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浜辺の酒宴

人は、喜びを形にすると、その行為のトップに上がってくるのは、酒宴である。時代や地域、そして集まる人々の階層が違うと、酒宴の姿は千差万別、とても一言では言いきれない。

ここに、鎌倉時代の絵巻に描かれた一つの酒盛りの場面がある。制作されたのは十三世紀、伝えようとする物語はそれよりさらに早く、平安時代のものである。絵巻のタイトルは、「住吉物語絵巻」(重要文化財)。所蔵先の東京国立博物館は、その公式サイトである「e国宝」において高精細の画像でこれをデジタル公開をしている。マウスクリック一つで絵巻を詳細に読み、隅々まで鑑賞することができる。すこし前なら想像も付かない便利な世の中になったものだ。

「e国宝」サイトは、この絵巻の内容を簡潔に紹介している。継母の虐めから逃れた姫君とその彼女に恋する三位の中将が結ばれ、それに続く祝福する人びとによる酒宴、という展開である。説明文にある「婚礼」との記述にはいささか疑問があるが、それはともかくとして、一席の宴会の風景として見ごたえがある。同じ物語は複数の底本として伝わるが、いずれにおいてもこの酒宴の詳細が描かれていない。逆説的に言えば、言葉によって語られる物語を伝えながらも、それに縛られることなく、そこからはみ出した絵ならではの饒舌な表現が試みられた実例だと読み解くべきだろう。

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絵画画面に凝縮した酒宴の様子を見つめ、その構成要素を見出すことは、なによりも魅力的だ。簡単に探ってみよう。

宴会の主客である男たちの各々の前に設けられたのは、料理を並べた折敷(おしき)である。今日ならトレーのような存在だ。

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酒宴の主役は、酒を盛った樽。サイズは大きく、酒がいっぱい入ったら、おそらく複数の人間でやっと運べる。樽の陰に料理を用意した器が複数隠され、賓客の前に絶えず追加することだろう。

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酒宴を支える大事や役目は、銚子(ちょうし)を手にした男だ。全員の飲み具合を見渡し、元気よく注いで回る。

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このような宴会の構成は、はたしてどこまでこの場特別なものであり、どの部分が共通するものだろうか。一例として、賓客全員が地面に直に座っている。近くに海の一角が見え、浜辺の、それも室外で展開した集まりということで、いささか急造の設定ではなかろうかとも思われないこともない。しかしながら、少なくとも絵巻の画面で確認するかぎり、このような推測はどうも簡単にできないない。興味深い実例を二つほど眺めてみよう。

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これは「一遍聖絵」(巻四第一段)の一部である。豪勢な武士の家で宴会が開かれ、一席を盛り上げるには麗装の遊女、その彼女の両手には鼓が構えられ、後ろには琴が置かれている。

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上は、「春日権現験記絵」(巻十三第五段)からである。酒宴の主役は僧侶であり、稚児が銚子を握って一席を勧める。主賓は畳みの上に座り、宴の豪華さを伝えるために、それぞれの前に複数の折敷が設けられ、樽のそばに料理に加えて小皿まで用意されている。

あらためて指摘するまでもなく、ここにあげている三つの酒宴は、時や場や人間がそれぞれ違っているにもかかわらず、その構成において、折敷、樽、銚子という三つの要素がみごとに共通している。それが単純明快で、驚くぐらいだ。

なお、ここに取り上げている「住吉物語絵巻」の場面は、特設サイト「古典画像にみる生活百景 」(「祝宴」条)に収録している。どうぞあわせて覗いてください。

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