルの人生は、それから猛烈な勢いで、とんでもない軌道を描き出したのだ……。

始祖ブリミル降臨暦6243年、第一月ヤラの月の末の日、快晴。冬の朝の空気は刺すように冷たい。ロンディニウム、ハヴィランド宮殿の西側、《宴会用別邸》前の広場は、何千人もの野次馬で溢れていた。そこには飲食の屋台が出揃い、大道芸人が集い、朝市までもが開かれている。

刑吏らはいくつもの火刑台や薪、燃え盛る炎の坑、それに断頭台を準備していた。兵士たちは輪になって歌い踊り、勝利の歌を高らかに歌う。

「「「♪ゲルマニア、ゲルマニア、万物に冠たれ、世界の万物に冠たれ……」」」

やがて、市内の寺院の鐘とラッパが、重く虚ろに鳴り響く。すると、武装した騎兵隊に続き、始祖像を縫い取った幟を先頭に、経文を唱える黒衣の修道僧らがぞろぞろと現れた。それに続いて、豪奢なマントを翻した上級聖職者らが粛然と進む。

最後に、とんがり帽子を被り首に綱を巻かれ、悔罪服を着た裸足の罪人たちが、火の灯されたロウソクを手にして出てくる。よろめく足は鎖で繋がれ、傷だらけの体は鳥のように痩せ細り、眼窩はすっかり落ち窪んでいる。すでに生ける屍のようだが、彼らはついに、最後の審判を下されるのだ。

野次馬が罪人たちに罵声と嘲笑を浴びせかけ、ゴミや小石を投げつける。
今やアルビオンは、ジェームズ1世、続くクロムウェルの圧制から解放され、新しくゲルマニアの支配下に入るのである。

異様な銃を携えた兵士らが警護する、高々とした特設の壇上に、ロマリアとゲルマニアの国旗が翻る。傲然とそこに座しているのは、アルビオン総督に就任したハルデンベルグ侯爵と副総督、軍政補佐官ら。それに教皇庁からゲルマニア軍中へ派遣されていた、枢機卿クラスの異端審問官たちだ。罪人たちが彼らの前に連行され、恭しく跪拝させられる。再び鐘とラッパが鳴り響き、開廷を告げる。

―――とはいえ、実質的審判はとうの昔に下されている。これはただの宗教儀式、神聖な演劇のようなものだ。

「……彼、すなわちオリヴァー・クロムウェルの邪悪な企図、戦争、悪行の全ては、彼自身の意思と力、さらに特権と称するものの私益を拡大・維持するために行われたものであり、このアルビオンとハルケギニアの人民の公共の利益、共通の権利、自由、正義、平和に背くものである。従って彼は、自然の摂理に背いた残虐で血なまぐさい戦争の火付け役であり、この国に対してなされたあらゆる殺害・略奪・焼失・強奪・破壊・損失・危害に関して有罪である……」
判決の主文が、書記によって長々と読み上げられる。被告の抗弁も弁護もありはしない。

「……これら全ての反逆行為と罪過により、当《ブリミル教異端審問所》は、忌むべき異端背教の徒、妖術師、共和主義者、煽動者、独裁者、裏切り者、国王殺害者、善良な人民の公敵として、彼の身体から頭部を切り離して死に至らしめることを、判決として申し渡す。また彼の死骸は火によって完全に焼き尽くされ、その頭部は晒しものとされ、全財産は教会に没収されるものとする」

火刑の前に、絞首ではなく斬首とは。おお、自分を最期には王様として扱ってくれるのか。いずれ死ぬには違いないが、慈悲深いことよ。ともあれ、上出来な傀儡の悲喜劇は、これで終わりだ。俺はなんとアホな男だったのであろう。数十人の罪人への判決が終わると、放心状態のクロムウェルはロバに運ばれ、一足お先に断頭台につく。

脳裏に30余年の短い生涯が、走馬灯のように浮かんでは消える。だが小心な自分にとって、王様、いや皇帝でいた僅かな時間は、何百年にも感じられた。豪奢な玉座も寝台も針のムシロに等しく、頭上にはいつも抜き身の剣が吊り下がっていた。そして今、全ての苦しみから解放される……いや、まだ死後の裁きが、地獄が待っているか。

「おい。『肩の荷を下ろす』前に、なにか言い残すことはあるかい」
大柄な首斬り役人に呼びかけられ、罪人はなにやら泣き笑いのような顔になり、か細い声でこう言った。

「……お、……王様になど、なるんじゃあなかった、な」

静まり返っていた野次馬は、爆笑の渦に包まれた。
しばらくして、大斧が彼の細首を打ち落とす。その魂はまっ逆さまに、反逆地獄へと落ちて行った。

かくて、神聖アルビオン皇帝とまで名乗った革命家、オリヴァー・クロムウェルは処刑された。だがそれは、さらなる戦乱の幕開けに過ぎなかったのである……。

人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない。
…水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない。
新約聖書『ヨハネによる福音書』第三章より

―――――――………………………………………………………………………。

闇。
何も見えず、何も聞こえない。だが、五感は少しずつ回復してきた。
感じるのは、全身を包む温かさと柔らかさ、そして重さと……新鮮な果物のような、良い香り。

………………………………………………………………――――――!!

「う……んむぅ~~……」
唇から、呻き声が漏れる。おお、私は息をしている!

ルイズの魂魄と意識が、ようやく冥土から戻ってきた。体はまだ動かないが、どうやらベッドに寝かされているようだ。しかし、目の前の闇は晴れない。虚無の魔法によって、光に包まれて現世へ帰還したはずだが、今は夜なのだろうか?

いや……なんだ、これは。なにかこう、顔の上全体にずっしりと、重たい布の袋のようなものが乗っかって……?

  む に 。

ぐっと顔を持ち上げようとしたルイズは、直感的に『それ』が何か、を理解した。

む……胸。人間の女性の胸、すなわち、ち、乳房。この感触、体温、さらには規則正しい寝息。間違いない。小さい頃に抱かれた母の胸、大きくなってからは姉の(むろんカトレア姉様の)胸。姫様の胸、シエスタの胸、忌々しいツェルプストーの胸。世界は胸に満ち、地上は乳に溢れている。

だ、だが、これは、そのどれよりも大きく、重い。有り得ないわ! ここここの無礼者、どんなデブ女よ。自慢じゃないが、自分は胸が小さいというのに。そりゃ幼児体型のタバサよりはあるが、そういう問題ではない。それが、ちょっとねえどういうこと、私の眼前、ていうか顔の上にこんなもん押し付けて眠って、どういうつもり? ねぇこれ厭味? 殺す気? 生き返るなり死なせる気? こっ、こん畜生、死んでたまるかァァ!!

「ぷぐっ……どっ……どきなさああああい!!!」
「キャアアッ!!?」

金色の光。最初にルイズの瞳へ飛び込んできたのは、それだった。

目覚めてみれば、そこはこぢんまりとした民家の一室。窓から差し込む薄明るい光は、小鳥の声がするので暁光のようだ。寝かせられていたのは、白いシーツに柔らかい毛布のベッド。部屋には粗末だが清潔な木製の家具が並んでいる。

そして、突き飛ばされベッドの脇に倒れた少女を見て、ルイズは頭をカナヅチで殴られたようなショーゲキを感じた。

長いブロンドの髪は光り輝き、額の真ん中で左右に分けられている。顔は完璧なシルエットを持つ彫像のよう。見たところ同年代らしいが、背はルイズより随分高い。身に纏うのは粗末で丈の短い、清楚な空色のワンピース。短い裾から、すらりとした脚が伸び、可憐な白いサンダルを履いている。まるで奇跡と神秘が女性の、妖精か女神の形となり、衣服を纏っているかのようだ。神々しいまでに美しい。

とにかく細い。腕が細い、脚が細い、腰が細い、首が細い。
目も、鼻も、唇も、眉も、耳も、造作そのものが細く、かよわい。
その口から漏れる、声までもが細い。ルイズにも負けず劣らず、その少女はまさに、神の傑作だった。

―――で、でも、あの? いや、位置的には確かに、胸、だけれど。
だって、あれは、あんなのそんな、有り得ない、あってはならないわ。目の錯覚? 神様が酔っ払ってくっつけたの? すごく不釣合いだわ、常軌を逸脱して、自然界の秩序法則に反しているわ。つまり反則。どう見ても身体の各部分の細さと、胸の大きさが釣り合ってないじゃない。つまり胸が身体に叛旗を翻している、言うなれば、胸革命(バスト・レヴォリューション)
いいえ、あんなもの、私は胸だなんて認めない。もう断固認めない。胸っぽいなにか、と定義しなければならないわ。そしてアレの存在こそは、胸が貧しくて悩んでいる、万国の女性に対する冒涜だわ、差別だわ! おお、神よ始祖よ、ここにかような所得格差、富の遍在もとい偏在が!! そうよ、この私は胸のサイズの大審問官。判決は、死刑! 死刑よ!! 死刑死刑死刑死刑死刑死刑!!! プロレタリア胸革命万歳! 千年王国万歳!!

「きぃいえええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーッッ!!」
支離滅裂な思考を2秒で終え、激昂したルイズは怪鳥のような奇声をあげながら、目の前の少女に飛び掛った。

ぐわしッ! と彼女の信じられない胸を鷲掴みにし、マナジリを吊り上げて叫ぶ。
「ええ!? なによこれは、この非常識な代物は!! こんなもんアレよ、ねえ、こんなのをぶら下げていたら、こんなッ!」
「ひぃう」

目が血走り、声が上擦り裏返っている。起き抜けにものすごい剣幕で当り散らされ、気の弱い少女は激しく怯えた。

「あああああの、わわ私ちょっと居眠りして、知らぬ間にあなたの顔の上に倒れこんでしまっていたみたいであの」
「謝りなさいよッ! 謝ってよ! 私に謝ってッ! ねぇ、世間様に申し訳ないって思わない!? 普通、こんなのをつけていたらごめんなさいじゃないの!! ねえッ!! 早く! 謝罪しなさい!!」
「あうあうあう、ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいいいいいいぃぃぃぃぃ」
ハァァ? ごめん? ごめんで済んだら異端審問官はいらないわよ!!」
「いッ……!? 済みません、もうしません、助けて、殺さないでーーーーッ! キャーーーッ!!」

すでに両者とも、涙目であった。

「痛い痛い痛い、やめて、もげちゃう、ちぎれちゃう!!」
「ええもう、こんなけしからんモノはねえ、引きちぎって平等に再分配するしかないわよねぇぇえええ!!」

揉み合うというかルイズが一方的に揉んでいるうちに、しゃらり、と少女の細い金髪が音を立てて動き、白い耳を露わにする。そして、その耳の先は、尖っていた。ルイズはそれを見てサァッと顔色を蒼くする。
「え……エル、フ……!?」

エルフ。始祖ブリミルとその子孫たる人類の宿敵、否、天敵。聖地への道を阻み、強大な先住の魔法を操り、不老長寿で男女とも美貌を持つ、ドラゴンよりも恐るべき亜人族。聞くところではその耳は、このように尖っているのだとか。攻撃の手が止んだ。巨大な胸を持つ少女はどうにかルイズから距離をとり、はぁはぁと呼吸を調える。

「…………ええ、そうよ。人間とのハーフだけれど、半分はエルフの血を引いているわ。でも大丈夫、恐れないで、危害を加えるつもりはないから。そんなつもりがあれば、あなたを助けてなんかいないでしょう?」

というか、ルイズに一方的に危害を加えられていたのは彼女なのだが。立ち上がった少女にふわりと微笑まれ、ルイズは毒気を抜かれて敵意を失い、やっと正気に戻った。
「え、あ、うん、その、ごめん。助けてくれて、あの、ありが……とう」
「いいえ、こちらこそ、どういたしまして。……ああ、びっくりした」
あははは、と笑い合う二人。しかし、ルイズの胸中はまだ穏やかでない。心臓がバクバクしている。

そうこうしていると、床に敷かれた毛布から灰色頭の子供が起き上がった。
「ええい、なんだというんだ、生き返るなりうるさいぞルイズ。おはよう」
「マツシタ……ああ、おはよう?」
「相変わらずきみは、無駄に騒がしいな。ちったぁ見直してやったというのに。こんな少女の一人さえ呑み込めないとは、きみの器とやらは上げ底か?」
「へん、あんたは相変わらず口が悪いわね、まったく」
ようやく、いつもの調子が戻ってきた。夢ではない、私たちは地獄から脱出し、現世に復活したのだ。
「む……どうやら、ぼくの右手の例のルーンも復活しているな。まぁよかろう、新たな契約の印だ」

着ていた衣服は洗濯されて、祈祷書やルビーとともに枕元に置かれ、素朴で清潔なものに着替えさせられている。松下の枕元には占い杖もあるし、隣のベッドからはシエスタも起き上がってきた。……ええと、なんかもう一人いた気もするけど。

「で、きみが助けてくれたのかな? ありがとう、そしてえらく迷惑をかけたようだな、すまなかった。ぼくは松下一郎。この娘はルイズ・フランソワーズで、黒髪の娘はシエスタだ」
「あらあら、随分と大人びているわね。よろしくマツシタくん、ルイズさん、シエスタさん。私の名前は、ティファニア。呼びにくければ、テファでいいわよ」

座り直し、落ち着いて彼女の話を聞けば、ここはアルビオン大陸の内陸部、サウスゴータ地方。港湾都市ロサイスから50リーグほど離れ、街道筋からもやや離れた、ウエストウッドという森の中の小さな集落らしい。あの戦いで、虚無の魔法が開いた次元の裂け目に落ちた際、肉体だけがここへ転送された、ということなのろう。

「あなたたちが近くの森の中で、血を流して倒れていたから、ここへ運び込んだの。降臨祭明けのころだし、あれからもう三週間ぐらいになるわ。今は第二月、ハガルの月の初めよ」
「で、でも私たち、心臓を貫かれて死んでいたんじゃ……もう傷ひとつないわ」
「そうね、マツシタくん以外の外傷はそれほどでもなかったけど、確かに息はなかったわ。せっかくだから、この指輪を使ったの。先住の魔法の、水の力を蓄えていた癒しの指輪よ」

ティファニア……テファはそう言うと、くすんだ銀の台座のみの、古ぼけた指輪を見せる。かつては台座に水の魔力を秘めた石が嵌っていたのだろうが、今は力を使い果たして溶けてしまったようだ。
「見ず知らずの私たちのために……貴重なものを使わせてしまったようね」
「ふふ、いいのよ。見知らぬ人でも見殺しにはできないし、道具は使うためにあるんだもの!息を吹き返してから三週間も目を覚まさなかったから、けっこう心配していたんだけど」

なんとも、善良な少女である。物腰もどこか高貴な生まれを窺わせる。世にも珍しいハーフエルフが、こんなところにひっそり暮らしているとは、なにか余程の事情があるのだろう。
「……ところで、今更だけど……あなたたちは何者なの? トリステインの人?」
「さて、どう説明したものかな。なかなか込み入った事情でね」
ひそひそとルイズが耳打ちする。
「マツシタ。この娘、ハーフエルフよ。しかも有り得ない胸をしているし、何者なのかこっちだって尋ねたいんだけど」
「どう見ても善良そのもので、敵意など欠片も感じないが。ありのまま話してみよう。彼女にしても、いろいろ話したくない事情は抱えているだろうし」

当然といえば当然なのだが、ルイズはどうにもテファをいまいち信用し切れない。善良で親切なのはよく分かる、しかしあの耳と、あの胸だ。目に入ると恐怖心とコンプレックスが著しく刺激されてしまう。ルイズは自らの貧弱な平地に掌を当て、ハフゥと切ない溜息を吐き、暗澹たる表情を浮かべた。

幸いなるかな、貧しき者。神の国はその人のものなればなり。
幸いなるかな、飢えたる者。その人は満たされん。
幸いなるかな、悲しむ者。その人は慰めを得ん。
『平地の説教』:新約聖書『ルカによる福音書』第六章より

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