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真社会人になった

事務員になって3ヶ月が経った。

身体は回復してほぼ社会復帰は成功したと言っていい状態になった。今までIT業界で成行きで私服勤務していた私は少しずついなくなり、気がつけば月末締めの残業をしてバスを逃し、Yシャツで深夜の吉野家に駆け込み、ライス大盛りの唐揚げ定食を食って帰るサラリーマンになっていた。なんだかやっと年相応になった。

やんにょむというらしい

仕事の難易度で言えば大したことはない。が故に毎日少しずつ成長できるのである。何度も長続きしない環境に身を置いて芽が出ないを繰り返していたし、自分が不器用なのも認めたくなった。色々なものを失ったのか捨てたのか育てられなかったのかは分からないが、0から再スタートして半年で僕の身体は無事に生まれ変わり、家賃も広告費も自力で払って生計を立てられるようになった。

身体を復活させてくれたこの街にも愛着を抱かざるを得なくなった。ここは僕が東京に出る為の通過点だとしか思っていなかったが、気がつけば7年も住んでしまった。

実は僕にはネッ友が結構いる。そのうちの一人に街作りに関わる仕事をしている友人がいて(彼は休職中にも関わらずライブにも来てくれたのだが)、その彼がこの街の行政に関する情報を趣味でかき集めてくれた。どうも彼曰くこの街はポテンシャルが高いらしい。

カヤックがやっている"まちのコイン"。この通貨がこの街でも使える。僕が初めてリーダーライブをしたバーでもこの通貨でドリンクが買えることを知った。通貨をもらうには、神社やスーパー、カフェなど地域の加盟店に足を運ぶ必要がある。つまりは街を使えば使う程この通貨で結ばれたコミュニティは活性化する。

他にも家の近所に月400円で1Kサイズの畑が借りられる場所があること、ツーリングしようと思えばバスの先頭にマウンテンバイクを括り付けて山まで持って行ってくれるらしいこと、ジャズフェスティバル出演や地域での音楽活動に繋がる手掛かりの探索など、彼には僕の知らない色々なことを教えてもらった。「あとは嫁さんを空き部屋に配置したらエキポは人生アガリでいい気がするんだよなぁ」とまで言われた。それはわからないが、確かに割り切ってその選択肢も全然取れるよなと思ってしまった。

ぶっちゃけIT業界に戻りたい気持ちはめちゃくちゃある。あるのだが、社会人基礎がこのまま出来上がったらここにずっといてもいいのか、転職したとして残業に耐えられるのか、頭脳労働のかつての負荷がまた襲ってくるのではないか、その前に体力をつけといたほうがいいのではないか。しかし準備を長引かせては若さがなくなる。門扉も狭くなる…。

今はこうして誰も見向きもしない何も目立たないひとりの人間になれることを誇りに思う。

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